『SASUKE』の第1回から制作に携わり、現在も総合演出を務める乾雅人氏(右から2人目)

“名もなきアスリートたちのオリンピック”――TBSのヒット番組『SASUKE』が、今年で放送開始から21年になる。現在、世界165の国と地域でオンエア。オリジナル版も制作され、もはやSASUKEは世界共通語といっても過言ではないだろう。

第1回から制作に携わり、現在も総合演出を務める乾雅人氏が語った誕生秘話と出場の選考基準とは――?

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―3月26日(月)19時より第35回大会が放送されますが、そもそも『SASUKE』はどんな経緯で始まったんですか? 

 最初は『筋肉番付』というスポーツ番組の特番として1997年にスタートしました。100人の出場者が、障害物のある4つのステージをクリアするという構成は現在と一緒ですが、最初は全くの見切り発車。何しろ1stステージが終わった時点で何人がクリアできるか予想さえ全くつかなかったんです(笑)。

案の定、収録も朝までかかったりして各方面から怒られました。まさかこんなに続くとは思っていませんでした。

―SASUKEでまず面白いのは、出場選手の多彩さ。五輪メダリストやトップアスリートをはじめ、俳優、タレント、漁師、ガソリンスタンドの店員さん、靴メーカーの営業マン。毎回、職種も実に幅広い。応募者も相当来るそうですが、どんな選考基準があるんですか? 

 出場者は一業種ひとりを軸として100人選びます。今回は3千超の応募が来ました。今一番多いのはジムのトレーナーさん。毎回500通はきます。逆に、出てほしいのは農家の方です。

選考の基準? 身体能力もそうですが、大事なのは広い意味で「男前」なことですね。時々、勘違いをされるのですが、SASUKEはスポーツ選手権ではないんです。様々な職種の人が頑張る姿を見せる…そういう番組で、視聴者が応援したくなる人間性を重視しています。

―番組ではそんな出場者たちのストーリーが端々に描かれています。活躍を通じて仕事で成功した者、自宅にセットを作り練習に励む者、家族を巻き込んでのめり込む者、練習時間確保のため転職する者…。 

 きっかけは、“ミスターSASUKE”こと山田勝己さんなんです。山田さんはSASUKEにのめり込むあまり、出場者で初めて「スパイダーウォーク」や「そり立つ壁」などのセットを自宅に作り、しかも練習時間の確保のため仕事も辞めてしまった。いつしかSASUKEひと筋の人生を送るようになったんです。

そんな彼のストーリーを第3回大会の放送から組み込んだら、番組が一気に人間臭いものに変わった。それがSASUKEの大きな柱になったんです。以降、一見くだらないと思われることに命をかけて挑んでいる。バカバカしいけどカッコよくない?と、そういう生の人間ドラマを描こうと強く意識しています。

“ミスターSASUKE”こと山田勝己さん(中央)。現在は引退し、自身が成しえなかった完全制覇の夢を弟子たちに託し、その指導に励んでいる。写真右は“海苔”こと小畑仁志(さとし、今大会はゼッケン62で登場)。左は“SEGA”こと山本浩茂(ひろしげ、今大会はゼッケン61で登場)。共に山田軍団「黒虎」のメンバー。

SASUKEが生んだモンスターはふたりだけ

―今回、弟子(山田軍団「黒虎」)の応援で会場にきていた山田さんに「あなたにとってSASUKEとは?」という質問をしたら「SASUKEとは、俺ですね」という答えが返ってきました(*他の出場者は「大人になっても輝ける場所」「自分との戦い」「仲間と喜びを分かち合うもの」などと回答)。

 (笑)

―「俺もずっとSASUKEを見ているし、SASUKEも俺を見ている」と。

 僕はSASUKEが生んだモンスターはふたりだけしかいないと思っていて。ひとりは間違いなく山田勝己。彼がいたからその後に長野誠さん(※)ら、後に続く者が出てきた。もうひとりが、3年前に4人目の完全制覇者となった“SASUKEくん”こと森本裕介くんです。 ※史上ふたり目の完全制覇者で“最強の漁師”。現在は引退しているがいまだにカリスマ的な人気を誇る

―また、出場者同士に芽生える友情も実に興味深いです。共に苦しい特訓をしたり、合宿したり。しかもそこには職業も年齢も一切関係ない。SASUKEセットを新居の庭に作った“最強の電気店店長”日置将士(ひおき・まさし)さんの自宅にジャニーズ事務所所属の塚田僚一さん(A.B.C-Z)やゴールデンボンバーの樽美酒研二(ダルビッシュ・ケンジ)さんらが訪れると聞きましたが、町の電気屋さんとアイドルが一緒に汗まみれになっている光景が見られるのはSASUKEならではです。 

 僕も最初は意外でした。普段は全く別の世界にいるのに、一緒に抱き合って泣いたり喜んだりしているわけですから。

ただ、SASUKEは順位を競うものではないんです。完全制覇できなければ全員が負け。だから、出場者はライバルじゃない。目標を達成するために努力する部活の仲間みたいなものなんです。友情が芽生えるのは先輩が後輩に手ほどきをするのと一緒で自然なことなんですよね。

―そんな彼らがトップアスリートでも容易にクリアできない難易度の高い障害物を次々と突破していく。そこには爽快な感動があります。

乾 SASUKEの障害物は普通に鍛えているだけじゃクリアできないんです。「サーモンラダー」という、両手で握ったバーを突起に引っ掛け、体を持ち上げるエリア。あれは腕力だけでなく「ジャンプする懸垂」の動きが必要です。「ウルトラクレイジークリフハンガー」という、3㎝幅の突起に指だけでぶら下がって移動するエリアもそう。指の力に加え、独自のバランスの取り方が重要になる。

出場者でもある格闘家の武尊(たける)くんは“SASUKE筋”と呼んでいましたが、クリアするには特化した筋肉やコツが要るんです。五輪メダリストや日本代表選手も出場しますが、結果を出せるのは漁師や靴メーカーの営業などSASUKEに人生の一部をかけてきた人ばかり。ここはそんな一般の人たちが輝ける場としてあるんです。だから僕は最初、“名もなきアスリートたちのオリンピック”と呼んでいました。

●後編⇒『SASUKE』総合演出が語った番組誕生&制作秘話「モチーフになっているのは、あの世界的人気ゲームです」

(取材・文/大野智己 撮影/本田雄士 協力/TBS)

“子煩悩店長”こと、キタガワ電気店長・日置将士(今大会はゼッケン60で登場)。「元々、自分の彼女にいいところを見せようとお台場にあった『マッスルパーク』(SASUKEのエリアに挑戦できる施設。現在は閉園)に行ったんです。ところが醜態を晒(さら)しちゃって。悔しいからトレーニングを積むうちに本家のSASUKEにも出られるようになって。それをずっと応援してくれていた彼女が、現在の妻です。今は家にセットを作り、ふたりの子供も応援してくれています。SASUKEはもう僕だけのものでなく、家族のものになっています」

●発売中の『週刊プレイボーイ』14号では「SASUKE大特集」を掲載。そちらもご覧ください!

■乾 雅人 INUI MASATO1964年生まれ、TV演出家。『ゼウス』『SASUKE』『KUNOICHI』など数々の番組演出を手掛ける。SASUKE出場者、ファンからは“城主”として知られている。FOLCOM.代表