内閣、国会、裁判所の三権がバランスを取り、牽制し合うのが「三権分立」だが、今の日本はすでに内閣の独走状態?

検察官の定年を65歳に引き上げる検察庁法改正案に抗議する声が、今ツイッター上で爆発的に広まっています。

しかし一方では「今回の改正は公務員全体の話なのだから、黒川検事長を検察トップにするためという指摘は勉強不足」といった反論も。

以下の記事は、2月17日発売の『週刊プレイボーイ9号』のものですが、この人事の何が異常かわかりやすく解説したものなので緊急公開します。ぜひ参考にしてください。

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検察庁は行政の一部とはいえ、政権にコントロールされないための「高い独立性」が基本のはず

日本の「三権分立」が今、深刻な危機に瀕(ひん)している。

三権分立とは、統治機構を支える3つの権力、すなわち「行政」「立法」「司法」の三権を、それぞれ内閣、国会、裁判所という独立した機関が担うことで、権力の乱用を防ぐ仕組みのこと。

だが、安倍晋三政権の下で2014年に設置された内閣人事局による「人事権を介した官僚支配」が着々と進み、政府・与党の意をくんだ官僚が大量発生。その"忖度官僚"たちは公文書の改竄(かいざん)や破棄にまで手を伸ばし、森友・加計問題から「桜を見る会」まで安倍政権をめぐる数々の疑惑はうやむやなままになっている。

それに、本来は政権のチェック機能を担うはずの国会でも噛み合った議論はまったく行なわれることなく「三権のバランス」は大きく崩れているのが現状だ。

そんななか、2月8日に63歳で定年退官を迎える予定だった東京高検検事長の黒川弘務氏について、政府は1月31日、前例のない「定年の半年延長」を閣議決定した。

黒川検事長は安倍首相や菅 義偉・官房長官に近く、法務省官房長在任時には、甘利明・元経済再生担当大臣の口利きワイロ事件や、小渕優子・元経産相の公選法違反などが不起訴になるよう、捜査現場に圧力をかけてきた人物とされる。

「その忠勤ぶりが認められたのか、甘利事件が不起訴になった2ヵ月後、黒川さんは昇進がほぼ確実視されていた林 眞琴・法務省刑事局長(当時)を差し置き、法務省事務次官に就任しています。それで司法記者の間でついたあだ名が『安倍官邸の番犬』(笑)。

そして、現在の彼の東京高検検事長というポストは、検察のナンバー2。ここで彼の定年を半年延長すれば、この夏にも勇退予定の稲田伸夫・検事総長の後を継ぎ、黒川さんが検察トップの座に就く可能性が大です」(全国紙政治部デスク)

東京地検特捜部副部長や東京高検検事を歴任した経験を持つ弁護士の若狭 勝氏もこう憤る。

「これは検察の独立性を踏みにじり、政治が検察の人事に露骨に介入した、あってはならない話です。しかも政府は、検察官も一般の国家公務員と同じであるかのように定年延長を決めてしまった。これは違法の可能性もあるのです」

■黒川氏の送別会も予定されていた

2月8日の誕生日で退官するはずだった黒川検事長。記者クラブでは送別会まで予定されていたという。しかし定年が延長されたことで次の検事総長になるのは確定!?

元共同通信社記者でジャーナリストの青木 理氏もあきれた表情でこう語る。

「ここまでやるのか......というのが率直な印象ですね。確かに、以前から『安倍政権が黒川氏を検事総長に据えようと動いている』という情報は耳にしていました。

しかし、現職の稲田検事総長にはまだ任期が半年近く残っており、稲田氏が自ら退任しない限り、2月8日で定年を迎える黒川氏には検事総長の目はないとみられていた。実際、法務省記者クラブは黒川氏の送別会まで予定していたといいます。

それを、政府がこれほど強引な手段を使ってまで、黒川氏を検事総長に据えようとしていることには驚きました。検察は容疑者を刑事裁判にかける権限をほぼ独占していて、必要なら身柄拘束もできるし、強制捜査もできる。特捜部に至っては政治家の捜査も行なうという強大な力を持つ組織です。

その検察に、政治が人事権を介して手を突っ込み、自分たちの息のかかった人物を検事総長に据えて操ろうというのなら、それが社会に与える害悪はあまりにも深刻です」(青木氏)

ちなみに、森雅子法務大臣は今回の定年延長について、国家公務員法81条に基づく合法的な人事だと主張し、「東京高検検察庁の管内において遂行している重大かつ複雑困難事件の捜査公判に対応するため、黒川検事長の指揮監督が不可欠であると判断したため」と説明している。

