2020年卒業の学生たちを対象とする採用活動もすでに本格化。人手不足で学生優位の「売り手市場」が続いている。写真は3月に東京ビッグサイトで開催された合同企業説明会

今年のGWは空前の10連休。その微妙に長すぎる休みによって、若きサラリーマンたちを「史上最大の五月病」が襲う危険性が!?

ビジネスマンのメンタル事情の最前線を、産業医の大室正志(おおむろ・まさし)氏に聞いた。

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■五月病から四月病へ

――平成から令和に代わるタイミングで10連休となります。でも休みが長すぎて、新入社員をはじめとする若いサラリーマンたちを「史上最大の五月病」が襲うんじゃないかと編集会議で話題になりまして。

今日は、ビジネスマンのメンタルヘルスに精通する産業医の大室正志先生に警鐘を鳴らしていただけたらと思います。

大室 史上最大の五月病ですか。ないと思いますよ。

――まじかよ。いきなり企画の全否定! 

大室 私の経験では五月病は減っているんですよ。

――そうなんですか?

大室 まず五月病について解説しますね。これまでの新卒一括採用・終身雇用、つまり「学校を出て最初に入った会社で一生働く時代」に社会人になった人は、「ここで足を踏み外したら自分は一生、社会の落伍者になる」というプレッシャーが非常に強かった。特に入社直後の4月は、たとえ本人が自覚していなくてもずっと緊張していて、研修を受けているだけでも緊張が続き、疲れがたまるものです。

そんな状況でGWに入ると、一日や二日の休みでは気づかない疲れが、数日休んで緊張の糸がほぐれることで顕在化し、心身のバランスが崩れる。そして連休が明けても体調が戻らず、会社に来られなくなる。これを五月病と呼んだわけですね。だから確かに新入社員が多いけど、社内の人事異動で勤務環境が変わった人にもよく起きるし、当然、夏休み明けに発症する場合も多いです。

――そんな五月病が減っているのはなぜですか。

大室 今、私が産業医の現場で感じるのは、パワハラはおろか、まだ現場に入る前のオリエンテーションしかやっていない段階でも、「ここ、ちょっと違うな」と思っただけで会社に来なくなる新入社員が、この2、3年で多くなっているんです。むしろ、彼らの研修担当者のほうが「私に何か問題があったのでしょうか」「若い人とどう接してよいかわかりません」とトラウマになり、私のところに相談にやって来る。

――五月病の担い手が新人から人事担当に移ったと。でも、なぜ新入社員世代はそんなにすぐ会社を辞めちゃうんでしょう。

大室 「第二新卒」という言葉が定着し、しかも若手の人手不足が深刻な現在、辞めても20代なら次の会社がけっこうすぐに見つかります。だから「ちょっと違うな」と思ったら会社に来なくなる。株式投資で言うところの「損切り」がしやすい環境になっているわけです。だから「五月病は減って四月病が増えている」という感じですね。別に四月病は病気じゃないですが。

――でもそれって若い世代の心が根本から変わったというより、社会の変化によるものが大きい気がしますね。

大室 そこはそのとおりで、人間の心というのは自分が決めているように見えて、実は環境にすごく規定されるものなんです。だから昔はひとつの会社で一生働くのが当たり前だったから、会社に違和感を覚えても、せっかく就活偏差値の高い会社に入ったからとか、親が喜ぶからといった理由で、無意識でそこをギュッと抑えていたし、もし不満を意識しても「石の上にも三年」と我慢したわけです。

――では五月病は日本社会で絶滅するんでしょうか。

大室 いや、別の場所では起きているんです。会社に入って、「ここで絶対に失敗できない」と緊張が続き、休暇中に緊張の糸が切れ、体調を崩すのを「五月病のメカニズム」とすると、例えば今、そのメカニズムを最も色濃く持っているのは、最近増えている、40歳くらいでベンチャー企業に転職する人たちです。

子会社への出向とかでなく、片道切符でベンチャーに新天地を求めた彼らは、ここで失敗したら後がないというプレッシャーがすごい。でも剣道部からスケボー部に移るようなものなので、仕事の要領も職場のカルチャーも大きく変わる。それで病んでGWや夏休み明けに出社できなくなるというアラフォー世代が、最近は増えていますね。

■「損切り」世代と「石の上にも三年」世代

――若い「損切り」世代の話に戻りますが、この数年、働き方改革とかハラスメント問題への意識の高まりで、昔よりははるかに罵倒などパワハラを受ける機会は減っていると思うのですが。

大室 そこは期待値とのギャップの問題ですから。つまり、上の世代は「昔よりパワハラは減った」と思っているけど、若い世代は「パワハラなんて絶対ありえない」と思って入社してくるわけです。

だから上の世代が「この程度」と思う内容でも、若い世代には「ひどいハラスメント」と受け取られたりする。私が見たなかでも「上司と毎日同じ車で移動するので息が詰まる」と言って、大企業を4月に辞めた新入社員がいましたから。

――結局、若い「損切り」世代と、「石の上にも三年」のおじさん世代、幸せなのはどっちなんでしょう。

大室 とても難しい問いです。昔の日本の企業は、五月病みたいな副作用を生んだ一方で、一度会社に入ったら仕事はもちろん、夜の飲み会、土日のゴルフ、時には結婚相手の紹介まで、すべてサポートしてくれたわけです。そこではある種の面倒くささ、抑圧、ウザさは感じられても寂しさはなかった。

片や若い世代は、LINE一本で会社を辞めちゃったりするわけですが、SNSってつながりをつくるのも簡単だけど切るのも簡単なわけで、そんな時代はウザさは感じない一方で孤独を感じやすく、それによるメンタル不調が増えているのも確かです。

まとめると、上の世代は孤独は感じづらい代わりに抑圧感が強く、若い世代は抑圧を感じない代わりに孤独感が強くなっているわけです。

――今はふたつの価値観の間の、過渡期なんですかね。

大室 まさに。ですから、すぐ損切りしちゃう若い世代には、どんな仕事でも楽しめるようになるには「面白くない時間」が絶対に必要なんですよ、とは言いたい。

競技にたとえれば、スノボをちょっとやって「僕、スノボ向いてません」と次にスキーを始めて、またすぐ「スキー向いてません」と繰り返していたら、結局どんな競技も楽しめない。それと同じで、自分がその仕事に向いているかどうかは、できるようになってからでないと本当はわからないし、そこに至るまでの「面白くない時間」は仕事の種類によって異なります。

――なるほど。

大室 一方で、「最近の若者はこらえ性がない」と一刀両断するおじさんには、損切りは株式投資の世界ではよいことなんですよ、損切りをできなかったあなたたちが今の日本をつくり、それで非常に生産性の低い社会になっています、と言いたい。厳しい言い方ですけれども。

――大室先生、今日は働き方の変化をめぐる深いお話をありがとうございました。でも企画の趣旨が全然変わっちゃったんですけども。

大室 それは私の責任ではありません。

――読者の皆さま、申し訳ありません。令和の週刊プレイボーイもよろしくお願いいたします。

●大室正志(おおむろ・まさし) 
産業医。大室産業医事務所代表。産業医科大学卒業。ジョンソン・エンド・ジョンソン株式会社統括産業医、医療法人社団同友会産業医室を経て現職。メンタルヘルス対策、生活習慣病対策など、企業における健康リスク低減に従事。現在約30社の産業医を務める。著書に『産業医が見る過労自殺企業の内側』(集英社新書)