会見は東京・お台場近くにあるトヨタの施設「メガウェブ」で行なわれた

昨年12月14日、トヨタが新型EV16台を突如公開した。この圧倒的なEV戦略の背景には何があるのか? トヨタはこの先どう進むのか? その発表の席で豊田社長にド直球質問をして話題を呼んだ山本シンヤ氏に聞く。

■トヨタ社長がレクサスの新型EVに大コーフン!

――昨年の12月14日にトヨタがEVに関する衝撃会見を行ないました。

山本 ザックリ言うと、トヨタが4兆円をかけてEVの世界販売台数を2030年までに年間350万台とし、EVを30車種、それもフルラインナップで市場に投入するという発表でしたね。ちなみに350万台という数字は現在のトヨタの年間販売台数の約3割に相当します。

――後ほど詳しく聞きますが、まず知りたいのは、山本さんがその会見でトヨタの豊田章男社長に、「EVは好きなのか、嫌いなのか」とド直球にも程がある質問をブチカマして世間をザワつかせたことです。この質問の意図は? 

山本 僕が一番聞きたかったのは豊田社長の本心です。僕はこれまでトヨタのEVに関する質問を何度も豊田社長にしてきました。しかし、そのたびに彼の口からこぼれるのは、「ちゃんとやっています」とか「(EVに対して)反対ではない」というビジネスライクな言葉のみでした。

――逆にどういう質問のときは本音が出るの?

山本 例えば「水素エンジン」とか「ハイブリッド技術」の話を聞くと、割と豊田社長の熱い気持ちというのが伝わってくるんですけどね。

――「EVは好きなのか、嫌いなのか」という質問に対して、豊田社長は「素晴らしい質問ですね。あえて言うならね、今までのトヨタのEVには興味がなかった。そして、これから造るEVには興味があるというのが答えだと思います」と返し、世界的なニュースになりました。

山本 質問に答える豊田社長の表情からも、「これから発売されるトヨタのEVは、これまでのEVとは違うよ」という自信が感じとれました。以前インタビューした際、豊田社長は「僕は一番のトヨタのクレーマー」と話していました。その言葉を踏まえると、今後発売されるEVにはその意志が反映されるなと。

――具体的にどういうこと?

山本 豊田社長はトヨタのクレーマーというか、トヨタが販売する、すべての新車を最終チェックするマスタードライバーです。その腕はここ数年、特にスーパー耐久に参戦し、レーシングドライバーの佐々木雅弘選手のコーチを受けるようになってから飛躍的に伸びています。

正直、ヘタなプロドライバーよりも運転はウマいし、クルマを評価するセンサーが鋭い。そんな豊田社長のフィルターを通過したEVがこれからドンドン世に出る。走らせて面白くないクルマは絶対に出ませんよ。その証拠が、会見で披露された動画です。

――その動画では、豊田社長がレクサスの新型EV「RZ」のハンドルを自ら握りアクセルを踏み込むと、「えぇぇ! ナニコレ?」「別世界!」などと少年のように大コーフンしていました。隣に座るレクサスの佐藤恒治プレジデントと、熱狂する豊田社長の姿がとても印象的でした。

山本 僕は相当面白いEVに仕上がっているとにらんでいます。それも単に「加速がスゴい」とか「速い」という次元の話ではなく、緻密(ちみつ)なモーター制御で四輪の駆動力を手足のようにコントロールできるようになり、今まで以上に意のままの走りが実現できている。その部分に対して豊田社長は驚いたのかなと。

■トヨタはEVに否定的だったのか?

――これまでトヨタはHEVハイブリツド、PHEVプラグインハイブリツド、FCEV燃料電池車のイメージがとても強くて、EVには興味がないというイメージが世間では強かったと思います。そもそもの話になりますが、トヨタは歴史的に見て、EVに否定的な自動車メーカーだったんスか?

山本 それは完全にレッテルですね。まだ世の中が電気自動車の話などしていない1992年に、トヨタは「EV開発部」を設立し、その翌年にはタウンエースバンEVとクラウンマジェスタEV(鉛バッテリー)を官公庁などに納品しています。

さらに96年から2003年までの8年間、RAV4EV(ニッケル水素バッテリー)を販売している。販売台数は約1900台と微妙でしたけどね。

――ふむふむ。

山本 そして97年には世界初となる量産HEVのプリウスを発売しています。ここから20年以上にわたるHEV開発により、トヨタは電動化のあらゆる知見やノウハウを手にしてきました。

こういう話をすると、「HEVはEVではないぞ!」などと声を荒らげる人がいますが、HEVというシステムはEVと内燃機関の融合の技術だということを多くの人は忘れています。

――トヨタは20年かけてEVの経験値を増してきたと。

山本 トヨタのHEVの世界累計販売台数は1810万台以上です。その生産、販売の実績により裏づけられた耐久性、信頼性、商品性、コスト競争力などは、当然ですが、これから高品質かつ手頃なEVを大量生産していくための技術になりますよね。

――一方でEVに必要な資源不足が世界的に指摘されていますが、トヨタは?

