『イノセンス』以来、12年ぶりに本作でタッグを組んだ押井守監督(右)とスタジオジブリの鈴木敏夫氏が製作秘話を明かす!

1997年に撮影が開始されるも諸般の事情で製作が凍結された幻の実写映画『G.R.M.(ガルム戦記)』が『ガルム・ウォーズ』となって、ついに日本で公開!

原作・脚本・監督は押井守。“惑星アンヌン”を舞台に、戦うことでしか存在できないクローン戦士“ガルム”を描いた、押井ワールド全開のファンタジー作品だ。

全編英語で撮影された本作の日本公開にあたり、日本語版プロデューサーをスタジオジブリの鈴木敏夫が担当。実に「30年来の腐れ縁」というおふたりに対談前編(「日本語版を監督が見せてもらえなかった!?」)に引き続き、作品について語ってもらった。

* * *

―今回、撮影はすべてカナダで行なわれたとのことですが、その理由はなんだったんですか?

押井 (製作を担当した)プロダクションI.Gの石川(光久)さんがそういう話を持ってきたんですよ。カナダに「タックスクレジット」っていう便利な制度があって、それを利用してカナダで撮ると、製作費の4割を返してくれるんだと。

―でも、フタを開けてみると便利なだけの制度じゃなかったみたいですね。

押井 非常に怖い制度ですね。申請してもすぐにお金が返ってくるわけじゃないし、上限が4割なだけで絶対に4割返ってくる保証もない。つまり基本的には、すべての製作費をこちらで持つだけの資金力と覚悟がなかったらダメなんですよ。しかも、立て替えるお金がなかったらカナダの銀行が低金利で貸してあげますよ、という。

鈴木 悪質な金融業者みたい(笑)。

押井 それで、現地スタッフのギャラの支払いが滞って、撮影が何日か止まったりして。結局、プロダクションI.Gが製作費を立て替えることになったんですけど。だから、この映画が完成したのは、石川さんが「とにかくこの川を最後まで渡り切ろう」と決断したことが大きかったですね。いや、偉かったと思いますよ。普通の会社だったらとっくに潰(つぶ)れてますから。

―かなり危険な橋を渡ったんですね。

押井 そう思います。海外で現地の役者とスタッフを使って映画を撮るのは今回が3本目ですけど、ここまで危ない橋を渡ったのは初めてです。

―海外で映画を撮るメリットはなんですか?

押井  キャストの問題が大きいですね。特にこういうファンタジーを撮る時は、日本人の役者さんを使うこと自体にどう考えても無理があると思う。だから向こう で撮ることが決まる前は、向こうへ行って撮るのと、向こうの役者さんを呼ぶのと「どっちが安いんだろう」って計算までしてましたからね。タックスクレジッ トを利用することが決まる前までは、3年ぐらいかけて地道にコツコツと撮ろうと思ってましたから。

鈴木氏が明かす「押井守に強硬に反対されたこと」とは?

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―それにしても困難が多い映画ですね。失礼ながら押井さんは「こんな条件でやれるか!」ってテーブルをひっくり返すタイプかと思ってました。

押井 いや、そんなことしませんよ(笑)。どう考えてもダメだと思ったら、それは逃げますけど。

鈴木 理想はあるにしても、現実は妥協の連続だと思いますね。

押井 どんな監督だって妥協の連続でどうにか完成にこぎ着けるんですよ。(スタンリー・)キューブリックだろうが、(ジェームズ・)キャメロンだろうが、きっと黒澤(明)さんだって、まったく妥協しないなんてことはあり得ないわけで。

鈴木 それは実写もアニメーションも同じですね。いくら名シーンにしようと思っても、そう思ってたシーンに限ってうまくいかないんですよ。で、思わぬところが名シーンになったり。

押井 そうそう。制約があるから結果的に面白い答えが出る場合もあるんですよ。自分の初期設定にこだわっていると、やっぱり映画って完成しない。ただ、無制限に撤退しちゃうとなんのためにやってるのかわからなくなっちゃうから、そのへんのバランスが難しい。そこは誰にも相談できないし、自分で決めるしかないから、監督ってすごい孤独なんですよ。

―この映画では、押井さんがイメージしていたことはどの程度できたんですか?

押井 半分ぐらいじゃないかなぁ。向こうに行く前に製作費の都合で絵コンテを3割削ってますからね。

鈴木 だからね、日本語版を作る時にこれはちょっと押井さんにも相談したんだけど、「カットしたシーンを絵コンテでいいから復活させてフィルムに挟んじゃおう」って言ったんですよ。

―あ、いいですね! ある種の完全版ですね。

鈴木 ところが、押井さんに強硬に反対されてね。

押井 いや、確かに撮影中に監督が死んだりしたら、その意思を他の人が受け継いで「きっとこういうものを作りたかったんだろう」ってところで完成させることはあるけど、それは死んだからだから!

鈴木 だってもうすぐ死ぬんでしょ。

(一同大爆笑)

押井 じゃあ、死んだ後は誰が何しようといいけどさ(笑)、生きてるうちはダメ。僕は未完成なものは出したことがないから。いつも現状で見せられる、すべてを出してるんですよ。

『ガルム・ウォーズ』 (C)I.G Films“戦いの星”アンヌンを舞台に、カラ、スケリグ、ウィドの3人の戦士が、創造主ダナンが作ったクローン戦士「ガルム」の真実を求めて旅する姿を描く。『エイリアン2』のランス・ヘンリクセンをはじめ、外国人俳優を起用し、全編英語で撮影された(5月20日より上映中)

押井守1951年生まれ、東京都出身。代表作に『機動警察パトレイバー』『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』など。近年はアニメだけでなく実写映画も多く手がける

鈴木敏夫1948年生まれ、愛知県出身。映画プロデューサーとして数多くのヒット作品を世に送り出す。今回『イノセンス』以来、12年ぶりに押井監督とタッグを組んだ

(取材・文/井出尚志<リーゼント>、撮影/佐賀章広)