「現代の魔法使い」落合陽一(右)と総合格闘家・柔術家の青木真也(左)

勝負の世界に身を置いて15年。今なお現役で戦い続け、今年3月31日に開催されるアジア最大級の総合格闘技イベント『ONE Championship』初の日本大会でライト級王座奪回を狙う格闘家・青木真也(あおき・しんや)が、筑波大学にやってきた。

昨年10月7日には、ONEのタイ大会(5分×3ラウンド制)で開始57秒、圧巻の一本勝ちを飾った青木。だが今回は75分×2コマの長丁場、試合ではなく対談だ。

「スポーツエンターテイメントって、コンテンツづくりの話から抜けがちなので、実際にやっている方にじかに話を聞きたかった」と落合陽一(おちあい・よういち)は語る。果たして青木はどんなパフォーマンスを見せてくれるのか。

青木はまず左肘を、それから右腕を軽くもみほぐし、静かに席についた。対談開始。ほどなくして観客たる学生たちは感銘を受けることになる。相手が投じる質問や話題、その言葉の手首やらテンプルやらがこの男には見えているのかと錯覚するほど、的確につかみ、柔軟に応じていくのだ。

* * *

落合 僕は青木選手が戦っているところをテレビで見ていた世代で、初めて会う気がしないんです。今日はよろしくお願いします。

青木 お願いします。

落合 格闘家を志したきっかけはなんですか?

青木 『ワールドプロレスリング』(テレビ朝日系)という番組があって、小学校5、6年生の頃、それを見てやりたいなと思いました。小3の頃から柔道をやっていて、とにかく強くなりたいという格闘技オタクだったんです。

だけどその当時、プロレスラーは体重90kgとか100kgとかないとできない、大きい人がやる商売だっていう感じがあったんです。僕はずっと小さかったんですよね。だから、アスリート化した格闘技をやりたいなと思って柔道を続けていたんですが、あまりセンスがなくて、柔術に転向しました。

落合 プロ格闘家に転向できると思ったのは、体が大きくなってからですか?

青木 体は大きくなっていなかったんですが、2003年頃からようやく『PRIDE武士道』とか『K-1 MAX』とか、70kg界隈の階級でも生計が成り立つものが出てきたんです。

僕は大学3年生のときにプロデビューしたんですが、感覚的にいうと小さい大会はアマチュアとほぼ変わらなくて、プロになったなと思ったのは『PRIDE』に出たときからですかね。試合に勝った後に、会場に来てくれたお客さんやテレビの先にいる人にメッセージを求められるようになりまして。

落合 なるほど、ショービジネスにより近くなったんですね。プロとアマチュアでは選手としての振る舞いとか、ブランディングのイメージが全然違うと思うんです。アマチュアのスポーツ選手って、メディアがつくり上げた印象がそのままこっちに乗ってくるじゃないですか。それに対して自己発信すべきだと思いますか?

青木 オリンピックアスリートがいちばんわかりやすいんですけど、僕は選手のインタビューを聞こうという気持ちにあまりならないんです。決められたことしか言わないので。僕は、インタビューが聞きたいと思われて、初めてその選手の価値が出ると思うんですね。

落合 ああ、確かに、キャラクターがついてこない限りは、何を言うか知りたいとは思わないですよね。

プロ格闘家としてリングに出るときって、競技としてのマインドセットが強いのか、それともエンターテイメントとしてなのか、どうなんですか?

青木 僕の場合、試合自体は完全に競技なんですけど、フィニッシュした瞬間からは、自分はどの立ち位置に立ったほうがいいのか常に考えます。どういうコメントを求められているのか、どういうことをしないといけないのかと。

落合 僕が高校生や大学生の頃は、テレビで格闘技がすごく盛り上がってた時代なんですが、当時と比べてご自身のスタイルが変わってきたことってありますか?

青木 僕は2012年に『DREAM』が消滅したのを機に海外、特に東南アジアへ主戦場を移したんですが、それで思ったのは、日本で地上波でやるっていうビジネススタイルがもう限界なんじゃないかなと。テレビでやることによって、本来見せたいものがなかなか見せられなかったりするので。

落合 時間枠は限られているし、もっとリアルに戦いたかったとしても、どこまで映せるかという問題もあるし。

青木 そうです。芸能人や有名人を出したほうが数字が出るっていうのもありますし、試合自体もタレント性が強いものになってしまって。

落合 海外に転向されてからは、"テレビじゃない枠"になったんですか?

青木 ペイパービューが多いです。最近ではウェブが中心ですね。そのほうが僕としては楽になりました。好きなことが表現できるから。今のほうが楽しく、自分がつくりたいものができいてると思います。

落合 あれ? 青木さんは選手っていう印象なんですけど、興行の全体の枠組みとかもつくったりされるんですか?

青木 僕自身がつくることはないんですけど、わりとプロレス的な教育を受けてきたので、自分の試合順によってどういう試合が好まれるのか――例えば、休憩前でいい試合したらマイクを取っていいけど、第1、第2試合だとマイクは取らない、というように、"イベントの総和"を考えています。今日はマイク要るかな、要らないかなっていうのがだいたいわかります。

落合 それはすごいなあ。僕は後楽園とかに格闘技をリアルで観に行くのが好きなんですが、日本国内の現状ってどうですか?

