今、ガザ地区最南端ラファ地区に100万人を超えるガザ民間人が避難している。塀を挟んで真隣のエジプトが、ガザ地区での今後の事態推移の鍵を握る(写真:EPA=時事) 今、ガザ地区最南端ラファ地区に100万人を超えるガザ民間人が避難している。塀を挟んで真隣のエジプトが、ガザ地区での今後の事態推移の鍵を握る(写真:EPA=時事)
ウクライナ戦争勃発から世界の構図は激変し、真新しい『シン世界地図』が日々、作り変えられている。この連載ではその世界地図を、作家で元外務省主任分析官、同志社大学客員教授の佐藤優氏が、オシント(OSINT Open Source INTelligence:オープンソースインテリジェンス、公開されている情報)を駆使して探索していく!

*  *  *

――ガザでの紛争開始から半年の月日が過ぎようとしています。イスラエルのネタニヤフ首相の考えているこの戦いのゴールとは一体何なのでしょう?

佐藤 ハマスの中立化です。それが実現すれば、ガザ紛争は一応終わることになります。ただし、の後、オスロ合意の実現は無理になったという現実を踏まえた"ゲームの転換"が起こります。

――どうなるのですか?

佐藤 おそらく、パレスチナ解放機構(以下、PLO)の各派も腐敗していて、実力の無いファタハではガザを治められません。なので、まずはPLOの再編が起きると思います。そうなると、鍵を握るのはエジプトです。

――エジプトが......。

佐藤 エジプトが武力を大幅に弱体化されたイスラム聖戦やハマスの残党を入れた形で新しいPLOを作ります。イスラエルもパレスチナも、パレスチナ地域での合法国家は自分たちだけだと主張するようになります。

そして、「あそこは自分たちの土地だ」と主張して、「実態として二国が共存するにもかかわらずお互いにその存在を認めない」という構図になる可能性は十分にあります。

――それはまさにゲームの転換です。

佐藤 ポイントはエジプトです。これは簡単な話ではありません。力の空白が出てきたら、その地域の中で力が一番ある国家が出て来るわけです。

東アジアで力の空白ができたら、中国が出てくるのと話は同じです。以前から度々言っているように、今、米国の縄張りが狭まっています。これによって出てくる様々な問題のひとつがここです。

――力の空白に次の異なる力が入って来る......。アラブ世界でのプレーヤーは、どう識別すればいいですか?

佐藤 まず、極力この問題に触りたくないサウジアラビア、アラブ首長国連邦。一方で、この問題に積極的に関与して、自国の影響力を拡大したいエジプト。それから、アラブ世界ではありませんが、イスラムの大義を掲げる形で、シーア派の世界革命を有利にしておこうとしているイラン。そのようなプレイヤーによる闘いになってくるでしょうね。いずれにせよ、エジプトがキープレーヤーになってくると思います。

――エジプトならガザの難民をどうしますか?

佐藤 ガザの難民が来たら、エジプトには入国させずガザに閉じ込めて、エジプトから支援する形を取ると思います。

そもそも、ガザという飛び地ができたのは、第一次中東戦争の時にエジプト軍がガザに入って行ったからです。だから、その意味ではエジプトなくしてガザは存在しません。

ガザにはエジプトの影響力が常に及んでいるんですよ。今後、エジプトが出て来るのは、歴史的な経緯と地政学的な要因からしても、まったく不思議ではありません。

――なるほど。

佐藤 同時に、今まで米国の影響下にあったPLOはそうではなくなります。オスロ合意の時に米国はPLOに影響力を行使できました。しかし今、米国が影響力をほとんど行使できなくなっています。

その代わりにエジプトの力が強まるということです。だから、米国が弱まってできた隙間をエジプトが今、埋めつつあるというのがガザの構造ですね。

――まさに盛者必衰、空間充填でございます。

佐藤 イスラエルによって武装勢力が弱体化されたハマスは、エジプトにとって利用価値があります。

――エジプトのムスリム同胞団の形になればエジプトに入れる?

佐藤 ムスリム同胞団のようなバランスの取れた組織にハマスがなる可能性は低いと思います。

――しかし、エジプトは紛争の横で一番得する人ですね。

佐藤 イスラエル軍が撤退した後のガザでは、エジプトが保証人になるしかないですからね。ヨルダンは外交に長けていますけど、国力が全然ありません。そしてシリアは元々、イスラム教アラウィー派の国です。だから、スンニ派の世界には影響が与えられません。

――残るはエジプトだけとなりますね。

佐藤 そうなります。なので、米大統領がバイデンになろうがトランプになろうが同じことです。ただし、トランプの方がそれを「見える化」するのが速いと思います。

――トランプはテンポが速い。

佐藤 そうです。だから、次期アメリカ大統領はトランプの方がいい。

――手を引ける所から素早く手を引いて、そこで一番力がある国がその地域の面倒を見ればいいと、トランプは考えている。

佐藤 そういうことです。棲み分けていこうという発想です。

――だけど、その地域の面倒を見ている奴は、俺ら米国には刃向かうなよ、と。

佐藤 そうです、後は商売をするだけです。

――「お金を出すならいいんだよ」ということですね。

佐藤 その通りです。

次回へ続く。次回の配信は2024年4月12日(金)予定です。

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佐藤優

佐藤優さとう・まさる

作家、元外務省主任分析官。1960年、東京都生まれ。同志社大学大学院神学研究科修了。『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮社)で第59回毎日出版文化賞特別賞受賞。『自壊する帝国』(新潮社)で新潮ドキュメント賞、大宅壮一ノンフィクション賞受賞

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小峯隆生

小峯隆生こみね・たかお

1959年神戸市生まれ。2001年9月から『週刊プレイボーイ』の軍事班記者として活動。軍事技術、軍事史に精通し、各国特殊部隊の徹底的な研究をしている。日本映画監督協会会員。日本推理作家協会会員。元同志社大学嘱託講師、筑波大学非常勤講師。著書は『新軍事学入門』(飛鳥新社)、『蘇る翼 F-2B─津波被災からの復活』『永遠の翼F-4ファントム』『鷲の翼F-15戦闘機』『青の翼 ブルーインパルス』『赤い翼アグレッサー部隊(近刊)』『軍事のプロが見た ウクライナ戦争』(並木書房)ほか多数。

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