経営の瀬戸際に立っていた「愛本店」の改革に挑んだ、業界最大手「グループダンディ」を経営する株式会社ジーディーのCOO・巻田隆之氏。その“改革”とはどのようなものだったのか──

激動の時代を経て、老舗ホストクラブ「愛本店」が生まれ変わろうとしている。

40年以上にわたりトップダウン経営で店を牽引してきたカリスマの喪失、それに伴うお家騒動と利権争い、大手グループとの提携──同店が生き残りをかけて着手した改革とはどのようなものだったのか。取材で見えてきたのはホスト業界のみならず、あらゆる業界に通ずる人材マネジメントのヒントであった。

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猥雑な看板が立ち並ぶ新宿・歌舞伎町。巨大なゴジラを乗せたモダンな新宿東宝ビルの誕生を境に、街の空気感は以前に比べクリーンになったが、通りを歩けばキャッチや寒々しく生脚を晒(さら)した水商売と思しき女性の姿は至るところに見受けられる。

そんな歌舞伎町をさらにラブホテル街方面へと進むと辿(たど)り着くのが、「愛本店」だ。日本で現存する最も古いホストクラブであり、業界でその知名度はトップと断言していい。

しかし、女性客を夢見心地にさせるきらびやかな内装のように、店の歴史も常に輝かしいものであったわけではない。つい数年前まで、月の売り上げは現在の9千万円(2017年12月度)の5分の1程度。在籍ホスト数も30名程度と半分以下だった。経営が成り立つかどうか、その瀬戸際に立った時、2013年に同店が手を組んだのが、都内を中心に30店舗以上のホストクラブを展開する業界最大手の「グループダンディ」であった。

同グループを経営する株式会社ジーディーのCOOであり愛本店顧問の巻田隆之氏は「愛本店こそ、歌舞伎町のホストの原点。我々もホスト業を営む以上、この聖地を決してなくしてはならないと思った」と、運営を引き継いだ理由を語る。

愛本店の創業は1971(昭和46)年。47年という長い歴史は、後にTV番組「マネーの虎」にも出演した実業家の愛田武氏が、当時ほとんど存在しなかったホストクラブという形態の店である「クラブ愛」(後の愛本店)を新宿にオープンしたことで始まった。愛本店がホスト業界の聖地たる理由を巻田氏はこう解説する。

「僕はこの業界に入って25年ほどになりますが、ホストクラブという文化が生まれてからずっと業界の中では愛本店が一強でした。歌舞伎町にあるホストクラブはすべて、愛本店の出身者たちから生まれた子供、孫、ひ孫のようなもの。加えて、愛田会長の完全なトップダウン経営でしたから、その存在は業界でも絶対的でした」

愛本店は当時珍しかった「明朗会計システム」を打ち出し、業界のいかがわしいイメージを払拭(ふっしょく)。クリーンなホストクラブの嚆矢(こうし)となり、歌舞伎町にはホストクラブが着実に増えていった。現在は新宿全体で約300店舗が営業しており、ホストの総数は約4千人にもなるという。

しかし、04年の石原都知事による風営法の厳格化で、その拡大の速度には一時ブレーキがかかった。それまでは深夜までと、深夜から朝までの2部制を敷く店舗がほとんどだったが、2部の営業は条例違反に。その結果、顧客の大部分を占めていた風俗関連に従事する女性客の勤務時間とホストクラブの営業時間がバッティングしてしまったのだ。

店を乗っ取ろうとする人間が続々現れた

新たな客層にアプローチすべく、マグロ解体ショーとDJイベントを融合させた『マグロハウス』など、従来にない様々な取り組みを行なっている

業界の拡大に再びアクセルがかかったのは、約10年前に巻き起こった「ホストブーム」だった。ホストをテーマにしたドラマが放送されたり、アイドルがバラエティ番組でホストに扮したりと、メディアでの露出が急激に増えたのだ。

「メディアの影響で業界の雰囲気が大きく変わったことは間違いありません。ホストという職業に就くことへのハードル、そしてホストクラブへ行くことのハードルが同時に下がった瞬間でした」と巻田氏は言う。

ブームに乗じて順風満帆かのように見えた愛本店の状況が大きく変わったのは、愛田氏が脳梗塞に倒れた2011年のことだ。陣頭指揮を執っていたトップがいなくなると、「自分は愛田の息子だ」「愛田会長に金を貸していた」などと主張し、店を乗っ取ろうとする人間が続々現れたという。

最終的に店が新たにトップに立てたのは長女の真理氏。ところがここでも外部の人間が巧妙に取り込み、気づけば彼女は一切の財産を手放すことになった。そして、目まぐるしく変わる経営陣の顔ぶれや次々と出てくる金銭問題に最も疲弊していたのは、現場のホストたちだった。

「僕らが愛本店の再興を請け負った時、彼らは自信をなくしていました。自分たちが作り上げてきた店が、上の人間の都合でいとも簡単に壊されるのを目の当たりにし、『自分たちはもう時代遅れなのではないか』と思っていたのだと思います。おまけに、そんな混乱の最中にまた僕らのような他所者が店を取り仕切ろうとやってきた。彼らが不信感を抱くのも無理はないと感じました」(巻田氏)

先述の通り、巻田氏らがそれでも店を再興したいと踏み出したのは、愛本店が業界で唯一無二の存在だからだ。店が抱える問題の病巣が一体どこにあるのかを探しながら、まず着手したのが従業員と自分たちの間の溝を埋めることだったという。

「当時、グループダンディは500人程度の組織でしたが、僕らが経営に関わることで愛本店のホストからすればドカドカと他人に土足で店を荒らされているような感覚に陥るのは当然のことでした。ですから、僕自身も当初の身分を隠して営業中にスタッフとして働いたり、愛本店には絶対にグループダンディのスタッフを入店させないという約束を交わしたりして、少しずつ距離を縮めることから始めたんです」

そうした歩み寄りは着実に従業員の自信と安心感に繋がっていったと巻田氏は自負する。そして次のステップとして、これまでトップダウンで決めていた店の営業スタイルをボトムアップ型に切り替えた。従業員をグループに分けたグループ制を導入。グループ毎に研修の機会を設けたり、自分たちで営業方針を決めさせるなどし、現場で働くホストへの権限移譲を行なった。

「どの業界でも自主性のある従業員の存在は現場の空気を変えます。愛本店もどんどん店が変わっていくのが目に見えてわかりました。ただ、それは僕らの戦略だけが功を奏したのではなく、愛本店という店そのもののポテンシャルがあったからだと確信しています」

巻田氏の言う「ポテンシャル」とは、老舗としてのプライドや長年培ってきた接客スタイルなど、愛本店のホストが積み上げてきたものを指すのだろう。そして、それをいかに現代の流行と融合させるかが新たな課題だった。

●後編⇒ホストにはビジネスの成功者となるポテンシャルがある──「愛本店」再興を手がけたトップランナーの新たな挑戦

(取材・文・撮影/田代くるみ〈Qurumu〉)