新型コロナウイルスの長期化で、サラリーマン文化はどう変わるのか?

爆発的に新型コロナウイルスの感染が広がっている欧米と比べれば、日本の感染者数や死者数は現段階では低く抑えられている。しかし、今の「外出も人との接触も極力回避」という状態は、現在の緊急事態宣言のとりあえずの期限である5月の連休明けにすんなり終了とはいかない可能性が高そうだ。

誰も経験したことのないこの"緊急事態"が長く続けば、社会のあちこちでゆがみや変化が生じるのは確実だ。半年後、日本はどんな姿になっているのか?

各分野の現場で見え始めている"変化の兆し"を取材した!

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■会社との関係が薄れクレーマー化する人も

感染拡大を受け、都市部を中心に多くの企業が従業員の在宅勤務に踏み切っている。この状況が長く続いたら、日本の「サラリーマン文化」はどう変わっていくのか?

幅広い業界の約30社で産業医を務める大室正志(おおむろ・まさし)氏に、現状の解説と未来予測をお願いした。

「大前提として、『リモートワーク』と『在宅勤務』は似て非なるものです。本来のリモートワークとは自宅、カフェ、海外など場所を問わずに働けることで、"働く場所からの労働者の解放"を意味します。

一方、外出自粛の今行なわれているのは、自宅に縛られる在宅勤務です。そのため短期間で新型コロナ禍が収束すれば、サラリーマンの働き方は元どおりになったでしょうが、これが数ヵ月、半年、1年......と続くとなれば、やはり変化は大きいと思います。

会社と従業員の関係は大きく2種類に分けられます。ひとつは『メンバーシップ型』。まず新卒一括採用方式で"仲間"を集め、仕事を分配していく多くの日本企業はこれに当てはまる。この場合、愛社精神は育ちやすいですが、個々人の担当する業務がはっきりしないことも多い。だから『自分だけ先に帰るのは気が引ける』といった長時間労働の問題などが起こりやすいんです。

もうひとつが外資系企業に多い『ジョブ型』。こちらは最初に"自分の仕事"を決めます。例えば、経理をやるので年収500万円とか、データサイエンスのスキルがあるので年収1000万円とか。同僚と年収が違うのも当たり前ですし、周りが残業していても、自分の仕事が終われば先に帰ることに遠慮はいりません。

いい悪いは別にして、このうちリモートワークと相性がいいのは、"自分の仕事"が明らかなジョブ型です。一方でメンバーシップ型は、みんなで集まって仕事をすることが基本なので、バラバラになってしまうといろいろと不具合が生じます。ですから、今の状態が長く続くなら、メンバーシップ型の会社もだんだんとジョブ型の要素を強めていかざるをえないでしょう」

サラリーマンの会議はリアル(上)からリモート(下)で大きく様変わり。リアルの場では強い圧で仕切っていたタイプの人が力を失うことに?

メンバーシップ型からジョブ型への移行期には、どんな変化が起きるのか?

「メンバーシップ型の場合は、仕事で失敗しても『会社が俺をうまく使えていない』と会社のせいにすることもできる。しかし、ジョブ型は『自分はこの仕事をこれくらいの期間で仕上げます』と上司と約束をするのが基本です。

ということは、それが達成できなかったら『自分で決めたことができなかった』という話になる。目標を達成できなければリストラの対象になることもあるわけです」

会社と従業員の関係は、ある意味で自由だけれど、だいぶドライになるわけだ。

「ジョブ型の組織では、自分を評価する上司とごく近い同僚以外は"他人"という感覚になります。すると、会社に対して強気に出る人も増えてくる。『うちにはWi-Fi環境がない。在宅勤務のためのWi-Fi環境整備のお金は出してくれるのか?』とか、『家では仕事の話ができない。会社の経費で貸し会議室を取るけどいいか?』とか。

もっと言えば、社内の人に対してまるでコールセンターのオペレーター相手に怒鳴るような"クレーマー社員"も出やすい傾向があります。

とはいえ、企業というのは狭い社会です。たとえジョブ型の色が濃い組織でも、他部署の人に何を言ったか、どう接しているかといった話は噂になりやすい。同じくらいの実力の人がふたりいた場合には、クレーマー体質の人がリストラの対象になるといった恐れもあるので注意が必要です」

■仕事と家庭の人格を近づける必要がある

また、日々の仕事のなかで目立つ変化が表れやすいのは「会議」だという。

「人間の脳は、構造的に"人の表情"に注意がいくようにできています。そのため対面での会議では、話の内容よりも上司の顔色をうかがって結果が決まることも多い。いわゆる『空気を読む』というやつです。しかし、参加者が動画でつながるリモート会議では、細かな表情の動きなど『空気を読む』ために必要な情報が少ない。すると必然的に『話している内容自体』に注目するようになります。

対面の会議では、圧力で場を仕切る"声の大きな人"が高い評価を得ることも多いと思います。しかしリモート会議になると、その人の話にはあまり内容がなかったと見破られるケースもあるでしょう。

逆に、リアルな会議の場ではあまり発言がなく"陰キャ"と見なされていた人が、リモート会議では圧力から解放され、コメント欄に有用な情報をバンバン上げるなどして『あいつ、実はすごかったんだな』と見直されることもあります。リモート会議では、日本人が得意としてきた『空気』があまり意味をなさず、発言の質や明確な指示が重視されるわけです。

特に、エンジニアのような数字や進捗(しんちょく)と向き合う職種の人たちにとっては、リモート会議はストレスがなく非常に快適でしょう。ただ、逆に今のところリモートに向かないと思われるのが、企画系の職種におけるブレインストーミングのような雑談含みの会議です。こうした会議は、人の細かな反応などいい意味での『空気』が大事ですから」

また、在宅勤務の場合、自宅の環境が仕事に向いているかどうかという問題もある。

「"仕事人格"と"家庭人格"を使い分けている人は多いと思います。家ではイバっているのに仕事ではペコペコしている男性もいますし、普段は優しい妻がリモート会議で同僚を追いつめていて驚いた、といった話も聞きます。しかし、在宅勤務が長期化したら、家庭不和にならないためにも仕事と家庭の人格を近づけていくよう心がける必要が出てくるでしょう」

半年後、ニッポンの"サラリーマン"は激変している?

●大室正志(おおむろ・まさし) 
大室産業医事務所代表。ジョンソン・エンド・ジョンソン株式会社統括産業医、医療法人社団同友会産業医室を経て現職。メンタルヘルス対策、生活習慣病対策など、企業における健康リスク低減に従事。現在約30社の産業医。社会学系専門医・指導医。著書に『産業医が見る過労自殺企業の内側』(集英社新書)