公務員試験に殺到する中国の若者。その悲鳴は、日本の私大生には歓声に聞こえる謎を探る 公務員試験に殺到する中国の若者。その悲鳴は、日本の私大生には歓声に聞こえる謎を探る
ウクライナ戦争勃発から世界の構図は激変し、真新しい『シン世界地図』が日々、作り変えられている。この連載ではその世界地図を、作家で元外務省主任分析官、同志社大学客員教授の佐藤優氏が、オシント(OSINT Open Source INTelligence:オープンソースインテリジェンス、公開されている情報)を駆使して探索していく!

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中国の若者の就職難はすさまじく、公務員試験の倍率が3000倍になり、若者たちは悲鳴を上げているという。しかし、これは日本の私立大学生には朗報であり、歓声を上げるべきだと佐藤優氏は言う。

――中国の若者の就職難が凄まじく、何と公務員試験の倍率が3000倍です。

佐藤 中国の公務員のスペックは、『北京女子図鑑』というドラマに出てきていますよね。

――あの主人公が自動車学校で出会った税務署に勤めている男の物語ですか?

佐藤 そうです。しょぼくれた男ですが戸籍は北京。主人公の女性は「これで北京に家が買える」と舞い上がっていました。あれを見ると、この連載でも言及した同じシリーズの『東京女子図鑑』は温(ぬる)いですよね。

――もうヌルヌルです。あの税務署男は家に仲間を呼んで、連日の徹夜麻雀やカードゲームで博打をしていました。女主人公にも「飯作れ」「酒を入れろ」とまぁすごかったです。それでいて、一向に税務署はクビにならない。

佐藤 あれが中国の公務員の魅力です。

――3000倍の倍率を勝ち抜けば、あとはずっと何してもクビにならず一生、食っていける。

佐藤 そういうことです。韓国でも公務員が人気の職業です。韓国は行き過ぎた資本主義の結果、そうなったので、近く日本もそうなります。だから、今が日本の私大生にはチャンスなんですよ。

――なぜですか?

佐藤 今、東大生の「官僚離れ」が叫ばれ、彼らは投資銀行やコンサル会社に進んだり起業なんてしています。だから、その隙に中央省府に入ってしまえばいいんです。

――東大が官僚を目指してないこの隙に、私大生は官僚を目指す一大チャンスなんですね。

佐藤 そういうことです。だから、中国の今の現象は明日の日本だと思えばいいわけです。『北京女子図鑑』では投資銀行や起業に向いていた中国の若者たちが、「やっぱり公務員!」となりました。公務員が持っているのは権力で、権力は金に代わる、と気づいたんです。

――なるほど!!

佐藤 なので、私大生や地方の国公立大学生にとってはチャンスです。東大生だから官僚として成功したわけではなく、官僚の教育システムが優れているから成功してるんですよ。私だって、外務省が3000万円くらいかけて研修してくれたから、ロシア語が出来るようになりました。

私も同志社大の神学部を卒業して普通に就職していたなら、今頃はキリスト教の大学教員か、教会の牧師になっていたと思います。外交官と較べれば生涯所得は数分の一だったと思います。もちろん、それはそれで充実した人生を送ることができたと思います。

――すると、私大生でも官僚になったら、数千万円かけた優れた教育システムを受けられて、優秀な官僚になれてしまう可能性がある。中国の就職難による悲鳴は、日本にとっては東大以外の大学生には歓声なんですね。

佐藤 そうです。悲鳴ではありません。中国人はやっぱり公務員だと目覚めたんです。

――中国の方が日本より先行しているんですね。

佐藤 そういうことです。数年前の『北京女子図鑑』と『東京女子図鑑』の違いは、自分が上昇するための離婚や、あるいは住みたい街に住むための結婚にまで、中国では踏み込める人が少なからずいるということです。

――確かに、北京と東京では生き方の基本が違います。

佐藤 だいたい、家でマージャンやっている旦那とその友達を、警察に通報する日本の妻はいますか?

――通報しません。

佐藤 離婚を前提に女主人公が新居の名義を自分にするとか、日本とレベルが違いますよね?

――確実に違います。これは前々回の連載で触れた「家産国家」に繋がってきますね。

佐藤 そうです。要するに、国家幹部の家来になれば、エリートの家産システムに入るんですよ。

――労奴ではなく、家来になれと。

佐藤 家産システムは外にいるより、中にいた方がずっと安定していますからね。

――どんなに無理をしても、そこに入れればあとは楽、ということですね。

佐藤 その通りです。それから、起業なんて誰でもできるものではありません。

――起業するのは誰でも自由だけど、それを持続できるか?ですよね。

佐藤 先の連載で話題にした『東京男子図鑑』にそのセリフはありましたよね。起業に成功した同級生が、あとから起業した主人公に『会社は作るよりもそれを維持する、その先で地獄から見るから』と。

――だったら、すんなり家来(公務員)になっていた方が楽ですね。

佐藤 楽というか、安定していて生涯給与所得が結局はいいと思います。また、権力を背景にした仕事には、それなりの面白さがあります。さらに、公務員にはタワマンに住むとか、はったりが必要ありません。

――確かに。『東京女子図鑑』をテーマにした【#佐藤優のシン世界地図探索46】では、「現実にもいる港区の人々は貴族に近い」という話でした。今、港区のタワマンの上層階に住んでいるのは、ほとんどが中国から来た富裕層なんですよね。

佐藤 そうです。

――中国人がどんどん、港区貴族の多数を占めるようになっていく......。

佐藤 中国のあの競争の感覚からしたら、日本は緩いですからね。もっとも、代々富裕層の日本人は残ります。

――北京大に比べたら、東大は入りやすいって本当ですか?

佐藤 はい、本当です。競争率や選抜システムが全然違います。そもそも、中国には科挙システムがありました。

――今は、大学統一入試「高考(ガオカオ)」になっていますからね。ということは、来日して港区貴族になった大量の中国子女が、どんどん東大を受験して、簡単に合格する。

佐藤 そうなりますね。

――ならば、東大生たちが「やはり官僚だ」と気づく前に、私立大生と地方国公立大学生は日本の官僚試験をパスし、数千万円を掛けた官僚教育で"学び直し"て家産国家のバキバキの家来(官僚)になる。そうすれば、つらい就活を経て、さらにつらい労奴にならなくて済む。これですね。

佐藤 その通りです。

次回へ続く。次回の配信は2024年4月26日(金)予定です。

★『#佐藤優のシン世界地図探索』は毎週金曜日更新!★

佐藤優

佐藤優さとう・まさる

作家、元外務省主任分析官。1960年、東京都生まれ。同志社大学大学院神学研究科修了。『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮社)で第59回毎日出版文化賞特別賞受賞。『自壊する帝国』(新潮社)で新潮ドキュメント賞、大宅壮一ノンフィクション賞受賞

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小峯隆生

小峯隆生こみね・たかお

1959年神戸市生まれ。2001年9月から『週刊プレイボーイ』の軍事班記者として活動。軍事技術、軍事史に精通し、各国特殊部隊の徹底的な研究をしている。日本映画監督協会会員。日本推理作家協会会員。元同志社大学嘱託講師、筑波大学非常勤講師。著書は『新軍事学入門』(飛鳥新社)、『蘇る翼 F-2B─津波被災からの復活』『永遠の翼F-4ファントム』『鷲の翼F-15戦闘機』『青の翼 ブルーインパルス』『赤い翼アグレッサー部隊(近刊)』『軍事のプロが見た ウクライナ戦争』(並木書房)ほか多数。

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