世界で選挙が続く中、日経平均株価が最高値を更新し続ける日本国株式市場。この神風は誰に吹くのか?(写真:photo-ac) 世界で選挙が続く中、日経平均株価が最高値を更新し続ける日本国株式市場。この神風は誰に吹くのか?(写真:photo-ac)
ウクライナ戦争勃発から世界の構図は激変し、真新しい『シン世界地図』が日々、作り変えられている。この連載ではその世界地図を、作家で元外務省主任分析官、同志社大学客員教授の佐藤優氏が、オシント(OSINT OpenSourceINTelligence:オープンソースインテリジェンス、公開されている情報)を駆使して探索していく!

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――今年は世界各国で選挙が続いています。1月13日に台湾選挙、2月8日はパキスタン、2月14日にはインドネシア、3月17日にロシア。今後も4~5月にはインドで、9月に自民党総裁選ですが、その前に衆議院選挙があるかもしれません。そして、11月5日に米大統領選です。この中で佐藤さんが認定する最も民主的で安全なものはどこの国の選挙ですか?

佐藤 民主的というならば、それは日本の選挙でしょう。

――するとこのまま、岸田政権は支持率17%で、自民党も崩壊寸前の28.6%と同じく低支持率です。起死回生の蘇生案として、人気の上川外務大臣が日本初の女性首相になりませんか?

佐藤 自民党の中でポピュリズムが蔓延し、派閥や役職などで訓練を経ていなくても、とりあえず人気のありそうな人間ならばそうなってしまうと思いますよ。それは田中真紀子さんの時とあまり変わりません。要するに、上川さんは派閥や役職で経験を積んでないということが大きな不安要因です。

――党政治の中で言われる「雑巾がけも終わっていない」ということですね。

佐藤 そうです。だから、国家と政治の仕組みをどこまで分かっているかという話になります。特に今は経済に与える影響が鍵です。

――やはり、それは官邸の近いところにいて、どこをどう押したらどう動くかを熟知してないと分からない?

佐藤 そうです。その経験がなければ、分かりません。

――仮に衆院解散総選挙になったら、政権交代になりませんか?

佐藤 現在は多くの国民が新NISAなどを利用して株を持っています。岸田政権の支持率が17%でも、政権交代が起きたら大混乱が生じ、株価が下がると皆は思っています。そうなれば、自分の手元にある資産が減ることになります。もちろんそれは嫌なわけです。だから、この状況は岸田政権にとってすごくプラスになっています。

――今、日本の株は爆上がりですからね。

佐藤 日本株上昇の構造的な要因としては、中国の建築バブルの崩壊があります。中国から大量の資金が日本に流れて来ていますからね。だから日本は今、バブル期以来の株高になったわけです。

しかし、国民が日常的なレベルでバブルの時のように潤ったり、金が余っている現象はありますか?

――あのバブルの雰囲気は知っています。日本人全員が熱狂的に金持ちになっていくと狂喜乱舞した時代でした。しかし、今は何もありません。

佐藤 だから、この株価の高値は別の意味で、岸田政権の安定性と関係していると思います。今の投資はほとんどが新入者、若い人が頑張っていますからね。

――すると、岸田政権から政権交代してしまうと、大暴落が起きるかもしれない......。

佐藤 株価が下がるのはおそらく想定されていることです。低位安定か大混乱か、というのが現実的なシナリオですが、先ほど言ったように皆、大混乱を嫌がっています。だから今、大混乱を望んでいる人は多くないと思います。

それから日本の財界も、株が上がっていてエネルギーを確保できる岸田政権ならば、文句はありません。

――なるほど!! すると、日本の株価がバブル期の最高値を更新して上がり続けている限り、岸田首相によるやぶれかぶれな解散総選挙はなく、安定政権が続くと。

佐藤 そういうことです。

――岸田政権に神風!! すると、世界一民主的な日本の選挙は急には行なわれない。ならば、二番目は?

