週刊プレイボーイで『経済ニュースのバックヤード』を連載中の坂口孝則氏

あらゆるメディアから日々、洪水のように流れてくる経済関連ニュース。その背景にはどんな狙い、どんな事情があるのか?

調達・購買というビジネスの舞台裏を専門とし、データ収集・分析を得意とする調達・購買コンサルタントの坂口孝則(さかぐち・たかのり)氏が解説する、『週刊プレイボーイ』の連載コラム「経済ニュースのバックヤード」。今回は、成長企業であり続けるアイリスオーヤマのテレビ事業参入について解説する。

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アイリスオーヤマが、黒物家電事業に参入すると発表した。新ブランド「LUCAシリーズ」と名付けた4K対応テレビ、フルハイビジョンテレビを発売する。もともと同社は、プラスチックの成形から事業をはじめ、犬舎などのペット用品、収納ケース、園芸用品から、調理器具に照明までラインナップを広げてきた。

また、たとえば小売業者が製造まで手がける例は珍しくないが、製造業者が卸(おろし)や小売を手がける例は少ない。伝統的な流通機構が壁になるからだ。しかし、同社は自ら「メーカーベンダー」と名乗り、問屋にもなるべく奮闘してきた。

創立から60周年を迎えてもなお成長企業であり続け、2022年にグループ売上高1兆円という目標を掲げる。現在は4000億円強だから、2倍以上のチャレンジングな目標だ。

その文脈にテレビ事業参入がある。開発は自社、生産は中国のEMS(受託生産業者)に委託する。しかし、それにしてもテレビか、という驚きが広がった。ひとびとはアイリスの、4K65型で約15万円、55型で約10万円という価格設定を他社と比較し、それほどの安さではないと語った。細かな性能でなく、大きさで比較すること自体、テレビがもはやコモディティ化した事実を示す。

話を変えるようだが、先日、米アマゾンが調理器具のプライベートブランドを発表した。表面的には、アマゾンの販売力を使って高粗利領域へ進出したと読み解ける。しかし深読みし、AIスピーカーのアレクサで家庭内の行為すべてに介在しようとする戦略と読み解けばどうか。アレクサは調理方法を教えてくれるだけではなく、調理家電ともつながり、調理器具も推薦するようになる。そこに進出した意味がわかってくる。

では、アイリスのテレビへの参入はどう読み解けるだろうか。近年、黒物家電各社は苦戦を強いられてきた。中国企業の乱売も続く。重くて持ち運べないものを売る企業は不調で、アップルのように軽くて持ち運べるものを売る企業は好調だ。実際アイリスは、大手家電メーカーがやりたがらない1万円以下の白物家電を重視することで棲(す)み分けていた。

もっとも、良い意味で節操のない製品ラインナップが同社の強みでもある。製品の企画会議も手短で、トップの判断で爆速経営を続けてきた。節操のなさはプレスリリースを見てもわかり、テレビのひとつ前は「もち麦ごはん」を新発売とある。「いかなる時代環境に於(お)いても利益の出せる仕組みを確立すること」が企業理念の最初にあるから、試行錯誤の一環ともいえるだろう。参入してダメならすぐに撤退すればいいからだ。

しかし、これまで同社はレッドオーシャンをブルーオーシャンに変えてきた。狙いは次の8K投入にあると私は思う。テレビの売れ筋は年々、大画面化し、コンテンツ業者も8K対応の作品に乗り出している。

映画がテレビに置き換わり、リビングが復活し、ひとびとが室内で過ごす時間が長くなったとき、部屋をトータルで提案できるのは、もしかすると節操なきアイリスなのかもしれない。節操なさという現代的戦略。

アイリスとは多様な色の虹を意味すると同時に、LGBTも意味する。なるほど、現代に輝く暗喩(あんゆ)があったというわけか。もちろんこれはこじつけなので真に受けないように。

●坂口孝則(さかぐち・たかのり) 
調達・購買コンサルタント。電機メーカー、自動車メーカー勤務を経て、製造業を中心としたコンサルティングを行なう。『牛丼一杯の儲けは9円』『営業と詐欺のあいだ』など著書多数。好評の9月発売刊『未来の稼ぎ方 ビジネス年表2019~2038』に続き、11月18日に最新刊『ドン・キホーテだけが、なぜ強いのか?』が発売