『ブラック校則』を上梓した評論家の荻上チキ氏と、日独ハーフのコラムニスト、サンドラ・ヘフェリン氏。不条理な学校の校則の背景には何があるのか?

生まれつき髪の色が茶色い生徒が「黒染め」を強要される。「下着の色は白限定」で、違反したら没収される――。評論家、荻上チキ氏と名古屋大学大学院准教授、内田良氏の共編著『ブラック校則 理不尽な苦しみの現実』(東洋館出版社)には、驚くべき不条理な校則の実例が多数紹介されている。

そこまで厳しく生徒たちを管理する背景には、何があるのか? 荻上チキ氏と、日独ハーフのコラムニスト、サンドラ・ヘフェリン氏が語り合った――。

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荻上 まず、本書が生まれた経緯を説明しますと、きっかけは2017年に大阪府の女子高校生が起こした訴訟でした。

サンドラ 生まれつき髪の色が茶色い女子生徒が「黒染め」を強要されて不登校になってしまい、精神的被害を受けたとして学校側を提訴した件ですね。

荻上 これと同じようなことはずっと繰り返されてきました。1980年代には「丸刈り裁判」といって、丸刈りを強要された男子やおかっぱを強要された女子が次々と学校を訴えていったんですが、ことごとく負けてしまった。今は社会通念がだいぶ変化して、司法は社会通念に大きく影響を受けることもあるので、この裁判の行方には注目しています。

この一件がメディアでも大きく取り上げられたとき、「ブラック校則をなくそう! プロジェクト」が立ち上がり、私はスーパーバイザーとして参加しました。なぜ、このような理不尽な校則がいまだにまかり通っているのか、それを説明するデータがなかったので、量的・質的な実態調査を行なったんです。10代~50代の男女2000人からアンケートを取るとともに、「#ブラック校則」などのハッシュタグを作り、具体的な事例を集めていきました。

調査開始当初には「まだこんな校則が残っているのか......」という程度の結果を予想していたのですが、「下着の色指定」「スカートの長さ指定」「眉手入れ禁止」など、むしろ校則の項目は多面化し、増加傾向にあることがわかり、正直、驚きました。

サンドラ 本当にびっくりするような酷い事例がたくさん掲載されていますね。最も衝撃的だったのは、愛知県の公立中学校に通っていた女性が寄せたエピソードです。3年生のとき、プールの授業があった日の放課後、男性教諭に呼び出され、「下着、青だったんでしょ? 白にしなきゃダメだよ」と言われたという。すごく気持ち悪いなと思って。いったい、この先生はどうやって調べたのでしょう?

荻上 他の生徒によるチクリでしょうね。校則を守っている生徒が、そこから逸脱した人をリークするという相互監視です。

サンドラ 校則は相互監視を助長し、いじめの一因になってしまう恐れもありますよね。そんな校則にどんな有用性があるのか、私にはまったく理解できないのですが、良い部分ってあるんですか?

荻上 良い部分があると先生たちが思いこんでいるのが実態です。先生たちにとっては、生徒がトラブルなく卒業することが重要なんです。昔なら「非行防止」という一定の合理性はあったかもしれませんが、いまや「茶髪=不良」ではありません。現在の学校側のロジックとしては、「オシャレ禁止」「平等原則」があります。「学生の本分は学業」だから、それ以外の部分に力を注いではいけない。そして、生徒たちを画一化することで平等が担保されるという理屈です。

「ブラック校則」の下では、「相互監視してルールから逸脱した人をリークして罰するというような状況が生まれている」と言う荻上氏

サンドラ 「みんな同じ=平等」という考え方は危険だと思います。生まれつき髪が茶色い子供や天然パーマの子供に黒染めやストレートパーマを強要することで、本当に平等が実現するのでしょうか? 黒染めがうまくいかなかった子供がやり直しを命じられた事例や、くせ毛の前髪を手で引っ張られて「眉毛にかかっているからアウト」とされ、自宅ではなく理容室で切って領収書を提出しろと求められた事例も紹介されていますね。そこには精神的・肉体的苦痛だけではなく、少なからぬ経済的負担も伴います。

