「人民元建ての国際決済システム『CIPS』とデジタル人民元が結びつけば、その利便性によって『人民元の国際化』が進んでいく可能性は高い」と語る西村友作氏

新型コロナの"震源地"でありながら、世界的なパンデミックのなかでも経済のプラス成長を実現した、中国。その原動力となっているのが、今や日本のはるか先を行くといわれる中国社会の「デジタル化」だ。

中国のDX(デジタルトランスフォーメーション)戦略が中国経済だけでなく、社会のあり方をどのように変えたのか? そしてデジタル国家・中国が目指す未来とは?

そんな疑問を解き明かしてくれるのが、『数字中国(デジタル・チャイナ)』(中公新書ラクレ)だ。およそ20年、中国社会の変化を現地で見つめ続けてきた、著者で対外経済貿易大学の西村友作教授に話を聞いた。

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――中国社会のデジタル化がすごいという話は聞いていましたが、本書を読むと「未来の世界」のようで、私たち日本人は「デジタル後進国」に暮らしているのだという現実を突きつけられたような思いです。

西村 約14億人の人口を抱え、日本の25倍の国土を持つ中国は、今も急激な変化を続けています。

なかでも、2000年代に入ってから中国社会に大きな変化をもたらしたのがデジタル化で、2007年にスマートフォンが普及し始めた頃から、日本と比べても一気に進んだという印象ですね。

そうした中国のデジタル化の成果がハッキリと表れたのが、「コロナ禍」への対応でしょう。中国は約20年前にSARS(重症急性呼吸器症候群)の流行も経験していますから、今回の新型コロナ対応ではそのときの教訓も生かしながら、さまざまなデジタル技術が感染症対策に生かされましたし、中国ではキャッシュレス化が進んでいたためコロナ関連の補助金の給付といった手続きも、スムーズに行なうことが可能でした。

市民生活の面でも、これだけデジタル化が進んでくると「在宅勤務」や「ネット通販での消費」にも対応しやすく、家の中にいても娯楽はあるし、必要な情報も取りにいけます。

このように、中国ではデジタル化が「重要な社会インフラ」としてすでに整備されていたことから、新型コロナの影響を比較的小さく抑えることができたのではないかと思います。

――補助金の給付やワクチン接種の事務作業だけでも大騒ぎで、いまだにファクスを使って感染者の情報を集めている日本とはだいぶ違いますね。

西村 ただ、中国がこれだけ短時間にデジタル技術の社会実装を進められた背景には、それ以前の中国社会には「デジタル化で解決すべき問題」が山積していた面もあるんですね。逆に、日本にはすでに成熟した社会があったので、中国のように急激なデジタル化が進まなかったといえるかもしれません。

しかし、その日本でも今回のコロナ禍を経てDXを進めなきゃいけないという機運は高まっていると思いますし、そこで重要になるのがデジタル化によって、単に経済や産業の生産性を上げるだけでなく「社会問題の解決に生かす」という点ではないかと思います。

――本書に書かれた中国のデジタル化で、特に気になったのが「デジタル人民元」です。仮想通貨の技術が進み、国の中央銀行が発行する「デジタル通貨」をどう扱うのかというのは、世界各国で直面している課題ですが、中国はだいぶ踏み込んでいる印象ですね。

西村 その背景には、国内要因と国外要因のふたつがあると思います。

中国国内の要因でいえば、すでにキャッシュレス化が相当進んでいて、アントグループの「アリペイ」とテンセント社の「ウィーチャットペイ」というふたつの決済アプリが90%のシェアを占め、日常生活もこれらでほぼ完結できます。

実際、私も中国で生活していてずっとそれしか使っていないので、この1年ほどで現金を使ったのは、北京の日本大使館でパスポートを更新したときだけだと思います。現金でないとダメだと言われて「あ、そうですか......」と(笑)。

――トホホ......。

西村 ただ、これだけキャッシュレス決済が普及していると、何か問題が起きたときに日常生活や中国経済に与える影響はものすごく大きいんですね。

例えば、システムが落ちたとか、地震や洪水で停電したとか、それによってネットがつながらなくなったときに、不便なだけでなく社会へのダメージは相当あると考えられる。

それを解決するべく、デジタル人民元は災害時のことも考えて、オフラインでも使える機能を開発しようとしています。既存のキャッシュレス決済はスマホと銀行口座を持っていることが前提の仕組みですが、デジタル人民元の場合は口座を開かなくても使えて、スマホを持たなくても手軽にデジタル通貨のウォレットとして使えるようなデバイスを、いろいろと開発していると聞きます。

デジタル人民元は、国の中央銀行が発行する法定通貨ですから、デジタル格差で不利益を受けがちな、スマホを使えない人たちにも幅広く使ってもらいたいという狙いがあるのだと思います。

――国外要因はなんでしょう?

西村 アメリカも今、デジタルドルの議論をしていますし、日本でもデジタル円の導入が検討されています。今後、世界で進むであろうデジタル通貨に関する議論のなかで、先行する中国が発言権を高めて国際的なイニシアチブを取りたいという思惑があることがまずひとつ。

もうひとつは、国境を越えた国際的な送金・決済でのデジタル人民元の活用で、こちらも実証実験が始まっています。

私は、ウクライナ侵攻に対するロシアへの経済制裁でも話題になった「SWIFT(スイフト/国際銀行間通信協会)」の中国版ともいえる人民元建ての国際決済システム「CIPS(シップス)」とデジタル人民元が結びつけば、その利便性によって「人民元の国際化」が進んでいく可能性は高いと考えています。

もちろん、それも対中の不信感が払拭(ふっしょく)できない状況だと、国際的にはなかなか浸透しないと思うので、実現するのはまだ先になるかもしれませんが、将来的にはドルやユーロ経済圏ほどの規模ではなくても、それに続く「第三の経済圏」として人民元を軸に新興国がまとまる中国経済圏が生まれ、世界は「三極通貨体制」みたいになるということも十分に起こりえるのではないかと思います。

●西村友作(にしむら・ゆうさく)
1974年生まれ、熊本県出身。中国・対外経済貿易大学国際経済研究院教授、日本銀行北京事務所客員研究員。専門は中国経済・金融。2002年より北京在住。10年に中国の経済金融系重点大学である対外経済貿易大学で経済学博士号を取得し、同大学で日本人初の専任講師として採用される。同大副教授を経て、18年より現職。著書に『キャッシュレス国家』(文春新書)がある

■『数字中国デジタル・チヤイナ コロナ後の「新経済」』
中公新書ラクレ 990円(税込)
多くの国が新型コロナウイルスの感染拡大に見舞われるなか、それを未然に防ぎ抑え込みに成功してきた中国。デジタル技術を活用した防疫措置、人海戦術によるコミュニティ封鎖はどのようなものだったのか。また、急速なキャッシュレス化を背景に中国の新経済をつくってきたプラットフォーマーの光と影、コロナ禍でも成長し続けた中国経済の実情とは? 中国在住20年、中国経済の目まぐるしい変化を観察してきた著者が徹底解説

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