株式会社はなまるの門脇純孝社長
『はなまるうどん』458店舗を展開する株式会社はなまる(東京・中央区)は、外食業界の中では数少ない"ホワイト企業"に挙げられることも少なくない。

吉野家ホールディングスの子会社として、ここ数年は毎年50店ペースで出店し、昨年度の業績は増収増益。加えて、業界では低水準の離職率(直近3年間は約16%)や、売上目標よりスタッフの育成を優先する店舗運営、バイトにも店長を任せ、ボーナスも支給する待遇面など、"従業員を大切にする経営"を貫いている。(前編記事参照

他の外食チェーンと比べて休日日数が多いのも同社の特色だ。

週休2日制で、年間休日日数は8日間のリフレッシュ休暇なども合わせて120日。飲食店ではシフト次第で直前にならないと休日が確定しないことが多いなか、社員が自分で休日を選べる仕組みも構築している。

従業員が休みにくい外食業界にあって、はなまるはなぜ、休みやすい環境を構築できたか。それは一つに、歴代の"社長の人柄"によるところが大きい。

06年に子会社化されて以降、創業者は退き、吉野家の幹部がはなまるトップに就く流れが3代続いている。3氏に共通するのはバイトからの叩き上げであること。そして、社員を休ませることにも寛容である。その傾向が顕著だったのが成瀨哲也・前社長だ。

東日本営業部・統括スーパーバイザーの斎藤三千子さんがこう話す。

「昨年(17年)春の社員総会で、約400人の社員を前に成瀨社長は『とにかく、社員は絶対に月8日間休みを取りましょう』と宣言しました。人手が足りなくて休みを確保できない場合は『店を閉めていい』とも(苦笑)」

そして、成瀨社長は社員が休みたいときに休める環境を整えるべく、昨年3月にライフ・ワーク・バランス(LWB)推進部を発足させた。その当時、斎藤さんは社長から「副部長に就いてほしい」との打診を受けたという。

統括スーパーバイザーとの兼任となることを重荷に感じ、「最初はお受けするかどうか悩んだ」という斎藤さんが「やろう!」と決めたのは、「50年変わっていない外食業界の働き方をはなまるから変えていく」との成瀨社長の言葉に打たれたからだった。彼女は現在、副部長から昇進してLWB推進部の部長を務めている。

LWB推進部部長の斎藤さんと、広報担当の塚見さん

LWB推進部が発足するまで、各店舗では休みを取りづらい環境があった。

社員はバイトスタッフに遠慮して「この日は人手が足りないから入ってほしい」と言い出しづらい。また、他店にヘルプを要請するのはエリアを統括するスーパーバイザーの仕事。店舗勤務の社員からすれば上司に当たるため、こちらに対しても「休みたいからヘルプをお願いします」と言い出しづらい雰囲気があった。その結果、自分の休みを返上して働かざるをえない......。そんな環境が社員を疲弊させていた。

そこでまず、LWB推進部はトップダウンにより組織的に休みを取るためのヘルプ体制を強化した。各店舗の社員に"会社の規定の休みをしっかり取らせる"ことを統括スーパーバイザーやスーパーバイザーに意識づけ、人手が足りない店には彼らが率先してヘルプ要員を派遣し、社員の休みを確保することを徹底。休日の取得状況を定期的にチェックする体制も整えた。その結果、社員の平均休日日数が前年より月2日間も増えた。

しかし、「休みの数は確保できても、社員の休日はシフト次第で、直前になるまで休める日が分からないという状況もあった」(斎藤さん)。そこで今年度からは社員の休みの"質"を向上させることを目標に、『お休みカレンダー』を導入した。

これは、翌月の休みたい日をそれぞれの社員が『お休みカレンダー』に書き入れ、10店舗程度が集まるエリア内で共有し、人手が足りない場合には各店舗の社員同士で調整し合って休日を確保するための社内制度。

スーパーバイザーらが休日を取らせるトップダウンの体制は残しつつ、社員自ら"休みたい日"を公言し、休日を確保するボトムアップ型の仕組みを取り入れたことで、エリア内では自然と『休もう、休ませよう』の協力関係が生まれてきたという。

「『お休みカレンダー』を導入したことで1カ月前には休日を確定できるようになり、家族旅行やデートなど、プライベートの予定が立てられやすくなったという社員が増えました。単に休日数を増やすだけではなく、"休みの質"を向上させることも大切なんです」