荻上 本来、公平性というのは多様性に対して開かれたものであるはずです。しかし、「みんな同じ」にすれば対立や嫉妬は生まれないという誤解が、ブラック校則の温床になっているんです。

サンドラ でも、実際は対立や嫉妬が生まれていますよね。チクる人がいるわけだから。

荻上 公平主義ではなく全体主義で、相互監視してルールから逸脱した人をリークして罰するというような状況が生まれている。これは教育としては非常に不健全です。本来なら、なぜ私は彼や彼女とは違うのか? なぜ規範を逸脱した子をズルイと思うのか? そもそも本当にそれはいけないことなのか?......授業でディベートのテーマになってもおかしくない問題です。先生はとても忙しいのでそういったことに時間を割けないという現実があるわけですが、「生活指導」の時間はしっかり取っていますよね。私はこれを「ソフトな管理主義化」と呼んでいますが、その教育的効果はまったく検証されていません。

サンドラ ヨーロッパの人に日本の校則の話をすると、笑いが起きるんです。「前髪は眉毛を越してはいけないんだよ」とか、「靴下の色が決まっているんだよ」と話すとみんな笑います。でも、この本を読んで校則の酷さを詳細に知ると、まったく笑えない。

ドイツの教育現場はもっとあっさりしていて、「学校は勉強だけをする場所」というのが一般的な認識です。だから先生は、生徒の服装や持ち物などにまったくタッチしません。勉強だけやって、あとは各々勝手にやってくださいという考え方で、そもそも「校則」という概念すらありません。日本では生活指導とか人格形成とか、勉強以外の測りきれない部分にまで手を出すから、ブラック校則のような弊害が生じるのではないでしょうか。立派な人間を育てるというもともとの志はいいと思いますが、今、いったんそこから離れたほうがいいのではないかと。

荻上 道徳の教科化を含め、表向きは人間教育を掲げていますが、ひとりひとりの権利を尊重し、みんなが生きやすいルールを作るための指導にはなっていないわけです。社会秩序から逸脱しないことを是としますが、どういう社会秩序が望ましいかという前提の議論はない。「日本人らしさとは」を饒舌に語りたがる人が増えている背景にもなっていると思います。

小学1年生のとき、日本の学校に体験入学した経験は、強烈な記憶として残っているというサンドラ氏

サンドラ 私は22歳までドイツで暮らしていましたが、日本の小学校に1年生のときに体験入学したことがあり、そのときの経験は強烈な記憶として残っています。クラスで一番背が高かったので、席順も、朝礼のときも常に後ろで、「え、自分で座る場所や立つ場所を選べないんだ......」と。日本にはドイツにはない文房具がたくさんあって、私はかわいいキャラクターの絵が入った筆箱を日本の思い出として集めていたんです。日替わりで違う筆箱を持っていったらクラスで騒がれてしまって、「筆箱は一個にしなきゃダメなんだよ」とか同級生から責められるわけです。なんで怒られているのか、まったくわからなかったのですが。

荻上 筆箱の色が指定されていたり、キャラクターの絵が入っている文房具は一切禁止という学校は多いですよ。

サンドラ そうなんですか。集団登校、集団下校という慣習も、ドイツの幼稚園を出たばかりだったので知らなくて、勝手に近道して帰ろうとして怒られたこともありました。ドイツに戻ったら、日本で経験したようなルールは一切なかったから、あれはいったいなんだったんだろうって子供ながらに思いました(笑)。

ブラック校則による健康被害の危険性もありますよね。冬の寒い時期でも「ダウンコートを着てはいけない」とか「女子生徒はスカートの下にタイツを穿いてはいけない」とか。日本には「冷え性」の女性が多いのに、なんだかなあ、と思いますよ。「子供は風の子」という言葉がありますが、寒いときはちゃんと暖かい服を着ようよって思います。余談ですが、日本人は「ドイツやロシアの人は寒さに強い」とよく言いますが、彼らは大人も子供も寒いときはみんな厚着や重ね着をして、かなり着込んでいますよ。

荻上 寒さに強い体を作るという大義名分があったとしても、そもそも酷寒に身を投げ出されるような状況はそうそうないですから(笑)。本来なら、適切な防寒方法を教えるべきですが、ここでも「平等原則」が顔を出すんです。

サンドラ え、例えばダウンコートをOKにしたとして、どういう不平等が生じるんですか?