山本 まったく問題ないと思います。トヨタのグループ会社である豊田通商が2006年からレアメタルの鉱山事業に着手し、バッテリーに欠かせないリチウムの全世界埋蔵量の10%を手にしています。すでにトヨタは世界の国と地域ごとに必要なタイミングで、必要な量のEVを安定的に供給できるフレキシブルな体制を構築していますから。

"EVシフト"を高らかに宣言し、大風呂敷を広げるメーカーが多いなかで、トヨタは粛々(しゅくしゅく)と準備を進めていたなと。

――トヨタは水面下でEV普及のキモとなる「開発」と「供給」を着実に整えていたと。しかし、肝心のEVの現物がなかなかお披露目されないため、「トヨタはEVに否定的だ」という声やレッテルが世間に渦巻いた、というのが山本さんの解釈ですね。

山本 そして、そういう声に対するトヨタの答えが、昨年12月14日の会見でした。「うっせぇわ! だったら全部見せるわ!」と。それで全16台の公開に踏み切ったわけです。

■30年にはEVを年間350万台売る

――トヨタは昨年5月の決算会見ではEV(FCEVを含む)のグローバル販売台数を「30年までに年間200万台」と発表していました。今回の会見ではそれが「30年に350万台」になっています。短期間で販売計画の数字をこれだけ大きく引き上げた背景には何が?

山本 トヨタの新車は170以上の国と地域で販売されています。トヨタはその全世界にあるディーラーに対して、「EVを販売したら何台売れる?」と裏取りをしました。その数字を精査した結果が200万台なんですよね。

――なるほど。では、今回発表された350万台という数字の出どころは?

山本 これは生産べースの話です。要するに30年にはEVを350万台まで造れるよと。トヨタ的には表現方法を変更しただけであり、EVの計画に大きな変更はないかと。

――ちなみに350万台という数字は、具体的に言うと?

山本 単純計算で昨年テスラが販売した台数の4倍弱ですね。つけ加えると、ベンツを売るドイツのダイムラーやスズキの年間販売台数を軽く上回る数字です。

――スゴ! そしてこの会見では、トヨタの高級ブランドであるレクサスも衝撃の発表をしました。

山本 レクサスは北米と欧州、中国で販売するすべての新車をEVに切り替え、35年には全世界で販売するレクサスを100パーセントEVにすると宣言しましたね。

――ということは今後、トヨタはEVをメインにする?

山本 レクサスはプレミアムブランドなので攻めた戦略を示しましたが、トヨタブランドでは絶対にありえないと思います。なぜならトヨタは世界の170以上の国と地域で約956万台を売る、2年連続世界トップの自動車メーカーです。

――もう少し言うと?

山本 トヨタはグローバルのフルラインナップメーカーですから、販売する国と地域ごとの需要に沿った商品を展開していきます。すべてをEVにするつもりはありません。EVのインフラが整っていない国でEVを売っても意味がありませんから。

――では、今回の発表でトヨタがEVにかじを切ったワケではない?

山本 そのとおり。あくまでもEVは選択肢の中のひとつです。当然ですが、並行してHEV、PHEV、FCEV、水素エンジン、内燃機関のさらなる開発も進めています。世界的にどれが正解になるのかまだわからない現在、トヨタはすべてに全力投球しているわけです。それがトヨタの一貫した方針です。

――逆に言えば需要があれば対応すると?

山本 トヨタはグローバルでビジネスを行なっているため、各国や地域のいかなる状況、いかなるニーズにも対応しつつ、トヨタ全体としてはカーボンニュートラルを実現させると思います。カーボンニュートラルを理由に「移動の手段」を失ってしまう人が生まれてはならない。トヨタはそう考えていますね。

■約5000店舗に充電器を設置する

――では、今回公開された全16モデルの新型EVを解説してもらえますか?

山本 まずトヨタのEV専用ブランド「bZ(ビーズィー)シリーズ」は、すでに発表済みのbZ4Xを含めて5車種が公開されました。そしてトヨタのプレミアムブランドであるレクサスからも4車種。さらに、さまざまなライフスタイルモデルが7車種公開されました。

――それらの発売時期は?

