ロシアの反体制派指導者ナワリヌイが獄死した。突然死、病死、それとも暗殺、謀殺、密殺、どれなのか...... ロシアの反体制派指導者ナワリヌイが獄死した。突然死、病死、それとも暗殺、謀殺、密殺、どれなのか......
ウクライナ戦争勃発から世界の構図は激変し、真新しい『シン世界地図』が日々、作り変えられている。この連載ではその世界地図を、作家で元外務省主任分析官、同志社大学客員教授の佐藤優氏が、オシント(OSINT Open Source INTelligence:オープンソースインテリジェンス、公開されている情報)を駆使して探索していく!

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2月16日、ロシアの反体制派指導者、ナワリヌイの獄死がロシア当局によって発表された。この報道は世界を駆け巡り、不協和音として響き続けている。

――ナワリヌイは、なぜウクライナ戦争開戦2周年前、さらにロシア大統領選の前の2月16日に死んだのですか?

佐藤 あれはロシアの発表通り、脳血栓で亡くなったんじゃないですか?

――急死したと?

佐藤 脳梗塞は大体、いつも急死ですよ。

――NHKの報道によると、ウクライナ国防省のブダノフ情報総局長が、ナワリヌイに関して、2月26日に「がっかりさせるかもしれないが、われわれが知っていることは彼が血栓で死亡したということだ。確認されている」と発言しています。しかし、これは、ナワリヌイの寿命なのか、誰かの意志で殺されたのか、どうなんでしょうか?

佐藤 3月19日の記者会見で、ナワリヌイ氏の死の責任について問われた林芳正官房長官は「確定的な情報を有しておらず、コメントは差し控える」と述べました。もっともあの獄舎は北緯66度の極北にあり、外気温はマイナス30度です。

政治犯なのだからもっとましな場所に収監すべきです。不整脈(心房細動)が起これば血栓が頭にあがりますよ。劣悪な医療環境なので、ああいうことになった可能性は排除されません。

しかし、プーチンがナワリヌイを殺して何か得しますか? 西側連合は『殺した』とか『何をしたのだ?』と言うに決まっています。それでロシアは得をしますか?

――何もないです。

佐藤 そうです。もっともプーチンが殺したという話になっても、別にロシアとしては困らないと思います。逆に、反体制派の人たちが「殺される」と当局を怖がります。だから、西側がプーチンが殺したというキャンペーンを張っても、プーチンにとって都合の悪いことは何もありません。

――なるほど。

佐藤 だから、極めて劣悪な環境に入れたら、あのように死ぬのは十分あり得る話です。獄舎のあるヤマロ・ネネツの天候を見てください。

――本当に北方にあり、ほとんど毎日、気温は零下。ここ一週間は最高温度が0度、最低温度がマイナス21度、風速35mもあります。

佐藤 北緯66度ですからね。

――1月にはマイナス38度の日もあったようです。

佐藤 そんな劣悪な環境にいたら、長生きできないに決まっていますよね。

――確かに。

佐藤 私もロシアのこのやり方は間違っていると思います。「やっぱり死ぬような場所に押し込んだ、ロシアは恐ろしい」となります。でも、ここでわざわざ殺す合理性はありません。逆に「殺した」と西側に言われても、プーチンには失うものはないですよね。

――ないです。今回のナワリヌイの報道を見ていても、「ロシアで反プーチン運動がありました」と、西側の報道がロシア国内で報道されています。政権側がそれを許しているのならば、いかにプーチン政権が盤石であるかという証ですよね。

佐藤 それはその通りです。ロシア国民は西側のメディアの言っていることを信用していません。

――だから、言わせておけと。

佐藤 そういうことです。わざわざ対応しません。

――プーチンの強さが分かると。一方、バイデン米大統領はすごいです。『バイデン氏は21日に開いた選挙資金集めのイベントで「プーチンのような狂った野郎がいて、核戦争の懸念は常にあるが、人類にとって最後の存亡の危機は気候(変動)だ」と語った』とロイター(2月23日)で報道されています。

そしてこの「狂った野郎」発言に対してのプーチン露大統領の返事も『「ロシアにとり、バイデン氏の方が好ましい大統領だと確信している。今回の彼の発言から判断すると、私は断然正しい」』と、またすごい。日本人の自分が見ていても、プーチンのほうが大人じゃんと思ってしまいます。

佐藤 その日本は今、賢いですよ。

――それはどの辺りが?

