「現代の魔法使い」落合陽一(右)と作家・社会学者の鈴木涼美(左)

デビュー作『AV女優の社会学』以来、話題作を世に問い続けている作家・社会学者の鈴木涼美(すずき・すずみ)は、慶應義塾大学SFC卒業、東京大学大学院を出て日本経済新聞社に入社という経歴を持つ。いわゆるエリートだ。そして父親は舞踊評論家・翻訳家の鈴木 晶。母親は児童文学研究者の灰島かり(故人)。つまり単なるエリートではなく、知的サラブレッドでもある。

鈴木はこう言う。

「私も結果的に文章を書く仕事になったので、この親に育てられたからこうなった、というのはそれなりにあるだろうなと思います」

しかし彼女が文筆のテーマとしているのは、舞踊でも絵本でもなく、「女を売る仕事」であり「夜職(よるしょく)」。その対象を切り取る独特の温度感と遠近感の秘密は、彼女自身の独特な人生経験、キャリアパスを抜きにしては語れない。

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落合 まず鈴木さんの経歴を確認しますと、慶応大学在学中にAVデビューされて、そのあと東大の院に進まれたんですね。

鈴木 そうです。院に入って1、2ヵ月でAVを辞めて......。

落合 大学院を出た後に日経新聞に入ったと。すごいキャリアパスですよね、珍しい。

鈴木 私の場合はキャリアが2本あって。高校出て大学出て大学院出て就職して、という普通の経歴が一本と、あとは女子高生時代から、性的なことを駆使してお金を稼ぐ仕事もやって。その2路線でやっていた感じですね。

落合 俺がアーティストで研究者になったのと同じだ。俺も研究者やめてないし、アーティストはずっとやってるから。

鈴木 そうですそうです、同じです。それに私は、大して出来もよくなかったので。ふたつあるとやっぱり人生、楽ですから。

例えば、院生として大したパフォーマンスを示せなくても、「この中でAVの経験があるのは私だけだ」って思えたし。AV女優としては大して売れなくて、メーカーとの専属契約なんてすぐ切れて、安い女優になっちゃったんですけど、「でもまあ私、AV女優の中ではピカイチに高学歴だし」と思ってたし。

落合 キャリアパスを2本持って、両方ともそこそこすごければ、トータルのユニークさはすごくなれるよね。

鈴木 以前、堀江貴文さんに番組でお会いした時に、「百分の一×百分の一=一万分の一」は理論としてはあるけど地で行ってる人はなかなかいないよね、と言っていただきました。

落合 最初に夜の仕事をしようと思った理由はなんですか?

鈴木 夜の仕事への第一歩がブルセラバイトで、高1ぐらいから始めたんですが、それはもう本当に「流行ってたから」っていう感じです。東京にいると、そういう世界は手を伸ばせば届くところにあるんですね。特に私は当時の主流だったいわゆるギャル系女子高生だったので、わりと日常に入ってきてて。パラパラ踊りに行く前、ブルセラショップで時間潰す、みたいな感じでした。

私は最初、金髪だったんだけど、それだと売行きが悪くなるから黒髪にして、どんどん"ブルセラ対応"した見た目になっていって。一番稼いだ頃の写真を見ると、すごい清純派になってる(笑)。おじさんが好きそうな女子高生に。

落合 なるほどね。マーケットに最適化された(笑)。

鈴木 そうそう、肌焼くのもやめて。一瞬マジメになったんじゃなくて、非常に不マジメになってパンツばっかり売ってた頃です。

今思えばそんなに効率はよくないんだけど、ブルセラって魔法の場所だと思ってて。だって、指一本触れずに性を売れるんですよ? それが女子高生特有の楽観的な感じとも相まって、当時はすごい万能感があって。マジックミラーの下にあるモニターで客のおじさんを見下ろしながらね、私たちのほうが上っていう気分で。100均で買ったパンツを1万円で売ったり。

落合 それで今、お仕事は文筆をされていて。宮台真司を地で行ってるんですね(笑)。

鈴木 宮台先生の『制服少女たちの選択』っていう本が出たのは私が女子高生になるより前なんですが、ブルセラ論争みたいなのが新聞上であったりして。それを読んでいたので、影響は受けてますね。

ただ、ブルセラというのは今思えば、代償もあるんだけど。

落合 例えば?