荻上 人によって異なるダウンコートやマフラーを身に付けてもいいとなると、色やデザインで個性を出す生徒が出てきて、あの子はオシャレだとか派手だとか嫉妬が生まれるから、一切禁止にすればトラブルは起きないという発想です。服装に関して言うと、私は制服を廃止することが一番いいと思っているんですけど。

サンドラ 私もそう思います。ちなみにドイツの学校には原則「制服」はありません。

荻上 制服は「性のアイコン」になってしまっている一面もあるので、なくすことによって痴漢の被害に遭う可能性を減らすこともできますよね。学校の先生は、「スカートの丈が短いと痴漢に遭う」という理由で長さをチェックしますが、そんなデータはないですし、本当に生徒を痴漢から守りたいのであれば、まずはズボン着用を認めるべきでしょう。

サンドラ ドイツにも、女性は専業主婦で膝丈のスカートを穿いているのが好ましいという社会規範のようなものがありましたが、それは半世紀以上前の話です。今は女性もスカートではなくパンツ(ズボン)が多いですね。ところで、健康被害の話で言うと、「日焼け止め持ち込み禁止」も不合理です。

「日焼け止め持込禁止」という学校もあるが、WHO(世界保健機関)は、学校で日焼け止めを積極的に使用することを推奨しているという

荻上 日焼け止めクリームは家で塗ってくるのは認めるが、学校に持ち込んではいけないというルールですね。これも「オシャレ禁止」「平等原則」のロジックによるものです。しかし、夏の暑い日などは汗で流れてしまうので、二度塗りしたほうが効果的だというのは常識だし、WHO(世界保健機関)は、子供時代に紫外線を浴びることは後の人生においても健康リスクを高めるとして、学校で日焼け止めを積極的に使用することを推奨しているんですよ。

サンドラ ヨーロッパでは日焼けに関して無頓着な人が多いのですが、日本では化粧品メーカーのコマーシャルを見ると、「私は絶対焼かない!」とか「美白信仰」がありますよね。でも、学校では日焼け止めが禁止されているとなると、子供たちは混乱するのではないでしょうか。

荻上 「男はこうあるべし」「女はこうあるべし」というジェンダーコードがあるように、年齢によるコードがあるのでしょう。つまり、「中学生は日焼けしているのが健康的で好ましい」という。

「服装の乱れは心の乱れ」という言葉がありますが、「心の乱れ」とは何かというのは、社会規範が決めているんです。強固な社会規範は「同調圧力」となり、出る杭は打たれる。でも、その「乱れ」は誰に迷惑をかけているんですか? 私の髪の毛が茶色で、あなたの考える規範からは外れているかもしれないけれど、それでなにか迷惑かけましたか? ツーブロック禁止、カチューシャ禁止......それが何を乱すのかが検証されないまま、校則は生徒の自主性を奪い、権利意識を奪い、思考のチャンスを奪っているんです。

サンドラ 私が心配しているのは、不条理な校則に疑いを持たない子供が、画一的な価値観を持った大人へと成長していった場合に、例えば外国人やLGBTの人など、自分とは違う者を排斥したりしないかと。

テニスの大坂なおみ選手のように誰が見てもハーフだとわかる人もいますが、祖父母や曽祖父母が外国にルーツを持つ子供などは、それほど見た目が日本人と変わらないんですよ。ただ、髪がチリチリだったり赤毛だったりする。そのため学校から確認を求められ、怒っているお母さんもいます。