佐藤 この記事の冒頭で少し触れた、2月19日の林官房長官記者会見における応答です。

<記者 ナワリヌイ氏の死去に関連して伺います。アメリカのバイデン大統領はロシアの追加制裁を検討いたしましたが、日本政府は追加制裁を検討する考えはありますでしょうか? また、欧米各国はロシア政府を非難する見解を表明する中、日本政府としてこれまで見解を示してこなかった理由も伺います。

林官房長官 更なる制裁措置については今後の状況を踏まえつつ、ロシアの侵略をやめさせるために何が効果的かという観点から、引き続きG7を始めとする国際社会と連携して対応してまいります。

またナワリヌイ氏を巡ってはこれまでも、我が国もG7としては結束して対応してまいりました。同氏の死亡の直後に行われたG7外相会合においても我が国に対してG7各国と緊密に連携し、その成果として同会合の後に、議長国イタリアから出される議長声明においてもロシア側に対して、ナワヌルイ氏の死因を完全に明らかにするよう要求するとともに、政治的に異議を唱える者への許容できない迫害、表現の自由の組織的抑圧および市民的権利の不当な制限をやめるよう求めたところであります。 政府として引き続き重大な関心を持って状況を注視してまいります>

要するに、日本政府としては追加的には何もしないってことですよ。

――はい。極めて日本的な曖昧さで何もしないと言っています。

佐藤 さらにこう続きます。

<記者 関連してなんですが今回の死亡について、バイデン大統領は責任はプーチンにあると非難し、EUもロシア政府の責任を追及するという声明を出していますが、日本政府としては今回の死亡についての責任はどこにあると考えているか 教えてください。

林官房長官 政府として本件に関する確定的な情報を有しておらず、コメントすることは差し控えます>

しかし、こういう当たり前の対応ができないのが、今の西側諸国の現実です。

――これ、岸田政権における日本政府の外交に関しては、常に頭の良い賢い対応をしているんですよね。

佐藤 そう、頭がいいんです。興奮して、いい加減なフライングをしていません。

――岸田首相は『プーチンのような狂った野郎が』とか言ってないですし(笑)。その岸田首相は、日ウクライナ経済復興推進会を日本で主催していました。

佐藤 日本が出すのは158億円、高速道路に換算すると3km分ですね。

――いつもの鮮やかな手口であります。

佐藤 いま必要なのは軍事支援ですよね?

――日本にもある155mm砲弾と、日本でも製造しているパトリオット地対空ミサイルであります。

佐藤 それで、復興というのはウクライナがこの戦争に勝った後の話です。

――ということは......。

佐藤 何もやらないよりは、少しだけでも何かやっているほうがマシということです。

――それってウクライナが勝たない限り、金は出さないのですか?

佐藤 そういうことでしょうね。

――お見事!! 岸田首相!! でも支持率14%......。

次回へ続く。次回の配信は2024年3月22日(金)予定です。

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佐藤優

佐藤優さとう・まさる

作家、元外務省主任分析官。1960年、東京都生まれ。同志社大学大学院神学研究科修了。『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮社)で第59回毎日出版文化賞特別賞受賞。『自壊する帝国』(新潮社)で新潮ドキュメント賞、大宅壮一ノンフィクション賞受賞

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小峯隆生

小峯隆生こみね・たかお

1959年神戸市生まれ。2001年9月から『週刊プレイボーイ』の軍事班記者として活動。軍事技術、軍事史に精通し、各国特殊部隊の徹底的な研究をしている。日本映画監督協会会員。日本推理作家協会会員。元同志社大学嘱託講師、筑波大学非常勤講師。著書は『新軍事学入門』(飛鳥新社)、『蘇る翼 F-2B─津波被災からの復活』『永遠の翼F-4ファントム』『鷲の翼F-15戦闘機』『青の翼 ブルーインパルス』『赤い翼アグレッサー部隊(近刊)』『軍事のプロが見た ウクライナ戦争』(並木書房)ほか多数。

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