アジア系住民に対する暴行などのヘイトクライムがアメリカで急増している。犯人は白人の場合もあれば、アフリカ系やヒスパニック系の場合もあるが、その背景には長年積み重なった複雑な"差別と格差の構造"があるようだ。

『週刊プレイボーイ』で「挑発的ニッポン革命計画」を連載中の国際ジャーナリスト、モーリー・ロバートソンが解説する。

■ヘイトクライムが2.5倍にまで激増

2020年はアメリカにブラック・ライブズ・マター(BLM)の風が吹き荒れましたが、その陰で深刻化する"もうひとつの差別問題"の存在をご存じでしょうか。

全米の主要16都市(いずれもアジア系コミュニティがある大都市)で昨年、アジア系住民に対するヘイトクライム(憎悪犯罪)が前年の2.5倍に激増しました。

この傾向は今年も続いており、例えばカリフォルニア州オークランドのチャイナタウン周辺では今年2月、記録されているだけでも18件のアジア系住民に対する犯罪が発生。

特に目立つのは高齢者を狙った暴力ですが、2月25日にはロサンゼルスにある東本願寺別院の建築物が破壊・放火される事件も起きており、さらなるヘイトの広がりが懸念されています。

この"差別の暴走"の引き金となったのは、中国発のコロナ禍、そしてウイルスを「チャイナウイルス」と呼んだトランプ前大統領でしょう。中国政府が情報公開に消極的なこともあり、「コロナは中国の人工ウイルス兵器だ」といった陰謀論も含め、アジア人への憎悪感情がより拡大していったように思います。

ただしその背景には、「黄禍論(おうかろん)」(黄色人種脅威論)が生まれた19世紀末以降、米社会に長年かけて根づいたアジア系へのステレオタイプな差別心があります。

また差別されてきた側のアジア系住民たちも、「多様性」など見向きもされていなかった白人優位社会のなかで、自分たちの価値観を発信したり強く反発したりするよりもじっと耐え、長い時間をかけてなんとか順応しようとしてきた時代が長く続きました(そもそも「アジア系」というくくりは極めて雑ですが、多くの非アジア系アメリカ人は中国系、韓国系、日系に加えて東南アジアからの移民もまとめて「アジア系」と認識しています)。

その一方で、高齢になってから移民してきた人々などの中には、閉ざされたアジア系コミュニティの外に出ず、英語も話せないという人も少なくありません。彼らはたとえ暴行を受けても警察に届ける会話能力すらないため、昔から悪ガキやお金に困っているチンピラにとって"やったもん勝ち"ともいえる格好のターゲットでした。

■アジア系と黒人層の複雑な対立構図

また実は、「差別を受けてきたマイノリティ」同士のはずのアジア系とアフリカ系・ヒスパニック系との対立構図も根深いものがあります。

例えば1992年のロス暴動では、怒りが頂点に達したアフリカ系市民が、韓国系の店舗を集中的に襲撃しました。その理由は、アジア系に対する被害者意識と憎悪です(前年には、韓国系アメリカ人の店のオーナーが15歳の黒人少女を射殺する事件も起きています)。

黒人層は今も昔も不遇をかこっているのに、あいつらはわれわれのコミュニティの周辺に住み着き、富を抜き取ることで成り上がるずるい連中だ―

一方、構造的に経済機会を奪われたアフリカ系・ヒスパニック系が密集して暮らす貧困街に移り住んだり、あるいは地続きの場所にチャイナタウンをつくったりしてきたアジア系には、実際の因果関係がどこまであるかはともかく、「黒人やヒスパニックの標的にされてきた」という"確固たる認識"がある。そのため、BLM運動に対して内心は懐疑的なアジア系市民も少なからずいるようです。

自分たちは米社会のルールを守り、まっとうに生きているのに、なぜあいつらは野放図に生きて犯罪者になった"同胞"に甘いんだ? 理不尽な暴力を振るう一部の警官は悪いが、基本的には警察をもっと強化して黒人犯罪者から自分たちを守ってほしい――。

教育面でのアファーマティブアクション(積極的差別是正措置)に対する態度も同様です。昔からアジア系は勉強ができる人が多く、例えば僕がかつて通ったサンフランシスコの理数系進学実績が高い高校では、英語話者ではなく中国系、それも香港などで使われる広東語話者がマジョリティでした。

近年では全米の多くの大学がアフリカ系・ヒスパニック系を優遇するアファーマティブアクションを導入していますが、アジア系のPTAは「自分たちに対する不当な差別だ」とこれに反発しています。

この問題は極めて複雑です。アジア系は勤勉なビジネスの成功者も多く、子供にガンガン勉強させる文化を継承している。一方、アフリカ系などのコミュニティでは貧困が世代を超えて固定化し、生涯まともな教育を受ける機会すら与えられないケースも多い。

そのため、「筆記テストという物差しだけでの競争は本当にフェアなのか?」という論争から生まれたのがアファーマティブアクションなのです。

警察の強化賛成、アファーマティブアクション反対。こうした事情から、実はアジア系コミュニティでは、あれだけ自分たちに対して差別的な発言をしたトランプを支持する人もかなりの数に上ります。日本でいえば、森喜朗(よしろう)氏を「しょうがない人だ」と言いつつ許してしまう保守層の女性みたいなものでしょうか。

現在、SNSに投稿された「黒人がアジア系の高齢者を襲った動画」が注目されていますが、これだけをもって「黒人からアジア系への憎悪が高まっている」と断定するのはあまりに乱暴です。アジア系に対する差別は白人からも、あるいはアジア系同士でも、全方位的に存在してきました。

最近のヘイトクライムの増加は、政治責任から逃れたいトランプが「中国」という漠然としたスケープゴートを見いだしたことの罪深い副作用といえます。

バイデン大統領は国民の一体感を回復することで傷口を塞(ふさ)ごうとしていますが、へたをすれば「やっぱりリベラルは理想論だけで何もできない」との印象が広まり、"トランプ的なるもの"が息を吹き返す可能性もある。難しいかじ取りになりそうです。

●モーリー・ロバートソン(Morley Robertson)
国際ジャーナリスト。ミュージシャン。1963年生まれ、米ニューヨーク出身。レギュラー出演中の『スッキリ』(日テレ系)、『報道ランナー』(関テレ)、『所さん!大変ですよ』(NHK総合)ほかメディア出演多数。2年半に及ぶ本連載を大幅加筆・再構成した書籍『挑発的ニッポン革命論 煽動の時代を生き抜け』(集英社)が発売中。

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