クリエイティブユニット「MEAT VOICE」の澤田智洋さん

■「人類がもっとも叫ばなかった2020年」の終わりに

激動の2020年も終わりが迫った11月、「さいたま国際芸術祭2020」の会場(さいたま市・旧大宮区役所)に設置された小さな部屋では、来場者によるシャウトが響き渡っていた。

「緊急事態宣言発令日は誕生日だったんだよー!!」「大好きだぁーーー!!」「わあああああああ!!」

「SAKEBIBA(叫び場)」と名付けられた、この空間作品を発表したクリエイティブユニット「MEAT VOICE」の澤田智洋(さわだ・ともひろ)さんはこう語る。

「2020年はもしかしたら、人類史上最も『叫んでいない年』なのかもしれないと思い、感染対策をした上で『叫び場』をつくりました」

MEAT VOICEは、コピーライターで「世界ゆるスポーツ協会」代表の澤田智洋さんと、元NHKディレクターの小国士朗さんの2名から成るユニットだ。今回のプロジェクトは、視覚に頼り過ぎる現代のコミュニケーションに違和感を覚え、人間の「肉(=MEAT)声(=VOICE)」の重要性を取り戻したいと考えていた澤田さんが、小国さんとタッグを組む形で実施した。

「そもそも3年くらい前から、SNSの発達などで声を使わないコミュニケーションが中心になり、現代社会から『叫ぶ』という行為が失われていることに違和感をもっていました。また、子供を連れて近所の公園に行くと『大声を出さない』なんて書いてあることも『おかしいな』と感じていました。そして今年は、コロナでさまざまな娯楽が規制されました。

そんな今こそ、人々には『叫びたいこと』があふれているんじゃないかと思って、『SAKEBIBA』を企画しました。企画って、時代性との複合が大事だと思うんですよ」

澤田さんは、コロナ以前から「叫び」について考え続けていたわけだ。

そんな彼は、広告代理店でコピーライターとして活動する一方で、2015年に「世界ゆるスポーツ協会」を設立。誰もが楽しめる「ゆるスポーツ」を80以上も生み出してきた。

ゆるスポーツの要件は、老若男女関わらず、そして障がいがあってもなくても、楽しめること。勝敗はあるものの、勝っても負けても楽しく笑えるものだ。目指すのは、「誰も仲間外れにしない」。

例えば、専用の"イモムシウエア"を装着してイモムシになりきって行なう「イモムシラグビー」。選手全員、下半身を動かせない。ラグビーは経験や足の速さがないと勝てないという従来の常識をゆるめた競技だ。

https://yurusports.com/sports/imomushirugby

あるいは、激しく動かすと大声で泣き出す特殊なボールを使った「ベビーバスケ」。赤ちゃんを扱うように優しくボールを運ばなければならず、これまたバスケの勝敗を左右するドリブルのうまさやダンクができる能力は役立たずになる。

https://yurusports.com/sports/babybasket

そして新しいエクササイズである「ゆるサイズ」として、「ざっくり体操」も考案。従来の「ラジオ体操」は型が決まっており、肩を上げられない人や、身体にマヒがある人などは参加できない。澤田さんはそのルールの硬さをゆるめ、「ざっくり指示を出して、みんなが思い思いに動けばいいんだ」と発想した。

活動はスポーツにとどまらず、福祉領域におけるビジネスも多数プロデュースしている。例えば、視覚障がい者用アテンドロボット「NIN NIN」。視覚障がい者の人が、忍者の姿をしたこの小さなロボットを肩に乗せて起動すると、「目をシェアしてもいい」という人と遠隔でつながり、「信号が青になった」と誘導してもらうことが可能になる。

シェアリングエコノミーが進む世の中、「思いやり」も「シェア」してもいいのではないかと考えた澤田さんは、「ボディシェアリング」というコンセプトを思いつき、この「NIN NIN」の開発に至った。

さらに、義足女性のファッションショー「切断ヴィーナスショー」。ある時澤田さんは、義足女性の当事者や写真家は「義足はかっこいいし、堂々と見せたい」と考えていることを知った。そこで義足を最先端のファッションアイテムととらえ直し、再定義して見せていこうと試みた。2020年8月25日、本来ならパラリンピックの開会式が行なわれていた時間にショーを実施。20ヵ国以上で話題になった。

撮影/越智貴雄

■何歳になっても「原体験」を量産する方法

そんなアイデアの泉のような澤田さんは、初の著書『ガチガチの世界をゆるめる』の中で、あらゆるものを「ゆるめる」という独自のアプローチを紹介。スポーツのみならず、文化、働き方、社会、そして心の「ゆるめ方」を解説している。