青木 国内はどうしても試合数が多いんですよね。選手自身が売るチケットの売り上げで成り立っているので。そうすると、12試合とか13試合で4、5時間みたいな大会になってしまて、やっぱりずっと満員状態ではなくなりますよね。

落合 ああ、確かに。お気に入りの選手の試合が終わったら飲みに行くか、とか。

青木 お客さんのことも含め、本当の勝負の集合体と考えると、長くて8試合くらいかなと思うので、それができないのは歯がゆいです。

落合 青木さんとしては今後、格闘技をリアルで見にくるお客さんを増やす方向でいくのか、それとも例えばYouTubeなどネットを通じて見るほうがいいのか、どっちに伸びしろを感じてますか?

青木 僕はもう、ウェブで見てくれたほうがいいんじゃないかって感じてますね。

落合 なるほど、会場が埋まらないとできないほかのスポーツと違って、格闘技はふたりだけでもできちゃうし。

青木 はい、まさにスタジオでできちゃうスポーツなので。それを番組にしてもいいんじゃないかなと。

落合 それは将棋の対局みたいでおもしろいかもしれない。

青木 地上波のコンテンツだと若い人は見ないなと思っちゃうんですよね。尺が長いじゃないですか。試合前の番宣に30分使っちゃうとか。

相手の手の引き込み方を指南する青木

落合 どうしてそういう作り方になったんでしょうか?

青木 作ってるのが古い人たちだからじゃないですか? 短いもの(試合)を何個も出すみたいな、そういう方向についていけていない。

落合 確かに。地上波のシナリオは40代向けですよね。若い人たちだったら2分から3分の試合でも全然よくて、それがコンスタントにウェブで見られるなら、今ならそっちを見ますよね。

逆に言うと、東南アジアではウェブで見てくれる若い人が多いということですか?

青木 多いと思いますよ。宣伝も、チャプターで拡散できる映像が多いんで、若い人たちにいいかなあと思ってます。

落合 なるほど。じゃあファン層は若くなりますね。

青木 だって、国が若いですからね(笑)。ただ、実は僕が本当に商売の相手にしたいのは30代後半から40代。そのゾーンだと"味わってくれる"ので、相手にしていて楽しいんです。でも、若い層を無視するとどんどん尻すぼみになってしまうので、そこは無視できませんから。

落合 日本にもアジアのようなモデルを持ち込むとしたら、時期的にはいつくらいだと思いますか?

「何か技をかけてもらうことってできますか?」という落合のリクエストに応じて背後から絞め技に入る青木

青木 テレビの勢力が一回全部なくならないとダメなんじゃないかなと思います。

落合 なるほど。統計上は2025年に団塊世代が後期高齢者になって、2040年に半数が亡くなるとされている。つまり22年後にはテレビ世代がガクッといなくなる時代が来るので、僕の中ではオールドマスメディアの寿命ってあと20年もないくらいだと思うんですね。もしかしたら10年くらいかなと。

これからのことを考えると、発信活動としてはどこでお客さんにリーチするんだろう? やっぱりSNS、Youtubeとかインスタとか......。

青木 TikTokとか。

落合 TikTokで格闘技!(笑)

青木 でも、実はTikTokは格闘技っぽいんじゃないかと思っていて。

落合 ああ、リズムがね。一番向いてるのがダンスで、次が格闘技かもしれないですね。2020年の東京オリンピックのタイミングで、何か期待するものはありますか?

青木 関係のないラインにいるのであまり期待はないんですけど、いつか、できたらスポーツと「学校スポーツ」を切り離してくれたら助かるなと思ってます。中学から高校、高校から大学と、その都度成績を出さないと上に行けないので、焦ってしまって、選手も壊れるし、指導者は成績出すためにむりくり......。

落合 むりくりやることになってしまう。確かにそうですね。

◆後編⇒落合陽一×青木真也(総合格闘家・柔術家)「怖さを内包していないものに、人は感情を動かされない」

■「#コンテンツ応用論2018」とは? 
本連載はこの秋に開講されている筑波大学の1・2年生向け超人気講義「コンテンツ応用論」を再構成してお送りします。"現代の魔法使い"こと落合陽一学長補佐が毎回、コンテンツ産業に携わる多様なクリエイターをゲストに招いて白熱トークを展開します。

●落合陽一(おちあい・よういち) 
1987年生まれ。筑波大学学長補佐、准教授。筑波大学でメディア芸術を学び、東京大学大学院で学際情報学の博士号取得(同学府初の早期修了者)。人間とコンピュータが自然に共存する未来観を提示し、筑波大学内に「デジタルネイチャー推進戦略研究基盤」を設立。最新刊は『0才から100才まで学び続けなくてはならない時代を生きる 学ぶ人と育てる人のための教科書』(小学館)

●青木真也(あおき・しんや) 
1983年生まれ、静岡県出身。小学3年で柔道を始め、2002年に全日本ジュニア強化選手に選抜される。早稲田大学在学中に柔道から柔術へ転身し、総合格闘技デビュー。大学卒業後は静岡県警に就職するが、2ヵ月で退職して再び総合格闘家に。「PRIDE」「DREAM」などへの参戦を経て、2012年頃から主な試合の舞台を海外へ移す。「DREAM」「ONE FC」元世界ライト級王者。著書に『空気を読んではいけない』(幻冬舎)など。今年3月31日、ONE Championship初の日本大会でライト級王座奪回に挑む