しかし、前出の若狭氏は「森法相は上の指示で仕方なく言わされているのかもしれないが、ハッキリ言ってばかげている」と一蹴する。

「もちろん検察は行政の一部で公務員ですが、その職務上、裁判官に準ずる『準司法官』的な立場にある。検察官が政治家の顔色を気にして職務にあたる必要がないよう、特別法である『検察庁法』によって身分、それに政治権力からの独立も保障されています。

その検察庁法では検事の定年を63歳、検察トップの検事総長の定年を65歳と厳格に定めている。当然、東京高検の黒川検事長は、2月8日の誕生日に定年退官しなければならなかった。

ところが政府は、国家公務員法の『定年延長規定』を適用して定年を半年延長することで、強引に黒川氏の検事総長就任の道を開いた。検察庁法で定められた検事の定年を国家公務員法で延長するというのは、明らかな違法行為だと私は思います」

元東京地検特捜部検事の郷原信郎弁護士も次のように断言する。

「当然、検事の定年は国家公務員法でなく検察庁法を適用すべきで、黒川さんの定年年齢63歳を延長した閣議決定は検察庁法違反です。この決定により2月8日以降、違法に高検検事長がその職に居座るという事態になってしまった。法を厳正執行する立場の検察として、それはありえません。検察は一刻も早く、この違法状態を解消すべきでしょう」

■韓国大統領のようになりたくない?

前出の若狭氏の怒りはこれだけでは収まらない。

「そもそも違法性以前の問題として検察人事に政府が介入すれば、ほかの省庁で起きている問題と同様、検察官が政治に忖度し、政権政党の顔色をうかがって事件処理をすることにもつながりかねない。

ここ数年、特捜部が扱った事件を見ても、森友・加計学園、近頃の桜を見る会やIR疑惑など、検察は『政権を揺るがすまで徹底的にはやらない』という印象です。この先も、その傾向が強まればとんでもない話で、この国の統治機構の根幹を危うくする事態です」

これまでも安倍官邸は、黒川検事長を法務省事務次官、東京高検検事長に栄進させるために、彼の同期で次期検事総長ナンバーワン候補だった前述の林氏(現在は名古屋高検検事長)の法務省事務次官就任を2度も拒んでいる。その意味することは検事総長への出世ルートの遮断だ。

一方、稲田検事総長は三度目の正直とばかり、自分の後任に林検事長を据える腹積もりだったとされる。林検事長が63歳となるのは今年7月30日で、稲田検事総長が今夏に勇退しても十分、後任になることが可能なのだ。

こうした検察内の事情を受け、元経産官僚の古賀茂明氏が言う。

「検事総長の任期は2年前後。林さんが検事総長になれば、22年7月の定年まで務められます。一方、安倍首相は4選せずに、21年秋で首相を辞める確率が徐々に高まっている。その時点で任期を1年残す林検事総長がどう動くか?

何しろ、この政権には過去に2度も昇進を邪魔されているんです。正義を執行する本来の検察の復活も果たしたいという強い思いもある。今がチャンスとばかりに『桜を見る会』疑惑やIR汚職事件の捜査をせよと、検察に大号令をかけるかもしれない。そうなれば、安倍首相の身辺に捜査が及ぶのは必至です。歴代の韓国大統領の多くが退任後、逮捕・訴追されたのと同様、安倍さんも牢屋送りにされることを恐れているのでは?」

■検事総長になる前に自ら退任する?

前出の若狭氏が語る。

「実は、僕は黒川さんも林さんも同期で、検察官になる前、司法修習生の頃からの付き合いなのでふたりともよく知っているのですが、黒川さんは優秀な上に人当たりが良い性格で、ひょうひょうとしているところがあるから政治家とすれば使い勝手がいい。逆に、黒川さんの側も政治家をうまく使っているという感じでしょうか。ただし、それほど出世に執着するタイプではないというのが僕の印象です。

一方の林さんはもともと裁判官を目指していたのに、検察官になった優秀な検事で、典型的な法務官僚タイプ。同期の中でも常に一目置かれる存在でした。共謀罪法案などでも刑事局長として頑張っていたので、検察内でも林さんが先に法務次官になり、ゆくゆくは検事総長になるんだろうと、多くの人が思っていたはずです」

だが、前述のように、官邸は黒川氏を法務省事務次官に指名。その後も東京高検の検事長として重用している。その過程で、検察内部に「結局、自分たちの人事と将来は官邸が握っているのだ」という印象が強まっていったことは想像に難くない。

