最高出力こそ64PSながら最大トルクは195Nmと、一般的な軽ターボ車の2倍近くもある

5月20日、ついに日産から軽EV「サクラ」が発表された。このクルマは2019年に東京モーターショーで公開されたコンセプトカー「日産IMk」の量産バージョン。

日産と三菱自動車の共同プロジェクトとして、両社の合弁会社NMKVで企画・開発されたモデルだ。

今回、正式発表に先駆け、モータージャーナリストの竹花寿実氏が神奈川県横須賀市の日産追浜試験場にあるテストコース「日産グランドライブ」で量産プロトタイプに試乗し、開発責任者である日産自動車 第二開発部セグメントCVE(チーフ・ビークル・エンジニア)坂 幸真(ばん・ゆきまさ)氏に話を聞いた。

■サクラを5mの高さから落下させた

――正直、サクラの走りに驚きました。テストコースを軽く走った印象ですが、軽自動車の概念を覆す、そういうレベルを実現しているなと。

 ありがとうございます。ベースは軽自動車のデイズですが、EV化にあたりバッテリーを衝突などの際に保護するため、車体骨格を強化するなど、相当変更を加えたことが効いていると思います。

サクラの開発責任者 日産自動車 第二開発部セグメントCVE(チーフ・ビークル・エンジニア)坂幸真(ばん・ゆきまさ)氏。坂セグメントCVEは、「社内から購入したいという声がけっこう届いています。実は私も購入を検討しています。今、妻がデイズに乗っているんですが、それをサクラに買い替えようかと」

――その結果、ボディ剛性が向上して、上質な走りにつながったということですか?

 もちろんそこは狙っていました。前後55:45の重量配分や、リアに4WD車用をベースにした3リンクサスペンションを使用しました。それによりブッシュ(サスの可動部につくゴム製パーツ)の特性を乗り心地に振ることができましたね。加えて走りと乗り心地の両立を高いレベルで実現できました。

――後席もとても快適でしたが、気になったのは4WDの設定がないことです。その理由は?

 価格面の問題もありますが、それ以外にもクルマの構造的に4WD化に必要なスペースがないんです。

――なるほど。軽EVの開発で苦労した点は?

 軽自動車の規格のなかで、室内空間は犠牲にしたくありませんでした。それと、軽とは思えないほどのクルマにどう仕上げるか。そして価格です。これまでEVは価格が相当高い印象があります。軽のレベルを超えながら、お客さまにリーズナブルな価格でお届けする。そのためにコストとの最適なバランスを見極めるのが大変でしたね。

――そこをどうクリアした?

 リーフのバッテリーを使用しました。コスト面に加えて、累計60万台を誇るリーフのバッテリーは信頼性が高い。また駆動モーターにはノートの4WDのリアモーターを流用しています。

新型軽電気自動車 日産「サクラ」価格:233万3100~294万300円、発売:今年の夏頃。「水引」のモチーフをちりばめるなど、和のテイストで仕立てられた外観。アリアやリーフとの共通性も

ボディサイズは全長3395㎜×全幅1475㎜×全高1655㎜。航続距離は最大180㎞

走りもスゴいが、乗り心地もハンパない。フラットでしなやかな乗り心地を実現

――サクラはバッテリーサイズが20kWhと小さいですね。これはなぜです?

 当初、航続距離の目標値は170㎞でした。われわれが調べたところ、ほとんどのお客さまが170㎞で不満がないと。それならばと2並列で40kWhのリーフのバッテリーの片側を使いました。

――まさにEVのパイオニアである日産だからこそ、開発できたモデルですね。日産のEVに関する技術や知見といった資産をすべて注いだモデルに仕上がっている?

 そういう認識でけっこうです。日産にはEVに課している厳しい基準があります。サクラもリーフと同様に、5mの高さから落下させる試験をクリアしています。通常はありえない状況ですが、どんな事故が起きてもバッテリーを守るための試験です。

――だから日産のEVは火災事故がゼロなんですね。

 軽自動車の規格のなかで安全性能を高めるには補強以外に手がありません。そういう意味では、デイズのプラットフォームのポテンシャルが相当高いので助かりました。

9インチのディスプレイと7インチのメーターを統合したインターフェイスディスプレイを採用

上が普通充電、下が急速充電のポート。右側のリアフェンダー上部に設けられている

――それにしても、これだけ完成度が高いと日本専用ではもったいないと考えてしまいます。お世辞抜きに欧州BセグメントやCセグメントのプレミアムコンパクトにも負けていません。サクラは海外で売らないんですか?

 ありがとうございます。現状では海外展開は考えていませんが、そういう声が社内にないわけではない。ただ、左ハンドル化や各市場の基準に適合させるのは簡単ではありません。充電方式も日本と海外では異なりますしね。

――ちょっと意地悪な質問ですが、2021年度の日本市場は、EVの販売シェアが1%未満と、まだまだEV普及は進んでいません。ズバリ、サクラの目標販売台数を教えてもらえませんか?

 かなり期待しています。

――先ほどマーケティング担当の方に聞いたら、「デイズくらい売りたい」と言っていました。デイズは2021年度に5万1875台を売っていますが、サクラの出来栄えを考えると、少々謙虚では?

 日産はサクラをEVの入り口と考えています。若い人たちにも乗ってほしいので、若者向けのサブスクプランも検討しています。

――それは面白い試みですね。要するにサクラを入り口にしてEVに親しんでもらうと。そして、いずれは日産が誇るリーフやアリアの購入を検討していただく?

 そうなるといいですよね。

――なかなか進まない日本のEV普及ですが、クルマ自体の完成度の高さを考えると、ゲームチェンジャーの役目をサクラが果たしそうですが?

 まずは多くのお客さまにサクラを見ていただく。それが大事かなと思っています。

●竹花寿実(たけはな・としみ)
モータージャーナリスト。2010年渡独。フランクフルトをベースに在独モータージャーナリストとしての経験を持つ。現在もドイツの自動車メーカーの最新動向に精通。日本自動車ジャーナリスト協会(AJAJ)会員。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員