「デジタル技術によって地方が『均質化』してしまうのではなく、それぞれの地域が個性を持って多様化していくことが必要です」と語る柳澤大輔氏

コロナ禍で、日本でも急激に広まった「テレワーク」。毎日オフィスに通勤しなくても、パソコンとネットさえあれば「どこでも働ける」時代の到来は、仕事と生活のバランスを大きく変え、地方への「移住」を決断する人も増えているという。

そんな時代の働き方に今から20年以上も前に取り組んでいたのが、神奈川県鎌倉市に本社を置くIT企業「面白法人カヤック」だ。「どこで働き、どこで暮らすのか?」という選択が大きな意味を持ち始めた今、代表取締役CEOの柳澤(やなさわ)大輔氏に「リビング・シフト」が切り開く、新たな未来について聞いた。

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――著書『リビング・シフト』が発売されたのは2020年3月です。コロナ禍が本格化する少し前ですが、その後の日本社会の変化をどのように感じていますか?

柳澤 たとえるなら、時計の針が一気に5年分ぐらい進んだような感じですね。『リビング・シフト』はその前に書いた『鎌倉資本主義』(プレジデント社)の続編のような位置づけで、僕の考える「地域資本主義」を実現するためには、人々が自由に「住む場所」や「働く場所」を自分のライフスタイルに合わせて選べるような時代になることが必要だと考えていました。

この本は、そうした変化への願望も込めて書いたものでしたが、コロナ禍でそうした時代が一気に近づいたと思います。一番大きいのは「商習慣」の変化です。これまで東京への一極集中が止まらず、政府がどんなに「地方創生」の旗を振っても、都市と地方の格差は広がる一方でした。

その原因は、「1ヵ所に集まって働くのが当たり前」という従来の商習慣の下で、多くの人が「ビジネス中心の生活」に自分の暮らしを合わせてきたからで、その「ビジネスの中心が東京」である以上、東京への一極集中は止まりようがない。

ところが、コロナ禍でそうした商習慣が大きく変わり「ああ、別に1ヵ所に集まってリアルに会う必要が毎回あるわけじゃないんだ」と、個人や社会の意識が大きくシフトした。

もちろんテレワークが広がる一方で、逆に「リアル」の価値も見直されたと思うのですが、これはメリハリが大事でどちらも選択できるということがわかったので、例えば週の半分は家で仕事をするとか、住む場所も無理に東京を中心に考える必要はないとみんなが考え始めた。

――毎日、満員電車で通勤しなくても働くことは可能だと多くの人が気づいちゃって、だったら地方に移住もありだと。

柳澤 そうです。おそらく10年、20年後には、満員電車に乗って東京に毎日通勤とか、昔の人はなんと非人道的なことをしてたんだって、思うようになるんじゃないですか。

――先日も、IT大手のヤフーが、交通費支給は月15万円までという条件で、飛行機通勤も可で、社員が全国どこにでも住むことができるようにすると発表しましたが、この先、都会と地方の二拠点生活への流れは加速するのでしょうか?

柳澤 ヤフーが先陣を切ると、優秀な人材はああいう会社がいいなと思うので、そうじゃない企業は優秀な人を採用できなくなる。その流れが加速するのは間違いないでしょう。

私たちの会社では、数年前に地方への移住希望者と移住先の地域をマッチングする「SMOUT(スマウト)」というサービスを立ち上げましたが、コロナ禍でサービスの登録者数が以前の倍のスピードで伸びています。

移住といっても昔とは違います。SNSの普及によって、今の仲間とのつながり≒コミュニティを維持したまま移住することが可能になり、心理的なハードルも下がっている。

僕はこうした「リビング・シフト」の流れが、単に「住む場所」を変えることだけでなく、働き方や暮らし方に関する価値観や、ハードとしての「家」の定義の見直しなど、さまざまな変化へとつながってゆくのではないかと考えています。

――柳澤さんがCEOを務める「面白法人カヤック」は、今から20年以上前に地方の可能性に注目し、社員が自由に自分の好きな場所で働ける「旅する支社」の制度など、時代に先駆けた取り組みを続けてきました。その発想はどこから?

柳澤 東京ではなく、神奈川県の鎌倉に本社を置いたことや「旅する支社」の制度など、創業以来、ずっと「場所」には徹底的にこだわってきました。

「SMOUT」の事業責任者のひとりはアメリカのポートランドに住んでリモートで働いていましたし、その一方で社員が実際に集まって心地よく働けるオフィスのあり方や、地域に根差した「職住近接」を進めるなど、リアルの部分も大切にしています。

その大きな理由は、僕自身が満員電車という移動手段が快適じゃなかったことです。あと、都心の高層ビルに閉じ込められて働くのがイヤだっていうのもありました。

同じ場所に毎日通うのはつまらない、時には気分を変えて、いろんな所で仕事ができるのはいいことなんじゃないかという極めて感覚的な思いで、「自分がいやじゃないこと、うれしいと感じることを追求して会社を設計しよう」という気持ちでやってきました。

その前提には、「会社の利益のために人間が犠牲になってもいい」という、これまでの会社や社会のあり方は必ず変わるはずだという読みや、自分たちがそういう時代をつくりたいという意志もあったと思います。

――「新しい資本主義」を掲げる岸田政権の新たな諮問機関「デジタル田園都市国家構想実現会議」では、柳澤さんもメンバーに選ばれていますね。

柳澤 「デジタル技術を使って東京と地方の格差を縮めていこう」という方向性は自分の考えとも一致していると思います。

その実現には、デジタル技術によって地方が「均質化」してしまうのではなく、それぞれの地域が個性を持って多様化していくことが必要で、それによって人々の「選択肢」が増えていくことが極めて重要です。

そしてひとりひとりが「どこで暮らしたいのか」や「どこで働きたいのか」を主体的に選べる時代が実現することで、これまでの東京一極中心、ビジネス中心の時代とは異なる「新しい豊かさ」の定義や人々の価値観の変化へとつながってゆく――。

「リビング・シフト」はそうした価値観のシフトでもあり、その先に資本主義を変えてゆくヒントがあると思うのです。

●柳澤大輔(やなさわ・だいすけ)
1974年生まれ、香港出身。慶應義塾大学環境情報学部卒業。98年、学生時代の友人と共に面白法人カヤックを設立。鎌倉に本社を構え、鎌倉からオリジナリティのあるコンテンツをWebサイト、スマートフォンアプリ、ソーシャルゲーム市場に発信する。ユニークな人事制度(サイコロ給、スマイル給)や、ワークスタイル(旅する支社)を発信し、「面白法人」というキャッチコピーの名のもと新しい会社のスタイルに挑戦中。著書に『面白法人カヤック会社案内』『鎌倉資本主義』(ともにプレジデント社)、『アイデアは考えるな』(日経BP)などがある

■『リビング・シフト 面白法人カヤックが考える未来』
KADOKAWA 1540円(税込)
コロナ禍で一気に普及したテレワーク、リモートワークといった働き方に、20年以上前から取り組んでいた「面白法人カヤック」。創業以来、一貫して取り組んできたのは、「会社という枠組みの中で、どうやったら人は面白く働けるのか?」。代表取締役CEOの柳澤大輔氏が、これまでのユニークな取り組みをはじめ、「働く場所」「住む場所」がどんどん自由になるとしたら、社会は今後どのように変わっていくのかをつづる

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