また、黒川氏を検事総長に据えたい安倍政権は、稲田氏に任期中の退任を迫ったといわれるが、4月に京都で行なわれる刑事司法の国際会議までは現職にとどまりたい意向を示して退任を固辞したため、最後は黒川氏の定年延長という禁じ手を使った。

まさになりふり構わず検察への影響力を強めようとしているわけで、そこに込められた官邸のメッセージは強烈だ。黒川氏の定年延長が決まった直後の2月3日に、IR疑惑で逮捕された秋元司議員以外の国会議員の立件見送りが報じられたのは、偶然だろうか。

「司法に関わり、時には強い権限を持つ検事の仕事には単に『公正さ』が求められるだけでなく、多くの国民から『公正で信頼できる』存在だと思ってもらえる『公正らしさ』が求められるのです。

その検察官のトップとして、検察全体を指揮する立場にある検事総長に、『安倍政権の意向で強引に指名された人』というイメージがあったのでは、誰が検察に『公正らしさ』を感じるでしょう。僕は古くからの友人である黒川さんが、検事総長になる前に自ら退任する可能性があるのではないかと思っています」(若狭氏)

「安倍政権には国家安全保障局長の北村滋局長をはじめとして、官房副長官の杉田和博、宮内庁長官の西村泰彦と、警察官僚出身者が数多く食い込んでいる。

これに加えて、政権が検察への影響力を強めれば、圧倒的な情報収集力を持つ警察と、強制捜査や身柄拘束が可能で、刑事裁判で99%以上の有罪率を誇る検察の権力が、政権に都合のいい形で使われる恐れがある。

もっと恐ろしいのは、こうして政権内部に食い込んだ警察や検察が政治に利用されるのではなく、その情報力で逆に弱みを握り『政治家を操る』という可能性も否定できないということ。その先にあるのは、権力が暴走する暗黒の未来です」(青木氏)

もちろん検察は「行政」の一部だが、日本の「司法」は事実上、検察が有罪か無罪かの判断をし、裁判所は量刑を決める場所になっている。検察が司法に対して、強大な力を持っていることは否定できない。その検察が政権と結びつくような動きを見せれば、それは国家の根幹を支えている三権分立が崩壊したと言われても仕方ないだろう。

■検察の反乱はあるのか?

国家安全保障局長の北村氏のほか、安倍政権には警察官僚出身者が数多く食い込んでいる。そこに検察の権力も加わったらやりたい放題!?

2月12日の衆院予算委。黒川検事長の定年延長は「政権の守護神として残しておきたかったのでは?」と迫る野党議員に、安倍首相は薄笑いを浮かべながら、「なんとかの勘繰りではないのかと言わざるをえない」と反論している。

だが、果たして首相の計算どおりに進むものなのか? 前出の郷原弁護士はこう首をかしげる。

「黒川検事長の定年延長問題はメディアに報じられ、その異様さを多くの国民が知るところとなっている。これだけ世間で騒がれて、黒川さんはこれから半年間も検事長の職を続けられるのでしょうか? また、半年間を違法な状態のまま乗り切ったとしても、その後に稲田検事総長の後任として就任するのか?

もし就任すれば、その瞬間に検察の威信は失墜し、誰も検察を信用しなくなるでしょう。本当にそこに黒川検事長が踏み込めるのか? ちょっと疑問です。場合によっては安倍政権の思惑どおりに事が運ばない可能性もあると感じています」

前出の政治部デスクもこうささやく。

「稲田検事総長の去就も注目されます。このまま官邸人事に従うのか? 検事総長の任期は約2年というだけで、その勇退時期や後任は総長自らの判断で決めるというのが検察の慣習です。

もし、稲田検事総長が黒川検事長の定年延長期間が終了する8月7日以降に退任をずらせば、再び閣議決定をして定年を再延長しないかぎり、黒川氏は東京高検検事長のまま退職するしかない。これだけ批判が出ている。さすがに再延長はいくら安倍政権でも難しいでしょう。そうなれば、官邸人事は不発となります」

8月7日以降、検事総長の椅子に座っているのは果たして誰なのか? そして検察による政権スキャンダル捜査はどうなるのか? 官邸vs検察のバトルから目が離せない。

そもそも検察とは、社会の悪と闘うこの国の「免疫系」のはず。それが政府と一体化し、この国の三権分立を死に至らしめないよう、われわれはしっかりと監視してゆく必要がある。