アメリカが嫌いで、ロシアの友で、第三世界の親分で、って雑なとらえ方でいいの? 中国の習近平主席は戦乱の世をどう見ているのか―― アメリカが嫌いで、ロシアの友で、第三世界の親分で、って雑なとらえ方でいいの? 中国の習近平主席は戦乱の世をどう見ているのか――

3年目を迎え、泥沼状態にあるロシア・ウクライナ戦争。イランの報復攻撃でさらに不安定化するイスラエル・ハマス戦争。欧米諸国が、ロシアをやり玉に挙げ、イスラエル軍を支援する一方、中国は、ロシアに経済制裁は科さず、イスラエル軍を非難する。狙いはビジネスチャンスか、イメージアップ戦略か、あるいは。

■冷戦後の平和な世界が中国を経済大国にした

ロシア・ウクライナ戦争と、イスラエル・ハマス戦争。ふたつの戦争が国際社会を揺るがし続ける中、いまひとつ見えてこないのが、すでにアメリカと世界を二分する大国となりつつある中国の姿勢だ。

特にロシア・ウクライナ戦争では、アメリカを中心とした欧米諸国がウクライナへの武器供与やロシアに対する経済制裁などで結束した行動を取る中、中国は一貫してそこから距離を取り続けてきた。

そのため、中国の姿勢を「背後からプーチンのロシアを支えている」あるいは「中国は衰退するロシアを利用して覇権主義を強めようとしている」と批判したり、さらには、アメリカと対立する立場の中国とロシアを一体の仮想敵のように見なして、これを「新たな冷戦時代の始まり」ととらえている人も少なくない。

だが、本当にそうなのだろうか? ウクライナやガザの戦争は、"中国の視点"からどのように見えているのか?

「ロシア・ウクライナ戦争に関していえば、この戦争は中国にとって迷惑以外の何ものでもなく、『プーチンはなんてよけいなコトをしてれたんだ!』というのが習近平の本音だと思います」と語るのは、中国事情に詳しいジャーナリストの高口康太氏だ。

ジャーナリスト・高口康太氏 ジャーナリスト・高口康太氏

「忘れてしまった人も多いかもしれませんが、そもそも、ロシアのウクライナ侵攻が始まったのは、北京五輪が閉幕し、パラリンピックが始まる直前の時期でした。せっかく中国が国を挙げて『平和の祭典』をやっている最中に、そのメンツを潰すようなことをプーチンが始めただけでも習近平政権にとっては喜ばしくない。

しかも、この侵攻によって、かつての冷戦時代のように西側と東側の対立が強化されることを中国政府はまったく望んでいませんでした」

それはなぜ?

「この30年余りの中国の経済成長を支える原動力となったのが、米ソ冷戦時代の後に訪れた"平和な世界〟だったからです。東側・西側の壁が崩れて世界が貿易で一体化してゆく、そうしたグローバリゼーションの大きな波に乗って中国経済が台頭したことを、中国自身もよく理解している。

ですから、ロシアのウクライナ侵攻で新たな冷戦状態や東西対立が生まれることも、エネルギーや食料価格が高騰したり、グローバルなサプライチェーンのリスクに対する警戒感が高まったりすることも望んでいないのです」

中国はロシアへの武器供与の疑いもあるが、停戦の仲介役を担う姿勢も見せている(写真は、昨年10月の「一帯一路フォーラム」での様子) 中国はロシアへの武器供与の疑いもあるが、停戦の仲介役を担う姿勢も見せている(写真は、昨年10月の「一帯一路フォーラム」での様子)

ではなぜ、中国はほかの欧米諸国と共に「反ロシア包囲網」に加わらないのか?

「西側諸国が武器供与などを通じて『ウクライナが戦い続けること』を支援しているのに対して、中国の基本姿勢は一貫して『即時停戦』です。

また、中国はロシアによるウクライナ侵攻を明確な国際法違反だと指摘する一方で、『NATO(北大西洋条約機構)の東方拡大がこうした事態を招いた要因のひとつ』という主張や、『戦争の長期化やロシアへの経済制裁の影響によるエネルギー価格と食料価格高騰によって、苦しんでいるのは弱い立場にあるグローバルサウスの新興国や途上国』という主張も一貫しており、これらの点でも欧米諸国とは立場を異にしています」

つまり、中国にとって戦争はグローバルなビジネスへの弊害であり、第三世界のリーダーとして大切なビジネスパートナーを守るために、ロシアの立場にも一定の理解を示しながら即時停戦を訴えている、という側面もあるのだ。

■味方というより商売先のロシア

しかし、そんな中国に対して、アメリカを中心とした欧米諸国や日本がロシアに行なっている経済制裁でも「ロシア側に抜け道を与え、さらに西側諸国が撤退したロシア貿易で大きな利益を得ている」という批判もある。

「まず、武器を含めた軍需物資に関しては『紛争当事国であるロシアにもウクライナにも戦争に関する物資は売らない』というのが、建前としての中国政府の基本姿勢です。

その上で、アメリカや欧州諸国からは『中国から第三国を経由してロシアに軍需物資が転売されている』とか『中国から輸出された冷蔵庫の汎用半導体がロシア製の戦車に使われている』といった批判があるわけですが、真偽はわかりません。

ただ、中国が輸出先である第三国の転売規制に積極的でないのは事実ですし、もともと中国は国内市場でも転売が多いため、中国に住む民間人が中国の物をロシアに転売しているケースもたくさんある。