荻上 いわゆる「自毛証明」を求められるわけですね。

サンドラ 先生が「大変恐縮ですが、娘さんの髪はもともとの色ということでよろしいでしょうか?」と。黒染めを求めているわけではないのですが、外国にルーツを持つお母さんとしては、「確認されること」自体が不愉快。だって、「お子さんのホクロはいつからあるんですか?」とは確認しないでしょう。人の外見はすごくセンシティブなものです。先生の事情も理解できますが、言われたほうの気持ちも考えてほしいですよね。

荻上 その背景には、学校間の競争もあると思います。教育現場で非行やいじめをなくそうとさまざまな試みがされる中、地域や教育委員会から、あそこの学校の生徒たちは規範を守っているかと厳しくチェックされるんです。学校側も、少子化で生徒の取り合いになっている中で、「わが校の生徒たちは髪の色も黒で、制服もきちんと着て、みんないい子ですよ」とアピールしたい。そして、厳しい校則を肯定的に捉えている保護者が多いことも事実です。

サンドラ 面白い話があります。横浜に「ドイツ学園」という、幼稚園から高校までドイツ国内と同じ教育が受けられる学校があります。ここに通うのはドイツ人の子供やハーフの子供なのですが、近隣の日本の中学校から電話がかかってきたというんです。そこの中学生がコンビニの前で飲食をしていて、先生が注意すると、「ドイツ学園の子たちもみんなやっている」と反論したそうです。そこで「なんとかなりませんか」と電話がかかってきたのですが、ドイツ学園の返答は「何もできません」と(笑)。

荻上 なぜダメなのかを説明できない校則なんて廃止してしまえばいいのに。しかし、偏見が育ちそうですよね。日本では、「コンビニでたむろする=不良」のイメージがありますから、「不良外国人」というレッテルが貼られてしまうかもしれない。異なる行動様式のようなものにまで、過剰な意味づけをしてコードを強化するという方向に校則は機能してしまうので。

ブラック校則を野放しにしていれば、学校に行きにくい子供はますます増えていくと思います。外国にルーツを持つ子供、発達障害の子供、セクシャルマイノリティの子供......「みんな同じ」からハミ出した子供がそういう学校に通うということは、差別される可能性を自ら選択していることになってしまうので。道徳の授業じゃなくて、「権利の授業」を設けるべきだし、差別を是正するために違いをなくす社会ではなく、「違いを認め合う社会」にしなくてはいけません。そのためにも、ブラック校則はひとつずつ潰していくしかないですね。

サンドラ 本当にそう思います。私は結婚していますが子供はいないので、親として関わることはできないのですが、なにかできることってありますか?

荻上 「これはおかしい」と言い続けることじゃないですか。固定された空気に、「やっぱり変だよね」という異論を差し挟んでいくことです。今日の対談もひとつの機会ですし、こうやって校則の不条理さを学校側に投げかけていく。明らかに理不尽な校則については、国がコントロールすべきだと思います。だって、スカートをめくったり、シャツの第2ボタンを開けさせて下着の色をチェックしたりするなんて、どう考えたってセクハラだし、人権侵害でしょう。そんなことは止めさせるべきです。

■『ブラック校則 理不尽な苦しみの現実』
荻上チキ・内田良 東洋館出版社 1500円+税

●荻上チキ
評論家。「ブラック校則をなくそう! プロジェクト」スーパーバイザー。著書に『日本の問題』『ネットいじめ』『いじめを生む教室』ほか多数。共著に『いじめの直し方』『夜の経済学』ほか多数。TBSラジオ「荻上チキ Session-22」メインパーソナリティ

●サンドラ・ヘフェリン
コラムニスト。ドイツ・ミュンヘン出身。日独ハーフであることから「多文化共生」をテーマに執筆活動をしている。著書に『ハーフが美人なんて妄想ですから!!』、共著に『男の価値は年収より「お尻」!? ドイツ人のびっくり恋愛事情』など多数