佐藤 インドネシアですね。

――シン世界44で、佐藤さんは『アジアで留意するべきはインドネシア』と指摘されています。結果はプラボウォ国防相が勝利しました。スハルト政権では特殊部隊司令官を務め、スハルト大統領の娘と結婚しています。

佐藤 一種の開発独裁的な方向に進む形で、誰がトップになってもインドネシアが強国化していく方向性は変わりません。なので、インドネシアをちゃんとウォッチすることはすごく重要になります。

――インドは内向きだけど、インドネシアは外向き。外に出て行くわけですよね。

佐藤 インドネシアは海洋国家ですから、外を向いていく可能性はあります。おそらく歴史の中で、初めてそんな時代に入ります。

――それは南の隣国、オーストラリアにとって脅威になりますか?

佐藤 中長期的にはそうなります。オーストラリアの人口は減っている一方で、インドネシアの人口は2050年には3億2400万人になると予想されます。それはすなわち、イスラム世界の拡大でもありますから。

――ウクライナ戦争の法則にあてはめると、オーストラリアは絶対にインドネシアと喧嘩してはいけないということですね。

佐藤 その通りです。喧嘩はしてはいけないし、同時に喧嘩はできません。

――フィリピンはどうですか?

佐藤 フィリピンはインドネシアの軍門に下る可能性はかなりありますね。

――同じく、フィリピンを「属国」にしようとしている中国はどう出てきますか?

佐藤 フィリピンは中国からちょっと遠いので、そう簡単には手を出さないでしょう。

――南シナ海全域を中国が支配しようとしていますが、南半分をインドネシアが持っていく可能性はありますか?

佐藤 それは十分ありうるシナリオです。

――では、次はパキスタンです。世界で一番投票する人口が多いとされる、核兵器を持つパキスタンで2月8日に行われた選挙は、ナワズ・シャリフ元首相の「イスラム教徒連盟シャリフ派(PML-N)」とビラワル・ブット前外相の「パキスタン人民党(PPP)」の2政党が連立政権樹立で合意しました。

佐藤 パキスタンは、今のままで混乱がずっと続くということでしょうね。それにあの国が核兵器保有国であることを軽視してはいけません。

――パキスタンは核兵器をインドに対して使う可能性はありますか?

佐藤 その可能性はあります。それ以外のところで、積極的に核兵器を使うことはありません。しかし、他方でイスラムの核として、輸出される可能性はあります。核拡散の観点では怖いことですね。

――それは怖いですね。イスラム原理主義が政権を獲ったら、そこにパキスタン製の核兵器が流れることになるのですか?

佐藤 そうなりますね。

――筒井康隆が書いたブラックユーモア小説『アフリカの爆弾』が現実になる。あれは、アフリカの部族対立が激化して、ある部族が中古の核ミサイルを購入。その核ミサイルを担いで村まで運ぶ話。それが高度なレベルで現実化する......。

佐藤 そうです。それは本当に迫ってきているのです。

次回へ続く。次回の配信は2024年3月29日(金)予定です。

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佐藤優

佐藤優さとう・まさる

作家、元外務省主任分析官。1960年、東京都生まれ。同志社大学大学院神学研究科修了。『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮社)で第59回毎日出版文化賞特別賞受賞。『自壊する帝国』(新潮社)で新潮ドキュメント賞、大宅壮一ノンフィクション賞受賞

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小峯隆生

小峯隆生こみね・たかお

1959年神戸市生まれ。2001年9月から『週刊プレイボーイ』の軍事班記者として活動。軍事技術、軍事史に精通し、各国特殊部隊の徹底的な研究をしている。日本映画監督協会会員。日本推理作家協会会員。元同志社大学嘱託講師、筑波大学非常勤講師。著書は『新軍事学入門』(飛鳥新社)、『蘇る翼 F-2B─津波被災からの復活』『永遠の翼F-4ファントム』『鷲の翼F-15戦闘機』『青の翼 ブルーインパルス』『赤い翼アグレッサー部隊(近刊)』『軍事のプロが見た ウクライナ戦争』(並木書房)ほか多数。

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