大きく両手を広げてEVをアピールするトヨタ自動車の豊田章男社長。会見は東京・お台場近くにある同社の施設「メガウェブ」で行なわれた
12月14日、トヨタが4兆円をかけてEV(電気自動車)の世界販売台数を、2030年に350万台に引き上げると発表した。今後、30車種を続々と市場に投入する計画だという。このEV攻勢の背景には何があるのか? 自動車専門誌「月刊くるま選び」の元編集長で、カーライフジャーナリストの渡辺陽一郎氏が解説する。

■「トヨタはEVに消極的」というレッテル

ーートヨタがEVに関する大きな発表をしたそうですね。どんな内容だったんスか?

渡辺 2030年にEVの販売台数を350万台にするという新たな計画を発表しました。トヨタは5月12日の決算会見で、EVと燃料電池車を合わせて計200万台という目標値を掲げていましたから、今回大きく数字を上げてきました。この350万台という数字はドイツのダイムラーやスズキの年間販売台数を上回る数字です。ちなみに〝EV界の絶対王者〟であるテスラの昨年の販売は48万台程度ですから、単純計算で約7倍。トヨタの示した数字はとてつもない規模です。

ーーついにトヨタがEVに対して本腰を入れたと?

渡辺 ええ。トヨタは電池の開発や設備投資に4兆円を投じる予定です。

2020年から法人や自治体などに限定販売している、トヨタのふたり乗りの超小型EV「シーポッド」。来年、一般向けの販売が予定されている

ーーただ、現状、トヨタのEVはシーポッドと来年発売予定のbZ4Xぐらいです。今後、車種が増えない限り350万台という数字の達成は難しい気がします。

渡辺 そのとおりです。ですから、トヨタは2025年までにEVを15車種投入すると発表していましたが、今回、2030年までにEVを30車種投入すると上方修正してきました。

ーーなるほど。トヨタの高級ブランドである「レクサス」についてもスゴい発表があったそうですね?

渡辺 レクサスは北米と欧州、中国で新車販売のすべてをEVに切り替え、35年には全世界で販売するレクサスをすべてEVにすると発表しました。一方、トヨタ車は世界中で販売されていますので、そのすべてをEVにはできません。しかし、上級ブランドのレクサスを販売する地域であれば、すべてEVにすることも可能になります。

ーー今回、トヨタは目標というか水準を大きく引き上げたワケですが、なぜこのタイミングだったんでしょうか?

渡辺 世界情勢もあると思います。12月8日、米国のバイデン大統領が「バイ・クリーン政策」に関する大統領令に署名しました。要するに米国は2035年までにガソリン車の購入から手を引き、EVなどのゼロエミッション(排出ゼロ)車に切り替えると宣言したわけです。

また、国内外の自動車各社はEVシフトの姿勢を鮮明にしています。ホンダも2040年までにすべての4輪車をEVとFCVにすると発表しています。

ーーふむふむ。

渡辺 さらに環境団体からは「トヨタはEVに消極的」というレッテルを貼られています。この状態を放置しておくと、「トヨタは環境に後ろ向きなメーカーだ」と認知され、ブランドイメージが下がってしまう。そうなると株価に影響が出ないとは言い切れない。今回の会見ではそういうイメージを振り払う狙いもあったと思います。

来年に発売予定のトヨタのEV「bZ4X」のプロトタイプ。スバルと共同開発した。ちなみにスバル版は「ソルテラ」。どちらもグローバルモデルだ

ーーこれまでトヨタを長く取材されてきた渡辺さんが、今回のトヨタの心情を勝手に代弁すると?

渡辺 コ、コホン。「バータレ、ウチは前からEVの開発やっとるわい。つーか、どこよりも、ずっと先行っとるんじゃアホ! ウチの得意なハイブリッドは、EVと内燃機関の融合だろがっ。そんで脳ある鷹はってゆーじゃろーが! けど、そこまで後ろ向き言うんじゃ見せたるわい。ほれほれ、ハリボテとちゃうで! 9年後には350万台売ったるけんのぉ!」という感じかと。えへへ。

ーーど、どうもありがとうございました。正直、ココまで開発を進めているなら、トヨタはもっと早くEVの発表をしてもよかった気がします。そこに関してはいかがです?

渡辺 今まで隠していたのは、逆に〝EV偏重〟と見られるのを避ける意味もあったでしょうね。

ーーどういうこと?

渡辺 何しろトヨタグループは昨年、952万8438台を売り世界販売台数トップの自動車メーカーです。付け加えると世界170ヵ国でクルマを販売しています。繰り返しになりますが、今後もトヨタは「全部EVにします!」なんて話にはならない。従来のガソリンエンジン、ハイブリッド、プラグインハイブリッド、そして燃料電池も販売しており、どの商品もトヨタにとっては大切だからです。何より国や地域により需要が大きく異なりますからね。フツーに考えて、充電インフラの整っていない国や地域にEVをネジ込んでも意味がありません。

ーーつまり、トヨタは一気にEVへ突き進むワケではないと。

渡辺 用意周到で計算高いトヨタですから、EVは需要のある市場へ適宜投入していく考えです。逆に言えば、世界がEVを渇望するのであれば、「ウチは準備万端ですよ」という話です。まぁ、これぐらいしたたかでなければ世界のトップには立てませんよ。


渡辺陽一郎 Yoichiro WATANABE
カーライフジャーナリスト。1989年に自動車購入ガイド誌『月刊くるま選び』(アポロ出版)の編集長に。1997年に同社取締役を兼任。その後、フリーランスに。著書に『運転事故の定石』(講談社)など。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員