東京山喜の中村社長。99年の立ち上げたリサイクル着物『たんす屋』業態が注目を集めている

ニッポンには人を大切にする“ホワイト企業”がまだまだ残っている…。

連載企画『こんな会社で働きたい!』第19回は、リサイクルきもの「たんす屋」を全国に約130店舗展開している東京山喜(本社:東京・江戸川区)だ。

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呉服・きもの業界が大苦戦している。東京山喜の中村健一社長がこう話す。

「1981年のピーク時に1兆8千億円あった市場が現在は2800億円まで縮みました。一店舗の平均年商を5千万円と仮定すると、この約40年間で毎年760軒ずつ呉服屋が消えた計算になります。従来型の呉服屋のビジネスに消費者がNGを出している」

業界に重たく圧しかかっているのが、『着物は高い』との“強烈な固定概念”だ。しかし、その原因を作ってきたのは「我々、着物業界」と中村社長はキッパリ言った。

「かつては着物と帯で10万円、そんなお客様が10人いて100万円の商いになった。でも客数が減り、5人しか買ってくれなくなった時、業界は客単価20万円を目指し、何とかトータルの売上げで100万円を維持しました。それがいよいよふたりしか買ってくれなくなると、業界はさらなる高額化に向かい、客単価50万円を目指した。

そうこうするうちにバブル景気に突入、100万円の着物が売れるようになり、『それならひとりでいいや』とそっちを向いてしまった。このプロセスで、着物業界は消費者に『着物は高い』のイメージを植え付けてしまったというわけです」

バブル期、同社は父親の喜久蔵氏が社長だった。当時は京友禅、加賀友禅と並ぶ三大友禅のひとつである東京友禅を扱う呉服問屋。だが、東京友禅は加工賃の高い手描きの本格友禅、同社の着物も他社と同様、一式100万円を超えるようになっていた。

バブルが崩壊し、着物が急速に売れなくなった頃、中村社長は38歳という若さで3代目社長に就任する。93年のことだった。着手したのが中国生産の拡大。より良い着物をより安く作るため、現地に合弁で工場を建て、縫製もできるようにした。

だが、「当時の私は経営者としては駆け出しだった…」と中村社長は振り返る。無理に売上げを伸ばそうとして在庫は膨らみ、売掛金と借入れがどんどん増えた。さらに社長就任から5年目、複数の大手得意先が経営不振に陥り、中には倒産した会社も現れ、連鎖的に同社の売上げも急減、赤字に転落することとなった。

「その頃はさすがに堪(こた)え、日本の女性が『もう着物は要らない』と言うなら、商売替えも仕方がないと思いました」

そこで、自ら消費者に聞き取り調査を行なった。その結果、わかったのは「着物は好きだし着たいけど、買ってないし、着ていない」という事実。中村社長はこれを「日本女性は着物を見捨ててないし、憧れを持ってくれている」とプラスに捉え、「市場にはとてつもなく大きな潜在需要が眠っている」と確信した。

では、その潜在需要を掘り起こすにはどうすればいいか――思案を巡らせたが、なかなか答えは出なかった。

狙うはタンスに眠る“40兆円分”の着物

そんな98年の12月、東京・杉並区の『ブックオフ』に初めて足を踏み入れる機会があった。棚にズラリと並ぶ本、本に釘づけになっている来店客とその数の多さ、店の活気…「すべてに驚かされた」という。さらに商品のすべてが古本であることに気づいた中村社長はひらめいた。

「『きものオフ』を作れば、“着物は高い問題”を解決できる!」

そして翌年、きものリサイクルの新業態『たんす屋』を立ち上げた。そのビジネスモデルは、消費者のたんすに眠っている着物を査定し、買い取り、新潟県にある提携工場で全品丸洗い、殺菌、抗菌、消臭、シミ抜き、検針、プレス加工を施し、7割は再び着物として販売、3割は洋服などへのリフォーム・リメイク素材として販売するというもの。

