「著者の田中稲さんは、自分の気持ちに通じる『単語』が好き。この本は、超短編小説が1008個入っているようなものですね」と語る石黒謙吾氏

終戦からざっと数えて40年間の長きにわたり、人々の喜怒哀楽に寄り添ってきた昭和歌謡。その昭和歌謡に頻出する単語を集めた本が出た。収録単語数はなんと、1008語。

五十音順に並んでいるので、こんな楽しみ方もできる。日常生活でふと気になった単語を引いてみるのだ。例えば......。

「自分がモテると自覚し、その恩恵をおおいに楽しむ男性。『来るもの拒まず去るもの追わず』の典型。遊び慣れているから、しぐさも自信に溢れ、女性を喜ばせるのが上手なので、ノリは軽いがなにをやっても慕われる」(「プレイボーイ」の全文)。

今回は『昭和歌謡 出る単 1008語』著者の田中稲氏ではなく、企画・プロデュース・編集の石黒謙吾氏をお招きした。常時30もの企画を動かす辣腕(らつわん)編集者にして著述家、キャンディーズファンで新生「全キャン連」代表、さらには知る人ぞ知る「分類王」の称号を持つ彼に、本作りの現場を多角的に語ってもらった。

* * *

──どのような読者層をターゲットに想定していましたか?

石黒 僕はあんまりターゲット決めませんね。ある程度想起はできますが、僕が考えても本の売れ行きはそういうふうに動いていかないので。

ただ、「昭和歌謡」だと、簡単に言うとダサいんです。おっさんくさいんですよ(笑)。若い人が読みたがらないのはいやだったので、デザインもこみこみでイメージしていました。挿絵の上村一夫さんの絵は最近若い人にも推されているし、ターゲットとしては、年配層と若年層と両天秤にかけたみたいなイメージはあります。

僕は今57歳なんですけど、メインの対象は45歳から60歳くらいまでかな。もっとずっと下の、昭和歌謡をYouTubeでしか知らない世代も視野に入れて、という気持ちで作りました。

──デザインやコンセプトがおもしろいので手に取る方も多いのではないでしょうか?

石黒 こういう本を作るときは、刺さる人に刺されば、というのがありますので。僕は最初、1ページに単語を5個入れる構成で企画を通したんですね。それで装丁の寄藤(よりふじ)(文平)さんと打ち合わせしたら、「1ページ4個にして、分厚くしたほうがいいんじゃない?」って言われて。

結果的にそれでよかったです。そこがやっぱり寄藤さんのすごいところで。大きいことはこっちで考えますけど、中ぐらいのことはデザイナーさんに決めてもらってよくなることが多々です。

──この本では1008の単語を五十音順に並べていますが、例えばジャンルごとに分類するといった構成もありだったのではないでしょうか? 「分類王」の石黒さんとしては......。

石黒 はい、僕は分けるの大好きなんですけど、分けたほうがおもしろくなるものとそうじゃないものがあると思ってまして。一瞬、分類する案も考えたんですけど、それだと普通の本になっちゃうんですね。

分けないほうが様式美として成り立つんじゃないか、五十音順にいろんなジャンルの言葉が出てくるからこそ飽きないんじゃないかと思います。僕自身、辞書的な作りの本が好きだというのもありますが。

──その分「コラム」が分類を受け持っているようです。「名前で見る昭和歌謡」とか「小道具で見る昭和歌謡」とか。

石黒 これはもう、田中さんの発想が秀逸だなあと思いました。コラム10個くらいやりましょうって話して、ちょっと送ってもらったらすごくおもしろくて、これはそのままいける、と。ホント、うまいですよ。こう言っちゃなんですが、一語一語の解説よりコラムのほうが、彼女の味が出ています。

──本の中で、石黒さんご自身がお好きな単語はなんですか?

石黒 (本を開いて)うーん、そこらじゅうにありますよ。......あ、「エトランゼ」好きですね。これもキャンディーズの歌に出てくるんで。なんかこう、日常会話に出てこないのが好きですね。「うぶ」なんてのもね、まあ、言わなくはないですけど。「逃避行」とか、いいですね~。

田中さんは僕より7つくらい下なんですよ。だから僕だったらこのへん拾うだろうな、って言葉が入ってなかったりします。

──「年上の女」は入っていますが、「年下の男」はありません。その代わりに「あいつ」の項目でフォローされてるような(笑)。

石黒 単語の選択については僕はあえてディレクションしてないんですけど、曲名については、田中さんが知らないキャンディーズの曲をばんばん入れました(笑)。

そういえば「年下の男」とか全然忘れてましたね。僕もゲラの段階で「あれ? この言葉入ってなかったっけ?」と思って見当たらなかったということがけっこうあって、「あ、これ余裕でもう一冊いけるな」と(笑)。

──今、「長崎」があるか調べてみたら出てませんでした。

石黒 ないんだっけ? めっちゃ意外。長崎なんて、真っ先に出てきそうなのにね。募集したいくらいですね。サイトでも作って、「ないのがあったら教えてください」て(笑)。

──「チャイナタウン」は出てますね。

石黒 「チャイナタウン」はいいとこついたよね(笑)。おもしろいのは、田中さん自身が、恋愛も含めたいろんな経験とか自分の気持ちに通じる言葉が好きなんですよ。で、基本的にネガティブな視点で。派手なものをうらやむ視点とかね。だけどまじめな方なので、最初は辞書的な解説になっていたものがかなりあったんです。

だから、「ホントとかウソとか関係ないから、田中さんの決めつけで書いてください」と。そうしないとおもしろくならないから、どんどん暗くしてくれ(笑)、とオーダーしました。それがよくこの原稿に反映されていると思います。

──ものすごく風変わりな私小説のようにも読めますね。

石黒 そうそう。あるひとりの人(著者)の思いが詰まっているというところはあるでしょう。超短編小説が1008個入っているようなものですね。

──最後に、この本の今後の展開の仕方についてですが、帯には「試験に出る(かもしれない)頻出単語」とありますね。いっそのこと本当に試験を作ってみてはいかがでしょう?

石黒 いいですね、昭和歌謡検定か。そのときはJASRACと一緒にやればいいんじゃないかなあ。「あなた方もメリットあるでしょ」って口説いて(笑)。

●石黒謙吾(いしぐろ・けんご)
1961年生まれ、石川県出身。著述家・編集者・分類王。著書は『盲導犬クイールの一生』『分類脳で地アタマが良くなる』『2択思考』『図解でユカイ』『ダジャレヌーヴォー』『エア新書』など、硬軟もろもろ。プロデュース&編書『もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら』『ジワジワ来る○○』『負け美女』ほか250冊ほど

■『昭和歌謡 出る単 1008語』
(誠文堂新光社 1500円+税)
「しのび逢い」「エトランゼ」「摩天楼」「ろくでなし」「ジェームズ・ディーン」など、昭和歌謡に登場する言葉を『でる単』風に集めた異色の一冊。数多くの書籍を手がけてきた石黒謙吾氏が本書の企画・プロデュース・編集を担当し、著述家の田中稲氏が昭和歌謡の世界観を独自の視点で読み解いていく。昭和叙情絵師・上村一夫氏の作品16点も必見。昭和歌謡を知っている人はもちろん、まったく知らない人なら逆に新鮮にとらえられるはず!

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