『週刊プレイボーイ』で「挑発的ニッポン革命計画」を連載中の国際ジャーナリスト、モーリー・ロバートソンが、世界最高峰学府であるハーバード大学の内側と外側の"温度差"について語る。

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これが新自由主義の成れの果てなのでしょうか。あるテレビ番組のロケで、10代末から20代の頃に学生時代を過ごしたハーバード大学のある米マサチューセッツ州ケンブリッジを訪れたのですが、アメリカの「光と影」のコントラストは、当時よりも明らかに濃くなっていました。

僕がハーバードを卒業したのは1988年なので、およそ30年ぶりにキャンパスを散策したことになります。学生たちは相変わらず少し会話をしただけでわかるほど優秀で、僕が悪戦苦闘したディベートの基礎を叩き込まれる授業も健在。僕が専攻していた電子音楽や映像のスタジオでは、以前よりさらにグレードの高い活動が行なわれていました。

一方、白人のアメリカ人学生が中心だった当時との大きな違いは、出身国、肌の色、性別などの多様性が着実に進んでいることです。僕の時代は、例えば中国から来ている留学生なんて数えるほどしかおらず、他学生とのコミュニケーションもほとんどありませんでした。

しかし、今回現地で話した中国出身の学生は、上海の高校から直接ハーバードに入学した1年生で、英語もとても流暢。周囲の学生や大学のカルチャーにも溶け込んでいるようで、隔世の感がありました。今やハーバードでは、世界中から来た優秀な人材が相互に刺激し合い、すさまじい"創造力のエンジン"が生まれています。

ただし、これはケンブリッジの街でも隔離された"養成機関"の中の話です。そこを出れば、都市のインフラは物理面でもサービス面でも劣悪。

空港の入国管理は雑で大行列ができ(トランプ大統領も「アメリカの空港は第三世界並み」とこき下ろしています)、名門ホテルのエレベーターは老朽化してボタンの灯(あか)りがつかず、一本裏道に入ればボコボコの道路がある。レストランの食べ物も以前より大味でまずい気がします。

80年代にロナルド・レーガン大統領が新自由主義的な政策を取り入れて以来、アメリカではスーパーリッチがさらに富んでいく一方、中産階級は没落し、社会の平均値はグッと下がりました。移民は増えているので、街に活気がないわけではありません。

しかし、経営層は労働者の賃金を上げることをせず、飲食店やホテルでサービス業に従事する現場の人々は、デフォルトのサービスのレベルを上げるより、あらゆる仕事で客からチップを受け取ることにしかインセンティブが働かない―そんな構図があります。

日本社会の"護送船団"的なやり方は、システムの改革やイノベーションを阻害するなど問題も多いものの、社会全体の平均値を上げていることは間違いない。仮に今、アメリカに土地をもらったとしても、僕は日本で暮らすことを選ぶでしょう。

アメリカ人の僕でさえ、日本に慣れてしまった以上、あの国で生きていくことは選べない(自分がスーパーリッチなら別かもしれませんが)。

天才的な個を育ててこなかったことは、今後も日本に大いなる欠落をもたらすでしょう。しかし一方で、ボトムアップに注力して隅々まで心地よい社会をつくり上げたのは、それはそれでものすごいこと。

この異常なまでの「社会のQOL」自体、日本の商品になるのではないかと今回、あらためて実感しました。

●モーリー・ロバートソン(Morley Robertson)
国際ジャーナリスト。1963年生まれ、米ニューヨーク出身。日テレ系情報番組『スッキリ』の木曜コメンテーター。ほかに『教えて!ニュースライブ 正義のミカタ』(朝日放送)、『報道ランナー』(関西テレビ)などレギュラー多数。本連載を大幅に加筆・再構成した書籍『挑発的ニッポン革命論 煽動の時代を生き抜け』(集英社)が好評発売中!

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