さらにLWB推進部は残業削減にも取り組み、「弊社の三六協定を守る」という目標も達成したが、斎藤さんはそこには満足していない様子だ。

「目標を達成したのはあくまで数字上の話です。もしかすると、目標を会社からの圧力と感じていた店長が、残業時間を過少申告しているかもしれません」

いわゆる"隠れ残業"の問題である。長時間労働や過労死が社会問題となるなか、残業時間に目標値を定めて法令順守を徹底する手法はいずれの業界にも定着している。しかし、一方では現場に「働きたくても働けない」状況を生み、実働時間を過少申告する社員が続出するという弊害が起きているのも現実だ。

「そこで弊社では"ぶっちゃけ、どうなのよ?"というホンネの部分を把握するために、私たちLWB推進部の社員が月2回ペースで全国各地を訪問し、エリアごとに"店長座談会"を実施しています」(斎藤さん)

一般的な外食企業なら、現場の社員から店長、店長からスーパーバイザー、さらに各エリアの営業部の部長、本社の管理部門という"伝言ゲーム"の過程で実際の残業時間が"隠される"恐れがある。これを社長直轄のLWB推進部が直接、現場を訪問することで現場の実態を把握しようというわけだ。

だが果たして、店長が本社の人間に"ホンネ"をぶっちゃけるだろうか?

「そういう心配は確かにありました。でも懇親会の場を作り、お酒を頂きながら話をするので、少し酔いも回ると雰囲気が良くなり、ざっくばらんな話がどんどん出てくるようになります」(斎藤さん)

もちろん、残業を隠していた店長がいたとしても、それを咎(とが)めたり、ペナルティを与えるようなことは絶対にしない。あくまで隠れ残業の実態を把握し、その原因を突き止め、対策を打つ材料として役立てることが座談会の目的だ。

「やはり、実態とは違う残業時間を申告している店長も出てきました。その原因について彼らのホンネを聞くと、『出店ペースが早くて育成が追いつかない』『バイトが足りていない』といった話も出てきました」(斎藤さん)

これをレポートにまとめ、事業本部の会議や社長に上げることがLWB推進部の仕事だが、アルバイト出身者も多い経営陣は現場への理解があるから手を打つのも早い。

「座談会は今年から始めている取り組みですが、現場の店長からは本当の気持ちを聞いてもらえるだけでもスッキリすると喜ばれています」(斎藤さん)

ダイバーシティ東京店(江東区)の店長、尾上香織さんはなまるが働く社員に優しいのは女性従業員が多い点にも関係している。

同社の女性従業員はパートと社員を合わせて6割超、社員(約450人)に限れば25%。管理職に占める女性社員の割合は11%と外食業界では高水準にあり、これを30%まで引き上げる目標も掲げている。今年1月から社長に就任した門脇純孝氏がこう話す。

「前の会社は男性中心の会社で、どうしても考え方や感性が偏りがちになり、それは強い面でもありましたが、逆にもろさが出ることもありました。男性には男性の特性があり、女性には女性の特性がある。両方を生かしていかないとこれからの時代には適応できません」

そこで、LWB推進部では女性の活躍を推進するため、産前産後のサポート体制を整えた。

「女性社員が産休、育休から復帰する際には、『出勤後、子どもが急に熱を出したらどうしよう......そうなったら仕事をドタキャンせざるをえないかも......』といったことが不安になります。それが店長という立場だったらなおさら、『働き続けられるだろうか......』と不安は大きくなる。そこをサポートするために、産休・育休明けの女性店長がいる店舗では、復帰後の3カ月間は"ならし期間"としてもう一名の店長を付けるようにしました」(斎藤さん)

また、女性社員が職場復帰する際にはLWB推進部が相談窓口となるほか、"先輩ママ社員"が講師役となって日頃の悩みを聞いたり、育児と仕事を両立するためのコツをレクチャーできる体制を整えた。こうして安心して産休・育休に入れる環境が整い、今年4月には4人の女性社員が職場復帰を果たしている。

今では立ち食いそばの『富士そば』と並び、外食業界では数少ない"ホワイト企業"に数えられることもあるが、門脇社長は「弊社がホワイト企業だと申し上げるつもりはありませんし、社内でも一切口にしない」と取るに足らない様子だ。ただ、年一回の社員総会や月2回の頻度で配信するメールのなかで社員に問いかける言葉があるという。

「あなたにとって、ハッピーって何ですか?」

少しむず痒くもなる問いかけだが、門脇社長にとってのハッピーとは何なのだろうか。

「『この会社で働きたい』と思って入社してきた人が、『働きたいけどやめざるをえない』となるなら、それは会社の責任でしょう。そうならないよう、会社として手を差し伸べられることはできるかぎり手を尽くす。そして、社員の向こう側にいらっしゃるご家族の存在も頭のなかで意識しながら、『はなまるで働けていることがハッピー』だと感じてもらえるような会社になること。それが、私にとってのハッピーです」