例えば、スマホのファーウェイとかシャオミも、ウクライナ戦争が始まった初期の段階でロシア市場から撤退するって話だったんですけど、ロシアのネットショッピングで普通に売ってる......みたいなコトも多くて。これは中国政府の意図というより、中国社会の"緩さ"ゆえだと思います。
 
一方で、非軍需製品の貿易統計に目を向けると、中国の対ロシア輸出が大きく伸びているのは事実です。最も典型的なのが自動車で、昨年、中国の自動車輸出台数は約490万台で世界一になったのですが、そのうち約80万台がロシアに輸出されている。

もともとロシアの自動車市場は韓国、日本、ヨーロッパが強かったのですが、それを全部、中国メーカーがかっさらった形ですから、当然、『中国が戦争で漁夫の利を得ている』といった批判はあるでしょう。

では、中国企業は世界の批判を顧みず、平気でロシアと商売しているのかというと、そうでもなくて。例えば、ドローンで有名なDJIなど、西側の先進国相手にちゃんと商売ができている企業は、風評被害を恐れて、日本企業と同じような形でロシアへの輸出を自粛しています」

ここでも、中国が重視するのは「どの市場を大切にすることが商売にとって重要か?」という商売第一の現実的な視点のようだ。

■中国は世界の覇権を狙っているのか?

では「ガザ問題」についてはどうか? 高口氏が続ける。

「ガザに関しても、中国の主張は当初から一貫して『即時停戦』です。中国も中東地域からのエネルギー輸入に依存しているため、この地域の平和と安定が重要だという点では日本と同じ思いですし、中国にとって中東諸国はお互いにイデオロギーや人権に関する問題をあまり気にせずに商売できる相手でもある。

ですから、例えば日本でも最近話題の激安通販『SHEIN』なんかも、日本に来るずっと前から中東ではやっていたりと、民間レベルでも深いつながりがあります。

また、イスラエルとも、テクノロジー関連分野の産業での協力関係や投資も多いので『戦争なんかされると商売がやりづらくて迷惑』という気持ちは、ロシア・ウクライナ戦争と同じでしょう」

しかし、ロシア・ウクライナ戦争のときとは大きく異なる点がある。

「ガザの問題に関しては国連などの場でも『イスラエルのハマスに対する反撃は自衛権を超えている』と非常に強く批判しており、イスラエルの後ろ盾になっているアメリカへの批判もかなり厳しいものがあります」


「ガザでの惨事を食い止めるために国際社会は行動すべき」と語った王毅外相は、「パレスチナ問題に関して利己的な利益はない」と明言している
「ガザでの惨事を食い止めるために国際社会は行動すべき」と語った王毅外相は、「パレスチナ問題に関して利己的な利益はない」と明言している

この点に関しては、ガザへの無差別攻撃を続けるイスラエルをかばい続け、即時停戦を求める国連安保理の決議に何度も拒否権を行使してきたアメリカよりも中国の主張のほうが国際世論に近いようにも思える。

しかし、その背景に、習近平主席がブチ上げた「一帯一路」構想のために中東が肝心だからでは、と中国の下心を指摘する声もあるが?

「正直、一帯一路は誰も実態がよくわかっていない状況で(苦笑)、150ヵ国ほどが参加していて『どこが帯なんだ?』という状態。しかも、そのうまみがイマイチ実感できず、参加国が離脱し始める始末。中国が秘密裏に世界の覇権を握ろうと動いているという言説が多いですが、実際にはそんなうまく立ち回りはできていません」

それなら、ふたつの戦争を止めるキープレイヤーとして、中国は信用できるかも?

「ただし問題は、中国がアメリカに次ぐ世界第2位の経済大国になった今も、こうした国際紛争の解決に関して、自らが仲介者として積極的な役割を果たそうとする意思や、その経験が不足しているという点でしょう。

ロシア・ウクライナ戦争でも、一度、ロシアによる占領地域の問題を棚上げにする形で、即時停戦と戦後の復興に関する中国主導の提案がありましたが、まったく相手にされませんでしたし、中国が経済的にも政治的にも大きな影響力を持つアフリカのエチオピア内戦ですら『中国が戦争を止めた』といった話は聞かない。実際、何もできていないんです。

中国は世界第2位の大国になったわけですが、この先、アメリカを倒して世界を支配する......といった壮大な野望を抱いているとは思えません。むしろ中国経済の繁栄が国際社会の平和と安定に支えられていることも理解している。

大国としてはまだまだ未熟で、自分たちが国際社会に対してどのような責任があり、大国として何を求められているのか、それにどう対応するべきなのかといった学びが足りていないのが、今の中国の実情なのかもしれません」

もちろん、現実として覇権主義的な大国中国の脅威が存在するのは事実だろう。しかし、だからこそ冷静に「中国の視点から見た世界」にも目を向ける必要があるし、その中国もまだ未熟な大国であるということを、心に留めておくべきなのかもしれない。

●高口康太(たかぐち・こうた)
1976年生まれ。中国の政治、経済、社会を幅広く取材。著書に『中国「コロナ封じ」の虚実』『幸福な監視国家・中国』(梶谷懐氏との共著)ほか多数

川喜田研

川喜田研かわきた・けん

ジャーナリスト/ライター。1965年生まれ、神奈川県横浜市出身。自動車レース専門誌の編集者を経て、モータースポーツ・ジャーナリストとして活動の後、2012年からフリーの雑誌記者に転身。雑誌『週刊プレイボーイ』などを中心に国際政治、社会、経済、サイエンスから医療まで、幅広いテーマで取材・執筆活動を続け、新書の企画・構成なども手掛ける。著書に『さらば、ホンダF1 最強軍団はなぜ自壊したのか?』(2009年、集英社)がある。

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