現在、『たんす屋』の店舗数は全国に120数店。「当社のお客様の1回当たりの平均購入額は8千円程度。1万円あれば、着物一式そろう」というわけで、見事に“着物は高い”という強烈な固定観念を打ち砕くことに成功する。

「私自身、新品の着物が嫌いでリサイクルを始めたわけではないし、高額な着物が嫌いで古着を扱っているわけではありません。日本のすばらしい着物文化は、今後も継承され続けなければなりません。ただ、工芸度の高い着物が消費者の支持を受け、生産され続けるためには、着物ファンのすそ野拡大以外に方法はないと考えています」

着物の潜在需要を顕在化するリユース業。その成長余地は甚大だ。

「着物は一度購入すれば、なかなか捨てません。矢野経済研究所の調査によれば、戦後、購入された着物や帯は販売額にすれば45兆円に上り、そのうちの9割が消費者のタンスの中にあると推定されています。つまり、約40兆円分の着物と帯がまだタンスの中に眠っているということになり、これは点数にすると着物は約4億点、帯は約4億点、合計8億点にもなります」

だが、その割には着物リサイクルを生業とする会社は数えるほどしかない。本や貴金属、家具、家電を買い取るチェーン店は巷(ちまた)に溢(あふ)れているのにどういうわけだろう。

『たんす屋』中野店の店長、田嶋諒一さん(30歳)が教えてくれた。

「着物の価値って評価が難しいんです。汚れや破損の有無はもちろん、生地の素材、寸法、地色などを考慮して査定しなければなりません。また、中には有名作家が仕立てた着物もあるので、幅広い知識とノウハウが求められます。経験豊富な人でないと正確な査定は難しいので、異業種の会社はなかなか手が出せないんです」

面接で「この社長と一緒に働きたい」

『たんす屋』の買取点数は、業界トップの年間60万点。店舗で預かった品は東京本社に送られ、10人以上の買い取り専門部隊が日夜、着物や帯を査定している。

査定人には生え抜き社員もいるが、老舗着物メーカーや専門店、問屋のOBも多いという。いずれも業界経験が豊富で目利きに長(た)けた、着物買い取り査定のエキスパートだ。今では彼らのノウハウを店長クラスの人材に教育し、一部店頭での買い取りも実施している。

東京山喜には、同業他社からの転職者も多い。着物販売の老舗チェーンで営業していたという本部社員は、転職した理由について「この会社に将来性を感じたこともありますが、何より社長が面白いから」と話した。

前出の田嶋店長の場合、前職は大手旅行会社の営業マンだが「日本の文化の発展に貢献できる仕事がしたい」と転職を決意。「着物業界は下火」と知りつつも東京山喜への入社を決めた。その理由も面接の際に「この社長と一緒に働きたいと思ったから」だという。

「社長の口癖は『とにかくバットを振れ』。打席に立って“これだ!”と閃(ひらめ)いたらためらわずに打ちにいけ! 見逃し三振は最低最悪だと言います」

バットを振ってヒットになるかどうかは別の話。ただ、中村社長の場合、「打率はイチロー級」だという。「とにかくアイデアに満ちあふれた人で、しかもかなりの確率でヒットを飛ばす。そこがスゴイところなんです」(田嶋店長)。

最近、その手腕が発揮されたのが、今年1月8日の成人の日に起きた“はれのひ”騒動だった。振り袖レンタル会社『はれのひ』の複数店が成人式当日になって突然の店舗閉鎖、社長は雲隠れ…。レンタル予約していた女性に振袖が届かず、大騒動へと発展した。

その時、きもの業界が一丸となって被害者救済に乗り出し、多くの女性が助けられたことでも話題になった。当然、「はれのひ」の“悪事”は業界全体のイメージ悪化や風評被害に繋がるインパクトがあったが、実際の影響はそこまでには至ってない。

むしろ、美談として広まった背景には、あの騒動の渦中、水面下で新成人と着物業界を守るのにひと役買った、中村社長の決断があったのである。

★後編⇒成人式“はれのひ騒動”での知られざる美談――業界の悪徳イメージを救った呉服問屋3代目の英断とは…