「『公益資本主義』や『ダイバーシティ』など新たな経営課題に思えるものも、実は数百年以上前に老舗企業が答えを出しているのです」と語る田宮寛之氏

資源価格の高騰に、約20年ぶりとなる記録的な円安水準。コロナ禍に加えて逆風が相次ぎ、日本企業を取り巻く環境は厳しさを増している。そんななか「混迷が深まる今こそ、幾多の危機を乗り越えて存続する老舗企業の経営戦略から学ぶべき」と指摘するのが、東洋経済新報社の編集委員で、『何があっても潰れない会社 100年続く企業の法則』(SB新書)の著者・田宮寛之氏だ。

老舗企業の経営者と社員への濃密な取材から明らかになった、危機に見舞われても揺らがない老舗の経営戦略を聞いた。

* * *

――老舗企業は、「時代の変化に取り残されて苦労している」とか、あるいは「ずっとぶれない」といったイメージが強かったんですが、本書は「現代において危機対応や経営戦略を学ぶ教材」と位置づけていて新鮮でした。

田宮 東洋経済の記者として長年にわたり企業取材を重ねるうちに、老舗企業の経営戦略が現代でも十分に通用すると気づいたんです。極めて現代的と思われている経営課題であっても、実は老舗企業がとっくに解を出して実践してきたことだったりするんですよ。

例えば、岸田政権が推し進める「新しい資本主義」の骨格をなす「公益資本主義」。「会社は社会の公器であるから、従業員や顧客、取引先はもちろん地域社会にも貢献すべし」といった発想は、老舗企業にとってかなり普遍的な経営哲学です。

――本書では老舗の経営戦略を大きく3つの章に分類して整理していますが、そのひとつとして「目先の利益より、公共の利益を重んじる」という章を設けていますね。

田宮 ええ。「公共性」は老舗企業の多くが重視しているんですよ。本書で取り上げた企業では、かつお節メーカーのにんべん(1699年創業)が印象的です。同社の代名詞といえば、削り節を小分けして風味が落ちないよう窒素ガスと共に密封した「フレッシュパック」。手軽な化学調味料に押されてかつお節の需要が先細る高度成長期に、社運をかけて開発した商品でした。

家庭で加工する必要のない削り節は必要なときにすぐに使えて化学調味料の対抗馬としては有望なのですが、風味が落ちやすく、家庭でおいしさを維持しながら保存するのは難しいという欠点があった。

フレッシュパックはその弱みを、酸素を通しにくいフィルムと窒素ガスの組み合わせで克服。当時の最新技術を組み合わせた画期的な商品で、にんべんは開発に当たって特許を取得しました。ところが、その後の行動が面白い。苦労して取得した特許を他社に開放したんです。

――普通に考えれば自社の優位性を損ないかねない判断ですよね。なぜそんなことを?

田宮 自社の利益よりも業界全体の再成長を優先したんです。当時は食生活の欧米化や化学調味料の普及が著しく、かつお節業界は衰退の瀬戸際まで追い込まれていました。にんべんは技術を公開することで、業界一丸となってかつお節需要を掘り起こしたほうが良いと判断したわけです。

その後、同社の狙いどおりかつお節のマーケットは拡大。追随する形でカツオ漁業も活況となり、農林水産省から天皇杯を受賞しています。

技術を独占しなかったことで、かつお節の需要維持を通じて和食の文化を守り、さらには他領域の産業にまでプラスの効果を波及させた。一企業であっても、経営判断次第で事業利益を追求しながらも公益に資する取り組みができます。長く存続する企業は、業歴のどこかでにんべんのような取り組みをしていることが多いですね。

――広く支持を集める取り組みが、長く事業を続けるための秘訣(ひけつ)でもあるわけですね。この発想は、最近議論されているCSR(企業の社会的責任)やサステナビリティ(持続可能性)にも通じる面がありそうです。

田宮 まさにそうです。次々と登場する新しい概念も、よくよく見ると、すでに老舗企業が実践していたことの焼き直しにすぎないケースがあります。例えば、「女性活躍」や「ダイバーシティ」。こちらもすでに解を見つけている老舗が存在します。 

例えば、寺社建築を得意とする金剛組。同社の創業は西暦578年で、なんと飛鳥時代。聖徳太子の招きで百済(くだら)から渡来した工匠が創業したという由来がある、世界で一番古い企業です。同社が現在も存続しているのは、1930年代の昭和大恐慌と戦時下の経営危機を乗り切った豪腕の女棟梁のおかげなんです。

恐慌で仕事が激減して前棟梁が自殺し、その妻が棟梁を継いだのですが、当時1400年近く続く同社の歴史の中で女性が棟梁になるのは初。男社会で腕を頼りに生きてきた職人たちを束ねなければならなかった。

――継ぐほうも女性棟梁を受け入れる職人たちも、ひとかたならない葛藤がありそうですが、よく変化を受け入れられましたね。老舗企業の社風や経営体制は融通が利かないのかと思っていました。

田宮 イメージに反するかもしれませんが、実力本位で後継者を決めてきた老舗企業は多いんです。直系の長男が健在でも、実力が家業を継ぐに足りないなら分家や婿養子が後を継ぐ。金剛組もそのような伝統があり、江戸時代の第25代から第40代の棟梁のうち10人が次男以下や他家からの養子出身でした。

一度は棟梁に就任したものの、能力不足で解任された者さえいます。つまり金剛組には民主的な経営の仕組みがあり、それが1400年で初の女性棟梁受け入れの下地になった。そして、世界一古い伝統の技術を今に受け継ぐことに成功しているわけです。

――老舗企業は意外に柔軟なんですね。

田宮 はい。金剛組に限らず、経営体制や事業内容を時代の変化に合わせて柔軟に変えてきたからこそ、老舗企業は長く続いてきたといえます。時の試練に耐えた実績がある老舗企業は、今後もしぶとく生き残るでしょう。

その知恵を読み解くケースブックとして本書を読んでいただければうれしいですね。また、本書では18社しか取り上げることができませんでしたが、国内には創業100年以上の企業が約4万社、1000年を超える企業も10~20社ほどあります。

まだまだ老舗の隠れた知恵は多いはずです。本書をきっかけに、老舗企業に関心を持つ人が増えたら著者冥利(みょうり)に尽きますね。

●田宮寛之(たみや・ひろゆき)
経済ジャーナリスト、東洋経済新報社記者・編集委員、拓殖大学客員教授、明治大学講師。日本経済新聞グループの日経ラジオ社、米国ウィスコンシン州ワパン高校教員を経て1993年東洋経済新報社に入社。企業情報部や金融証券部、名古屋支社で記者として活動した後、『週刊東洋経済』編集部デスクとなる。2016年から現職。著書に『2027 日本を変えるすごい会社』(自由国民社)、『みんなが知らない超優良企業』(講談社+α新書)など

■『何があっても潰れない会社 100年続く企業の法則』
SB新書 990円(税込)
日本企業の平均年齢をご存じだろうか? 正解は37.5歳。企業は長く存続するだけでも大変なのだ。一方で、長寿企業が最も多い国は? この答えは、日本である。創業100年超の企業は4万769社で、これは世界最多だった。不況、マーケットの縮小、後継者の不在、ビジネスモデルの変化、不況、天災、戦争......さまざまな苦難に直面してもなお生き残るための極意を、数多くの老舗企業への綿密な取材によってひもとくノンフィクション

★『“本”人襲撃!』は毎週火曜日更新!★