彼の言う「ゆるめる」とは、固定観念で固まりきった概念や常識に風穴を開けたり、選択肢を増やしたり、再定義や編集をし直していくことを意味する。

「小さい憤りや生きづらさは日々みんな感じていると思いますが、僕は物事を感じる網の目がめちゃくちゃ細かいんでミクロな憤りもひっかけてしまう。『なんで最近公園でも叫んじゃいけなんだろう』『なんでツイッターのやりとりってすれ違いがたくさん起きるんだろう』って、日々憤りでいっぱいです。

例えば『叫び』や『肉声』がないがしろにされていることに対する小さな違和感を、トランプの持ちカードみたいに、脳内にずっと持っておきます。そうすると、新しく『さいたま国際芸術祭』とか『コロナ』といったカードがやって来た時に、手持ちのカードとかけ合わせて企画が生まれるわけです」

驚くことに彼は、そんな「持ちカード」を書き留めたりしていない。アイデアを「外部保存」することに頼ると、企画の瞬発力が下がることが理由だが、記憶力が抜群なわけでもないらしい。心のひっかかりを忘れず、企画化していくために、澤田さんが身に付けた方法があるという。

「例えば公園で『○○してはいけません』という貼り紙を見た時、『イヤな時代だな~』で終わらせないで、意識的に『ハッ』とするんです。『イラッ』とか『ムカッ』ではなくて、『ハッ』です。『最も自由であるはずの公園がこんなに不自由だなんて』とハッとする。

そのように、日頃から『驚き体質』になっておくと、驚くたびに心のカメラのシャッターが切られる。そして自分の『持ちカード』化できるんです」

つまり澤田さんは、「ハッ」とするプロセスを意識的にはさむことで、小さな違和感を「自分の体験」に昇華していくわけだ。

「体験」には、世界に対する積極性がともなう。時間や空間に自らダイブし「何かをつかみ取る」という意志が宿る。つかみ取るという姿勢が強ければ強いだけ、その体験は「原体験化」していく、と彼はいう。

「原体験って、何も幼少期だけのものではない。何歳になっても作れるものなんです。そして、新たな原体験がきっかけになって、自分の活動や地平線が広がるターニングポイントが訪れる。『ハッ』とし続ければ、何歳になっても原体験を量産できるんです」

何か新しいものを生み出すために大事なのは、企画の方法論などよりも、「自分が与えられた時間をどう過ごすかが9割」と澤田さんは語る。

■「マイベスト喜怒哀楽」で自分のテーマを見つける

そして澤田さんは、「働き方」もゆるめようとしている。もちろん、いわゆる「働き方改革」とは違うアプローチだ。

今後、個人が組織に依存せずに生きていく時代になるのは間違いない。しかしそこで「自分が本当は何をしたいのかわからない」と感じる人は多いはず。そんな人たちに澤田さんがすすめるのが、「マイ・ベスト・喜怒哀楽」を整理する作業だ。

やり方は簡単。「自分の人生で一番の喜怒哀楽」を書き出すだけ。いわば感情の棚卸しであり、自分でも気づいていなかった自分らしさを発見する作業だ。

「すると『自分ってこんなに悔しい思いを昔したんだな』『自分の喜怒哀楽って実はひとつのキーワードでつながっているんだな』ということがわかるはず。この喜怒哀楽の4つの掛け算こそが、その人らしさにつながるんです」

例えば、自分が悲しかったことや怒りを、後輩たちが感じないためにはどういうアクションをとればいいか、逆に、うれしかったことを、ほかの人にも味わってもらうにはどうすればいいかを考えてみる。

「そこから見えてきた答えが、今やっている仕事と関連性があれば最高だし、もしズレがあった場合は、それを埋めるためにはこれから何をするべきか、そこから新たな自分のテーマが見つかるんじゃないでしょうか。

今、僕がやっているさまざまな活動も、こういう内省作業を通じて『今の広告代理店の仕事だけではまかなえないな』と気づいて、始めたものです。ギャップやズレは、嘆くものではなく、見つけたことを『やったー!』って喜ぶべきもの。次に何をするべきかが見えてくるからです」

彼は、自分の根底には、ある恐怖感が常にあると語る。

「僕の場合は、視野狭窄的(しやきょうさくてき)になることを極度に恐れていて。何かにのめり込み過ぎないようにとか、中心に寄り過ぎないようにとか、ずっと意識しているんです。

