呉服問屋の3代目、現在は着物リサイクル店『たんす屋』を全国に約120店舗展開する東京山喜の中村社長

『はれのひ』が破綻するかもしれんでーー。

今年1月5日、京都市内で開かれた着物業界の新年会の会場で、着物リサイクル店『たんす屋』を展開する東京山喜の中村健一社長の耳に不吉な情報が入った。

『はれのひ』は東京、神奈川、茨城、福岡に店を構える振袖レンタル会社だ。1月8日の成人の日の朝、振袖レンタルの予約をしていた客が来店するも、一部の店が突然の閉鎖、多くの新成人が成人式に出席できない事態となり、騒動を巻き起こした。

1月5日時点では、『はれのひ』の経営陣を除けば、3日後にまさかそんな悪夢がやってくるなど誰も想像しなかったはずだ。破綻の“前兆”を知らされた中村社長でさえ、「40年間、呉服業界にいますが、成人式当日に店が潰れて振袖が着られない…なんて話は聞いたことがない。いくらなんでもそれはないだろう」と考えた。

だが念には念をと、すぐに親交の深い呉服業界のマーケティング雑誌『ステータスマーケティング』(きものと宝飾社)の松尾俊亮編集長の携帯を鳴らした。松尾氏は呉服業界の川上から川下まで太いパイプを持ち、表も裏も情報のキャッチが早い。彼の話から『はれのひ』の経営状態を探ろうと考えたが、「店は今も営業中のようだが、現時点で詳細はつかめない」との返答。中村社長は万が一の事態に備え、「新成人がトラブルに巻き込まれないか網を張っておいてください」と頼み、電話を切った。

その情報通り、『はれのひ』は京都の呉服屋に約5千万円の仕入れ代金未納、社員への給与遅配、欠配と破綻寸前の状態にあった。そして、顧客になんの説明もないまま社長は雲隠れ…。

3日後の成人の日の朝、車を運転中だった中村社長の携帯に着信が入る。「これは、もしや…」とのイヤな予感は的中、車を路肩に止めて電話に出ると、松尾氏の焦った声が電話口に響いた。

「社長が懸念されていたことですが…『はれのひ』が開いてない。騒動になり始めてる」

電話を受けた中村社長は「もし困った人がいたら、弊社の店でできる限りサポートするからフェイスブックにも載せておいてください」と伝え、電話を切ると即座に閉鎖した『はれのひ』の店の近くにある『たんす屋』に連絡、「もし、新成人の方が駆け込んできたら、店の振袖をレンタルで対応するように」と指示を出した。

同日午前10時頃、“はれのひ騒動”の第一報が『ステータスマーケティング』のフェイスブックページにアップされる。記事では『成人式当日に指定されていたホテルにスタッフがいない、振り袖もない、という状況が発生』などと伝えると同時に、同誌が中心となって「はれのひ・被害者の会」を立ち上げたことも表明。

さらに、『たんす屋』がいち早く支援に乗り出したことにも触れ、『時間が間に合う方がいれば、少しでも振袖で成人式に参加してほしい。できる限りのサポートをする』との中村社長のコメントを掲載した。

騒動の渦中、振袖業界の批判ムードが盛り上がらなかったワケ

この第一報が流れた直後から、「被害者の会」には新成人女性から多数の相談が舞い込んだ。それと同時に、全国の着物小売店、着物メーカーなどが続々と支援を名乗り出て、振袖の無償レンタルなどで対応、多くの新成人を救った。『たんす屋』でも、涙をこぼしながら店に駆け込んできた女性数名に振袖を貸し出したという。

「成人の日に振袖の着付けができなかった『はれのひ』の被害者は約300人と言われますが、業界内に支援の輪が広がったおかげで、そのおよそ半数の方に振袖が届き、無事、成人式に送り出すことができたそうです。新成人の“晴れの日”をキレイな着物で寿(ことほ)ぎたいという純粋な思いが、多くの会社を動かしたのだと思います」

中村社長はそう言うが、『はれのひ』騒動の存在を即座にSNSで周知する初動の早さがなければ、成人式に参加できない女性はもっと増えていただろう。その点でいえば、破綻の前兆をいち早く察知し、松尾氏と連携した貢献度は多大である。

だが、この騒動への報道が過熱する中、中村社長はある危機感を抱いたという。

「私の元にもメディアからの電話取材が殺到しましたが、記者の方々の話しぶりから、“これはマズイぞ”と感じたんです。彼らにとってのニュースバリューを冷静に考えると、『成人式』『一生に一度』『新成人は泣きの涙』『かわいそう』『業者夜逃げ状態』…。

となれば、次にくるキーワードは『着物業界、悪徳』になるかもしれない。『はれのひ』の社長が『悪徳』と書かれるのは当然でしょうが、着物業界全体が同じ扱いを受け、消費者にマイナスイメージを持たれることだけは避けなければと考えていたんです」

その風評被害の“火種”も早くから感じ取っていたという。『はれのひ』の社長は元々、別の着物販売会社の社員。その会社は成人の日の数日後に、来年、再来年の成人式用に『はれのひ』で振袖を予約していた人に自社商品を“無償”で貸し出すと表明したが、『はれのひ』の社長の出身企業であることは表にしていなかった。

もちろん、騒動とは無関係だから、この会社に非があるわけではない。むしろ、被害者を無償で助けるというのだから、いい会社だ。だが、最近のTV報道やネットメディアの風潮もある…。そこで中村社長はこう読んだ。

「『はれのひ』社長の経歴はいずれ、表沙汰になる。その時、彼の出身会社が実は被害者救済に動いた会社だったとわかれば、マスコミやネットで『なぜ隠していたんだ!』と批判が殺到するのは目に見えています。これを端緒に着物業界全体に批判ムードが広がってしまうかもしれないと思いました」

その上で、事前に「洗いざらい、表にしたほうがいい」と松尾氏を通じて進言。これがどこまで影響したかどうかは不明だが、その会社は後日、『はれのひ』社長の出身会社であることを公表した。

この『はれのひ』騒動、同社の社長への批判は大きかったが、その後『着物業界は悪徳』といった過熱報道やネットの炎上は見られなかった。その水面下では、二次被害を最小限に食い止めようとする中村社長の“英断”があったというわけだ。

だが、その影響もあって今、振袖業界は窮地に立たされている。騒動の余波と、今年度中にも法案が通りそうな“18歳成人”化が、680億円ともいわれる振袖市場を大きく揺るがす火種となりそうなのだ。

そこで中村社長が企図する、危機をチャンスに捉える発想とは――?

★後編⇒「18歳成人式」ショックで激震に怯える着物業界ーー逆転の発想で“振袖特需”を仕掛ける革命児とは

(取材・文/興山英雄)