鈴木 それはやっぱり、当時はポラロイド写真とかも売ってたので。「おしっこ買ってくれてありがとう」みたいなメッセージを書いた写真を持ってる人がいるわけですよ。

落合 別にいいじゃないですか。

鈴木 でも、それが彼氏のお父さんとかだったらイヤじゃん?

落合 ああ、そうか。

鈴木 あとはやっぱり、女子高生の制服を脱いだときには、ブルセラショップでパンツ売ってたからこそ感じる「老いの哀しさ」みたいなものもありましたね。要するに、そこでは厳格に女子高生しか雇ってくれないわけだから。

今まで自分がモテてると感じていたものは、完全に女子高生というレーベルに対する視線であって、自分自身には魅力がなかったんだ、みたいな寂しさにさいなまれる夜がありました。

落合 僕、大学に行くときに秋葉原駅を使うんですけど、あのへんは今も女子高生もどきがいっぱい歩いてますよ。リフレとか洗体とか、ああいう謎のサービスは永久に発明され続けるものなんですかね? (学生に向かって)リフレを知ってる人、どのくらいいる?

あ、知らないか。健全な世界に生きてるから。

鈴木 いや、働いてた子が絶対ひとり、ふたりはいるはず(笑)。AV女優もふたりくらいはいるんじゃないですか。普通に考えたら、これくらい集まったらいるんですよ。

落合 で、なんでAVに行ったんですか?

鈴木 女子高生から女子大生になって、社会的な強者の肩書がひとつ外れるわけですよ。そうすると、指一本触れずにお金を稼ぐのはなかなか難しくなってきて。一応、お酒くらいは注がなきゃいけなくなって。

落合 それでキャバクラに。

鈴木 キャバクラ嬢なんて、隣に座ってお酒注いで、話し相手をして、メール返して、髪の毛をセットして......って、かなり労働の部分が多くなってくるんです。だからそんなに好きではなかったけど、当時は『小悪魔ageha』とかが創刊されて、キャバクラ嬢が男性向けのコンテンツから女性向けにもなってきた時代だったんです。ファッションモデルっぽい扱いを受けたりして、華やかっぽい世界だったので、わりと楽しく過ごしてました。

昼(大学)と夜と器用に両立している自分、のつもりでも、やっぱり夜のほうが瞬間的な吸引力は強い。そもそも私は流されやすいし、そちらのほうが楽だからね。出会いも人間関係も仕事もなんでも刹那的だし、だから比較的ストレスもないし。

だから、意識しないと昼の比重が軽くなっちゃって、大学生のキャバ嬢って大学辞める率が高いんです。私も一時期、夜の比重が重くなって。夜職のコミュニティだけでいると、AVとか風俗とかもすごくシームレスになってくるんですよ。

落合 風俗では働いてなかったんですか?

鈴木 当時は今ほどAVと風俗の兼業が当たり前ではなかったので、風俗派とAV派に分かれるんですよ。それで私はAV派でした。

シロウトのおじさんって、汚い人とかも来るじゃないですか。AV男優って、イソジンでチンチン洗ったりしてて超きれいだから。風俗の子は「ビデオばらまかれるくらいだったら、汚くても洗えばきれいになるからそっちのほうがいい、密室だし誰にも見られないから抵抗ない」って子もいるけど。

落合 「ビデオばらまかれるくらいなら洗ったほうがいい」って、俺はそれ、人生で初めて聞いたセリフです(笑)。

鈴木 AVより風俗のほうが抵抗少ないって子のほうが若干多いんじゃないですか? やっぱり残るからね、AVは。私は逆に残ることへの危機感が少なくて、相手を気持ちよくさせなくてもいい仕事のほうが性に合ってるなと思っていましたが。

当時はAVがけっこういい時代で、撮影でバリとか沖縄とかに行けるし、現場では相手はプロばかりでお姫様扱いだし。そうするとタレント気分でしょ? 承認欲求とか、いろんなものを持て余していた女子大生にはいい仕事でね。

落合 なんで引退したんですか?

