着物業界の“革命児”、東京山喜の中村社長

今年1月に起きた成人式“はれのひ騒動”の最中、着物リサイクル店・たんす屋を展開する東京山喜の中村健一社長は『はれのひ』破たんの予兆をいち早く察知し、“被害者救済”の流れを作り、業界への風評被害を最小限に食い止めた。その判断の的確さと初動の早さは見事なものだった(前回記事参照)。

取材中、中村社長の先見性の高さには何度も驚かされた。例えば、『はれのひ騒動』が何を意味するか?を問うと、「この騒動を契機に、着物業界の旧態依然としたビジネスモデルに引導が渡される」と即答した。意図するのはこんな見通しだ。

「着物マーケットは全体で2800億円。そのうち、成人式の振袖の市場規模は680億円と大きく、パイの奪い合いは激しさを増すばかり。需要を先取りしようと、2年先、3年先の成人式を見越して、業者はグレーな方法で入手した個人情報を頼りにDMを送りつけ、家の固定電話にガンガン営業をかける。『はれのひ』の場合も、元従業員が複数のワイドショー番組に出ては『1日400件、電話させられていた』なんて話していました。

これは、30~40年前の業界の“必勝パターン”。ただ、個人情報保護法が施行され、今やスマホが当たり前の時代。固定電話への営業は今回の騒動をきっかけに決定的な打撃を受けます。そこから抜け出せない会社は『はれのひ』と同じ道を歩むことになるでしょう」

東京山喜の場合、90年代から従来の販売事業を脱却し、消費者のタンスに眠る“40兆円分の着物”に目を付け、99年に立ち上げた着物リサイクル店『たんす屋』がヒット。全国120数店を構える業界のトップ企業へと躍進した。(前編記事参照

「社長についていけば間違いない」「どんどんアイデアが湧き出てくる人で、刺激になる」「社員に寄り添い、社員に夢を見せてくれる」――東京山喜で働く社員の中にはその経営手腕に魅せられている人が少なくない。同じくそこに吸い寄せられるのか、同業他社からの転職組が多いのもこの会社ならではだ。

中村社長が経営者として意識していることはひとつ、「時代の変化を会社の成長エンジンにする」だ。そして近い将来、業界を崩壊させかねない「大きな変化が起きる」とも予見する。

それは成人年齢が20歳から18歳に引き下げられることによって起きる。昨年末、政府は民法改正案を提出する方針を固めた。今年の国会で成立すれば、3年程度の周知期間を経て、2022年には“18歳成人”が施行されることになる。

この変化に着物業界は反発。成人が18歳になれば、成人式も18歳時になる。18歳は高校3年生。高3の1月といえば、センター試験など大学入試の直前だ。そんな時期に開催すれば、参加者も振袖需要も激減するのは必至…。これを阻止しようと、18歳成人になっても「成人式の挙行は20歳で維持してほしい」というのが業界団体の言い分で、昨年12月には法務省など関係省庁の大臣に要望書を提出している。

目下、『はれのひ』騒動の余波で、2、3年先までの顧客を囲い込んでいた業者に「二の舞いはご免」と予約キャンセルが相次いでいる。完全に冷え切っている中、“18歳成人式”が加われば、680億円の振袖市場は吹っ飛びかねない。業界が猛反発するのも当然といえば当然なのだ。

だが、中村社長はこの動きに加わらない。むしろ「“18歳成人”に合わせて成人式を2年前倒しにする自治体は多いだろう」と冷静だ。その上で、早ければ2022年に訪れる時代の変化を会社の成長エンジンと捉え、粛々と“仕込み”を始めている。

着物業界にIT革命をもたらす

「もし、22年から成人式の挙行が18歳に引き下げられると、その年に19歳、20歳になる人にとっては成人式がなくなります。それはありえないでしょうから、自治体は恐らく、“えいや!”と3学年合同の成人式を開催するでしょう。

あるいは、それだと会場に入りきれなくなるので、22年は19歳と20歳、翌年は18歳と19歳と2学年合同の成人式を2年連続でやるかもしれない。いずれにしても、年間680億円の市場が2倍、3倍になるかつてない“振袖特需”がやってくるということ。そこに向けて仕込みを始めています」

仕込みとは、具体的にどんなものか?

「今、京友禅と呼ばれる振袖の68%はインクジェットです。手描き友禅で一枚の振袖を染めようと思えばおよそ半年、型友禅なら半月はかかりますが、インクジェットで染めれば15分で完了する。その仕上がりはプロでも型友禅の振袖と見分けがつかないレベルで、これが平均36万円程度で販売されます。ただ、36万円には在庫リスク、パンフレット用の撮影代、モデル代、印刷代、DM代…と多種多様な費用が含まれています」

そこで「現在、スマホの中に振袖の“展示場”を作る予定」と明かす。すでに提携する会社から大量の振袖のデータを提供してもらい、スマホで閲覧できるシステムを構築中とのこと。

「柄のない真っ白な型の上に、大量の柄の振袖のデータの中から気に入ったものを選択し、自由に閲覧できるというもの。自分の全身を写した画像を取り込めば、スマホの中で試着ができるようにもします。簡単なテクノロジーですよ。

これが形になれば、お客様のオーダーがきてから染めて仕立てることができるようなるので、在庫を持つ必要がありません。パンフレットも撮影もモデルもDMも不要になります。その分、価格を抑えることができる。そのスマホで作った振袖を低価格でレンタルし、成人式後に売れ筋リユース振袖として、全国120数店の『たんす屋』で再販することができます」

正直、そんなアイデアをここで明かしていいのだろうか…と心配になる記者をよそに、中村社長は「最初に開示した人間に一番吸いついてくるのが情報というものですから全く気になりません」と笑って話す。

「今の女子高生はスマホの中に住んでいます。ならば、成人式に向け、スマホの中で“試着”した自分の振袖姿を友達にLINEなどのSNSで送り、『いいね!』『こっちのほうがカワイイ!』なんてやりとりが可能になる環境を作ってあげることが大事でしょう。これも、我々が成長エンジンにするべき時代の変化です」

さらに、東京五輪も大きなビジネスチャンスと捉えている。

「東京五輪の組織委員会は、五輪開催の目的を日本文化の魅力発信と言っています。これは重要なキーワードでしょう。日本は明治維新以降、文化を横に置き、経済優先の国づくりを進めてきましたが、東京五輪を契機に、文明化することの上位価値に文化がくる大きなパラダイムチェンジが起きる。

ならば、日本文化を背負っている着物の“商人”として、我々自身がそのどんでん返しを起こさなければいけない。そう思っています」

祖父が興した会社を38歳の若さで父親から引き継ぎ、当時のジリ貧状態から、たんすに眠る40兆円分の着物に狙いを定めるリサイクル業で経営を再建。“はれのひ”騒動では被害者と業界を救う重要な役割を果たした。呉服問屋・3代目の中村社長が、着物業界の“革命児”としてさらなる飛躍を遂げようとしている。

(取材・文/興山英雄)