『週刊プレイボーイ』でコラム「古賀政経塾!!」を連載中の経済産業省元幹部官僚・古賀茂明氏が、菅政権のカーボンニュートラル政策に警鐘を鳴らす。

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菅政権の目玉政策であるカーボンニュートラル政策。2050年までに温室効果ガス排出をゼロにするという壮大な目標に向けて、経済産業省は12月10日、国内のCO2排出量の2割弱を占める自動車をどうするのかの議論を本格化させた。

しかし、その日のマスコミの報道は驚くべきものだった。常軌を逸した「水素自動車フィーバー」がテレビと新聞を支配したからだ。

CO2排出を減らすために排ガスを出さない車(ゼロ・エミッション・ビークル、ZEV)を増やすことは必須の課題だ。ZEVには、EV(電気自動車)と水素自動車(燃料電池車・FCV)があるが、FCVはまだ車両本体価格も水素燃料価格も非常に高いなど課題山積で、ほとんど売れていないのが実情だ。

一方、EVは劇的イノベーションが続き、世界市場で一気に販売が伸び始めた。これまでは米テスラ社と中国メーカーの競争だったが、最近、EUがEV振興策を大々的に打ち出して、米中欧三つ巴(どもえ)の競争となっている。

ところが、日本では、経産省とトヨタが見通しを誤り、FCV一本に賭けてきたため、EVではもう手遅れと言ってもいいくらいの後れを取ってしまった。今や、パナソニック、日本電産、東レなどの有力企業は、将来のEV需要を見据えて欧州進出に向かい、脱日本の動きを強めているほどだ。

そこで、経産省とトヨタは、その失敗を隠すために、「水素フィーバー」を演出した。FCVの本格普及はせいぜい30年代に入ってからなのに、今にも大ブレークするかのように装ったが、マスコミもトヨタには頭が上がらないから、その思惑どおりに同社の水素自動車「ミライ」を大々的に宣伝したのだ。

経産省の「トヨタえこひいき」ぶりは目に余るものがある。購入時に国から支給される補助金は、EVは1台につき最大42万円なのに、FCVは最大210万円と5倍。誰が見てもおかしい。ドイツはEVもFCVも平等に約110万円、フランスも同様に約90万円の補助金を出すのと対照的だ。

また、経産省はガソリン車の30年代半ばまでの販売停止の方針を打ち出したが、多くの国がモーターと電池のほかに内燃機関を積むハイブリッド車(HV)も販売停止の対象とするのに、トヨタが得意とするという隠れた理由でHVは販売停止の対象から除外される見込みだ。

菅政権の50年ゼロ計画は電力分野でも迷走している。欧米や中国などに比べ、日本の再エネ電力普及は決定的に遅れているが、それでもなお、石炭火力発電所の完全廃止など各国が打ち出す政策にはついていけない。「30年度に再エネ比率22~24%」という超低レベルの政府目標は据え置きのままだ。

菅首相は裏づけのないままカーボンニュートラルを国際公約として大々的に打ち出したが、実現できそうもないとなれば世界中から袋叩きにされるだろう。

しかし、それを心待ちにしている勢力がいる。世耕弘成自民党参議院幹事長のように、「新型の原発の新設も検討すべきだ」とする人たちだ。世界の批判を避けるには原発新設による公約達成しかないというシナリオだ。菅首相も同じ思惑なのか。

日本のグリーン政策は環境面、産業面のふたつのフェイズで岐路にある。「50年ゼロ宣言」を発表しただけで菅首相に拍手を送るのは大間違いだ。

●古賀茂明(こが・しげあき)
1955年生まれ、長崎県出身。経済産業省の元官僚。霞が関の改革派のリーダーだったが、民主党政権と対立して11年に退官。『日本中枢の狂謀』(講談社)など著書多数。ウェブサイト『DMMオンラインサロン』にて動画「古賀茂明の時事・政策リテラシー向上ゼミ」を配信中。古賀茂明の最新刊『日本を壊した霞が関の弱い人たち 新・官僚の責任』(集英社)が発売中。

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