鈴木 やっぱり値崩れしたからですね、自分が。男性の仕事でキャリアを積めば積むほどお金が安くなる仕事ってほとんどないでしょ? 女性の仕事はけっこうあって、AV女優がその最たるものだと思うんです。

爆発的に人気が出るような女優は別として、そうじゃない人が収入をキープしようとしたら、例えばレズのタチ役がすごくうまくなるとかハードなSMができるとか、ライバルの少ない路線で需要を見つけるか、あるいは一本単価は安いけどひたすら本数で稼ぐという選択肢。つまり、内容もしくは働き方をどんどん過激にしていくしかなくて。

私は大学生でもありキャバ嬢でもあり、仕事ができる日数はある程度限られていたので、最後のほう、天井から麻縄で吊るされてました。

それで、大学も辞めてなかったから、都合よくそのタイミングで昼のほうにシフトチェンジして。女を売る仕事というのはそのあたりで一応、終止符が打たれ、大学院では普通の院生として貧乏な生活を送りました。

落合 面白いですね。女子高生じゃなくなったときと同じような現象が発生したと。

鈴木 今の子のほうがそういうところに自覚的で、それはAVが稼げる仕事として、もしくはお金を払って見るコンテンツとして成立しなくなってきたから。今の若い男の子はほとんど無料動画でしょ。女優のギャラも、トップと底辺の価格はそんなに変わってないけど、中間層の、私みたいな普通のAV女優の価格はものすごく暴落したから。当時1本40万とか50万だったものが、今は10万以下なんですよね。

そうすると、彼女たちにとってAV女優は仕事というより、キャリアになるんです。風俗店には"AV女優プレミアム価格"的なもの――例えば、普通は一本1万8000円なのが2万8000円で働ける、みたいなのがあるから、そうやって効率よく働くためにAVに出る、みたいな子もいる。AV女優というものが自分にとってどういうものかっていうのが、ある程度整理された子が増えたと思いますね。

落合 なるほど。

◆後編⇒落合陽一×鈴木涼美(作家・社会学者)「男女がフェアであることは重要だけど、『平等』にはなれないと思う

■「#コンテンツ応用論2018」とは? 
本連載はこの秋に開講されている筑波大学の1・2年生向け超人気講義「コンテンツ応用論」を再構成してお送りします。"現代の魔法使い"こと落合陽一学長補佐が毎回、コンテンツ産業に携わる多様なクリエイターをゲストに招いて白熱トークを展開します。

●落合陽一(おちあい・よういち) 
1987年生まれ。筑波大学学長補佐、准教授。筑波大学でメディア芸術を学び、東京大学大学院で学際情報学の博士号取得(同学府初の早期修了者)。人間とコンピュータが自然に共存する未来観を提示し、筑波大学内に「デジタルネイチャー推進戦略研究基盤」を設立。最新刊は『0才から100才まで学び続けなくてはならない時代を生きる 学ぶ人と育てる人のための教科書』(小学館)

●鈴木涼美(すずき・すずみ)  
1983年生まれ、東京都出身。慶應義塾大学環境情報学部在学中にAVデビューし、80本近くの作品に出演。東京大学大学院学際情報学府修士課程修了後、日本経済新聞社に入社し、都庁記者クラブ、総務省記者クラブなどで5年半勤務。2014年秋に退社後は文筆家として活動。著書に『「AV女優」の社会学 なぜ彼女たちは饒舌に自らを語るのか』(青土社、修士論文の書籍化)、『身体を売ったらサヨウナラ 夜のオネエサンの愛と幸福論』(幻冬舎文庫)、『オンナの値段』(講談社)など