でもこれは、特にZ世代(1996年から2015年の間に生まれた世代)は共感してくれる部分で。彼らは自分たちの親世代を見ていて、結婚したら絶対そいとげなきゃとか、会社に入社したら絶対35年勤めなきゃとか、何かひとつにしぼらきゃいけないという、昔からの価値観にむしろリスクを感じるんでしょうね」

「中心にい過ぎない」とか「違和感をキープする」といった澤田さんの習慣は、すべてが「人生100年時代のリスクヘッジ」だという。

「僕は今39歳で、まだまだこのあとの人生は長いので、ちょっとでも違和感やガチガチ感を感じたものは、今のうちから、ゆるめておこうと考えるんです。今すぐに解決できなくても、それが30年、50年たったら、効いてくるかもしれません。結果的に、それが将来の『自分孝行』にもなるのではないかと」

2013年に生まれた、視覚障がいを持つ、お子さんの存在は非常に大きかったともいう。

「彼に、少しでも居心地のいい場所を残すことが自分の務めですから」

「ゆるスポーツ」を考案したきっかけも、目の見えないお子さんの誕生があったからだ。ゆるスポーツによって、障がい者や、運動音痴(澤田さんは自分を運動音痴と断言する)などの「スポーツ弱者」というマイノリティが楽しく生きられる社会をつくることが、澤田さんのゴールだ。

未来の自分やお子さんに、「この『ゆるスポーツ』を通じて、今よりもいい景色をひとつでも生み出せるかな?」と感じたながら、新たな競技を開発している。

■今の日本は史上最大の「編集」チャンス

澤田さんいわく、社会を変えるには3つのやり方がある。

1.法や制度を変えること。
2.教育を変えること。
3.澤田さんが行なっている、「空気を変えること」。

現在、「ゆるスポーツ」の認知は確実に広まっており、澤田さんは学校に呼ばれたり、体育の教科書に掲載したいという話が文科省から来たりするようになった。変化の兆しは確実に見えている。しかし彼は、急激な変化は定着しないと考える。

「電子レンジであたためるより、炭火であたためたほうが、あたたかさが長持ちしするじゃないですか。『ゆるめる』という概念も、ジワジワ浸透していったほうがよいと思っています。50年かけてオセロの石が白から黒に変わっていく。そんなイメージです」

そして、「ゆるめる」とは「編集」だと語る。

「社会って、誰もがもっと自分にとって居心地のいい場所に編集することってできるんです。なぜなら今、日本人全体が『日本の社会ってなんかおかしいよね』って思っている。そして、「ゆるスポーツ」などでも積極的に導入していますが、テクノロジーの限界費用がどんどん下がっている。今は、史上もっとも社会を編集しやすい時代だと思うんですよ」

とはいえ、日本財団が欧米アジア9か国で行なった「18歳意識調査」(2019年11月30日)によれば、日本の若者の82%が「『自分で国や社会を変えられる』と思わない」と回答している。この数字は、9か国中で最下位だ。

https://www.nippon-foundation.or.jp/who/news/pr/2019/20191130-38555.html

一方の澤田さんに、「社会を一気に変える」という発想はない。でも「社会を少しずつ編集する」ことならハードルが下がり、「やってみよう」という参加者も増え、結果的に何か変化が始まるのではないかと思っている。

だからまず、「世の中は編集可能だ」という概念そのものを、自分の活動を通して広め、「社会は変えられない」というガチガチな考え方自体を、まず、ゆるめようとしている。

「夜空にたくさんの星があるなかで、あの星と星をつなげて『こぐま座』にしよう。茶柱が立ったら縁がいい、ことにしよう。今日は『うなぎの日』ということにしよう。こんなふうに、世の中の価値観や常識の多くは、実は『言ったもの勝ち』で生まれたものだと思うんです。

そして僕は、人類全員がエディターだと思っています。自分の気持ちや価値観がちょっとでも変わったら、それって何かをクリエイトしていることですから。子どものころに持っていたような無邪気な発想力で、目の前の景色ってどんどん変わっていくんですよ」

●澤田智洋(さわだ・ともひろ) 
世界ゆるスポーツ協会代表理事/コピーライター。1981年生まれ。幼少期をパリ、シカゴ、ロンドンで過ごした後、17歳の時に帰国。2004年、広告代理店入社。2015年に誰もが楽しめる新しいスポーツを開発する「世界ゆるスポーツ協会」を設立。これまで80以上の新しいスポーツを開発し、10万人以上が体験。海外からも注目を集めている。また、一般社団法人障害攻略課理事として、福祉領域におけるビジネスも多数プロデュースしている

■澤田智洋『ガチガチの世界をゆるめる』(百万年書房)