山本 最短で今年の半ば、どんなに遅くても数年以内にすべてデビューする予定だと耳にしています。つまり、逆算するとトヨタは少なくとも5年ぐらい前からこれらの開発を粛々と進めていたなと。

――その先陣を切るのは?

山本 おそらく、今年半ばに発売が予定されているbZ4Xが先陣を切るでしょう。その背後にはbZコンパクトSUV、bZ SDN、bZスモールクロスオーバー、bZラージSUVと4車種が控えています。

bZ4X。スバルとの共同開発で誕生。昨年、日本初公開。今年の中頃に登場予定

bZコンパクトSUV。bZシリーズの中で最も個性的な顔面に仕上がっていたのがコチラ

bZ SDN。今回お披露目されたbZシリーズで唯一、SUVタイプでないのがコチラ

bZスモールクロスオーバー。bZシリーズの中で一番小さいモデルだ。コンパクトSUVクラストップの電費を目指して開発されたという

bZラージSUV。ハリアーやランドクルーザー的なポジションか!? 3列シートも用意

――続いてはレクサスですが、注目はどれでしょうか?

山本 どれも注目ですが、私の推しはエレクトリファイドスポーツです。現時点では完全なコンセプトカーのようですが、発売されればレクサスLFAのDNAを継承した新たな象徴になると思います。時速100キロ到達は2秒台前半で、航続距離700㎞、さらに全固体電池の搭載も視野に入れているなんてウワサも。

エレクトリファイドスポーツ。山本氏の推し。全固体電池の搭載を視野に入れたスーパーEVの試作モデル

――ふむふむ。

山本 ちなみに今月開催された東京オートサロンで「GR GT3コンセプト」というレーシングカーのコンセプトモデルが登場しましたが、このエレクトリファイドスポーツとの共通点が随所に見受けられました。今後の展開が楽しみです。

――ほかのレクサスEVの期待度は?

山本 エレクトリファイドセダン、エレクトリファイドSUV、そして豊田社長が動画で驚きの声を上げ、満面の笑みを浮かべていたRZ。レクサスは"味"を大切にするブランドなので、どれも走りに期待できるかと。

エレクトリファイドセダン。「コイツは次期ISだ」という声も飛んだ。このまんま市販してほしい

エレクトリファイドSUV。レクサスの象徴であるスピンドルグリルがない。LX相当のサイズか?

RZ。会見で公開された動画で豊田社長が熱狂していたSUVがコイツだ

――最後は多種多様なモデル7台です。こちらはトヨタブランドからのデビュー?

山本 そう思います。まず"クラウンSUV"なんて声もあるクロスオーバーEV。ランクルシリーズの末っ子といった印象のコンパクトクルーザーEV。次期C-HRのように見えなくもないスモールSUEV。北米専売のタコマがベースのピックアップEV。

唯一の黄色ナンバーをつけるマイクロボックスに、往年の名車MR2復活を予感させるフォルムとフロントに輝くGRバッジが装着されている、スポーツEV。そして商用EVの提案となるミッドボックス。ありとあらゆるニーズに対応してきたなと。

クロスオーバーEV。会場では「次期クラウンのSUVでは?」という声もあったが果たして!?

コンパクトクルーザーEV。往年のトヨタの名車「FJクルーザー」の復刻版のようにも見えるが......

スモールSUEV。トヨタのコンパクトSUV「C‐HR」のEV版というウワサも

ピックアップEV。ピックアップトラックのEV。北米専売となっているタコマがベース

マイクロボックス。お披露目された16台の中で唯一、黄色ナンバーだったマイクロボックス

スポーツEV。「GR」のバッジが装着されていたことで話題に。MR2がEVで復活!?

ミッドボックス。商用EVの提案ということだったが、フツーに乗ってもカッケーはず

――でもまだ隠し玉的EVがありそうですね。

山本 30年までに30車種を投入すると発表していますからね。まだ出ますよ。

――ちなみにトヨタの充電インフラに関する情報は何か耳にしています?

山本 25年までにトヨタは全国にある約5000店舗に充電器を設置する予定です。まぁ、EVを売る以上、インフラもセットにするのは理解できますが、国はあまりにも自動車メーカーに任せすぎです。自動運転技術においては産学官が連携して"世界初のレベル3"を勝ち取った。それがなぜ電動化ではできないのか? ナゾですね。

●山本シンヤ
自動車研究家。YouTubeチャンネル『自動車研究家 山本シンヤの「現地現物」』