『週刊プレイボーイ』でコラム「古賀政経塾!!」を連載中の経済産業省元幹部官僚・古賀茂明氏が、政府の新築持ち家政策に疑問を呈す。

(この記事は、10月12日(月)発売の『週刊プレイボーイ43号』に掲載されたものです)

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日本経済新聞が住宅金融支援機構のデータを調べたところ、2020年度の住宅ローンの利用者が完済を計画する年齢は平均73.1歳だった。00年度の平均完済年齢は68.3歳だったから、この20年間で5歳も上昇した計算だ。

こうした変化を受け、貸し手の銀行も完済時の年齢の上限引き上げに動いている。例えば、ソニー銀行に至っては85歳未満までに延長したという。

これが意味するのは、収入がほとんどなくなった定年退職後にも延々と借金の返済が続くということだ。退職金などで完済できず、70代、80代になっても年金などの老後資金をローン返済に回すとなれば、高齢者の暮らしはいずれ困窮し、その先には「老後破産」が待っている。

実際、この20年間で60歳時点のローン残高は平均700万円から1300万円に増えている。三菱総合研究所のデータによれば、60歳時のローン残高が1000万円を超えると返済に行き詰まり、老後破産するリスクが高まるという。

政府はこれまで個人の住宅取得を推奨してきた。持ち家がある人口を増やすため、住宅ローン控除や、すまい給付金など、さまざまな住宅購入の支援策が講じられてきた。

だが、時代は大きく変わった。日本は低成長が続き、個人の実質所得は伸び悩んでいる。非正規どころか、正社員でもボーナスや退職金なしという労働者も少なくない。加えて年金制度の不安、コロナ禍のような非伝統的な脅威による不況のリスクなども増大している。
 
一方で少子高齢化によって人口、世帯数が減少すれば、住宅の需要は減ることになる。実際、すでに全国で800万戸以上の空き家が発生し、社会問題化している。今後、住宅価格が下がる可能性も高い。

もはや、多額の住宅ローンを組み、老後に返済リスクを先送りしてまでも新築住宅を買う時代ではなくなった。

そもそも、人生で最大の買い物とされる住宅購入も客観的に見れば、投資行為のひとつにすぎない。投資はリスクとリターンを考え、複数の投資先にバランスよくというのが大原則である。

なのに、住宅取得に資産の大部分をつぎ込み、老後も返済に追われて破産のリスクもあるとなれば投資の意味はない。「人生100年」時代とはいえ、とても賢明な投資とは呼べないだろう。

実は、政府が新築持ち家政策にこだわるのは、それで儲かる住宅業界と銀行業界が裏でロビーイングをしているからだ。庶民のことを考えているというのは表向きの話でしかない。

政府は国民に新築の持ち家を推奨する政策を今すぐ見直すべきだ。老後破産のリスクや空き家問題の深刻さを考えれば、家賃の一部補助など、「家を借りて住む」というライフスタイルを支援するような政策が必要だ。地方の空き家の賃貸を優遇すれば、過疎対策や地方創生にもつながるはず。

30代、40代の中にはローンを組んで新築住宅を買おうと計画中の人も多い。しかし、ポストコロナ時代では住まいに対する考え方も大きく変わって当然だ。

賃貸を選ぶか、それともあくまでもマイホームにこだわるか。どちらを選ぶにせよ、70代、80代までローン返済に追われる人生が幸せなのかどうかよく考えた後で決めても遅くないはずだ。

●古賀茂明(こが・しげあき)
1955年生まれ、長崎県出身。経済産業省の元官僚。霞が関の改革派のリーダーだったが、民主党政権と対立して11年に退官。『日本中枢の狂謀』(講談社)など著書多数。ウェブサイト『DMMオンラインサロン』にて動画「古賀茂明の時事・政策リテラシー向上ゼミ」を配信中。古賀茂明の最新刊『日本を壊した霞が関の弱い人たち 新・官僚の責任』(集英社)が10月26日(月)に発売!

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