日本のお笑いの聖地にして最激戦区・大阪で今、ひときわ注目を集めるコンビがいる。高校生日本一を決める「ハイスクールマンザイ」で今年、優勝したアグレッシブだ。
大御所芸人もお墨付きを与える、プロ顔負けの向上心とプライドはいったい、どのように育まれたのか?
* * *
■「劇場でやっているプロの若手よりもうまい」
「超えられんやろ」と誰もが思った。が、超えた。
2018年9月2日、お笑いの聖地・大阪のNGK(なんばグランド花月)で開催された「ハイスクールマンザイ2018」決勝ラウンド。最後から2番目に出場した前年の王者・アンドロイドがネタを終えたときは、審査員席でも今年もアンドロイドで決まりだなという空気が漂っていたという。審査委員長のオール巨人が振り返る。
「またアンドロイドが獲ったなって言うてて。これは超えられんやろと。そしたら(最終組が)超えてきたんで、よけいびっくりしたんです」
ハイスクールマンザイ、略して「ハイマン」。よしもとクリエイティブ・エージェンシーが主催する高校生の漫才コンテストだ。前身の「M-1甲子園」から数え、今年で16回目を迎える。
今大会は全国で664組がエントリーし、2分以内のネタ動画審査を通過した者たちが6地域8会場に分かれて準決勝を戦い、8組(近畿、関東は2代表)が決勝に残った。優勝者には賞金50万円と、NSC(吉本の芸人養成学校)に入る場合は授業料免除の特典が与えられる。
最終組は、アンドロイドと同じ近畿エリア代表のアグレッシブという高校3年生のコンビだった。ジャニーズ系のツッコミ担当・日下部瑠可(くさかべ・るか)と、ガテン系のボケ担当・高木陽也(たかぎ・はるや)の凸凹コンビだ。
アグレッシブは登場したときから身のこなし、声の張り、勢いがほかのコンビとは別次元だった。日下部のツッコミが流れをつくり、高木が生き生きとそれに乗っかっていく。迷子になった子供を演じる高木は、名前を聞かれ、「星」に「戻(る)」と書いて「スターバックス」と読むとボケをかまし、大爆笑を誘った。
この一撃で客の心をつかんだアグレッシブは、怒濤(どとう)のごとき「しゃべくり」で客を爆笑の渦に巻き込んでいく。彼らと会場の一体感は、漫才の神様が舞い降りたかのような3分間だった。
そして、結果発表――。ドラム音に続き、オール巨人が優勝コンビをコールした。
「アグレッシブ!」
その瞬間、日下部は絶叫して膝をかがめ、舞台すれすれのところから天に向かって豪快に右こぶしを突き上げた。インタビューで感想を求められると、これまで世話になった人たちへの感謝を伝え、「涙もろいんです......」と人目もはばからずに涙を流した。
7人の審査員のうち6人がアグレッシブを推すという文句なしの優勝だった。第1回大会から審査員を務めるオール巨人はこううなった。
「これまで見た(優勝コンビの)中で、一番プロに近い。NSC入らんでも、舞台に立てるんちゃうかな」
MCを務めたタカアンドトシのタカもこう絶賛した。
「劇場でやっているプロの若手よりもうまい感じがした」
■同地域、同学年のライバル物語
兵庫県宝塚市出身の日下部と高木は現在、別々の高校に通うが、幼稚園と中学が一緒だった。中学時代、学芸会などの学校行事があるといつもつるんでいた4、5人の仲間で漫才やコントを演じた。
そんなふたりがコンビを組んだのは高1の夏。数人で海へ遊びに行き、泳ぎ疲れたふたりは砂浜でお笑いについて語り合っていた。ふとしたタイミングで、日下部が言った。
「おまえと漫才したいな」
そのとき、互いに高校入学後に見つけた相方がすでにいた。ただ、どこかで日下部は高木の反応を求めていたし、高木は日下部のネタを欲していた。日下部が言う。
「中学時代、いろんなやつに、あれやってきて、これやってきてって言うてて、高木が一番おもしろかった」
一方の高木は、こう話す。
「中2のとき、学年集会で初めて瑠可のネタをやったんですけど、めちゃめちゃウケて。あのときの気持ちよさがずっと忘れられないんです」
相思相愛だった。
アグレッシブは日下部がネタを作る。高木も書いたことがあるが、日下部に「日記かと思った」と強烈なダメ出しをされたそうだ。高木が申し訳なさそうに話す。
「僕はめっちゃ受け身。瑠可はネタ合わせをするとき顔つきが変わるんです。僕は周りの意見に流されやすいんで、瑠可には自分の意見をちゃんと持てよってよく言われます」
日下部はこれまで20本以上ネタを書いたが、客前でできるのは5本程度だという。
「これはアリやなと思えたら、人前で見せる。高木におもしろくないって言われてもやります。案外、いけるんで」
もちろん、それでもスベるときはスベる。「ウケんかったら帰りたいです、マジで」と日下部が言えば、高木も「ウケないと3分が30分ぐらいに感じられる。死にたくなりますね」と同調した。
ハイマンの優勝を「高校時代の夢」と語っていた日下部だが、理想の相方を得て臨んだ昨年は準決勝敗退。このとき、決勝に進出したのが同じ高校2年生コンビのアンドロイドだった。今年の準決勝はエントリー会場が別々だったが昨年は一緒だったのだ。日下部はライバル心を隠さない。
「ウケの量でいったら、去年は自分たちのほうが上だった。勝ったなって思いました。だから来年は絶対やってやるって」
高木も結果発表のときは自信満々だった。
「絶対、自分たちだと思っていたので、アンドロイドって言われた瞬間、頭の中が真っ白になった。瑠可はすぐにぶわーって歩いていっちゃって。だから最後の記念撮影、僕らは写ってないんです」
■突出した"場慣れ感"のワケ
一方、アンドロイドもアグレッシブと同じく兵庫県出身だ。ツッコミ担当の岸 翔大(きし・しょうだい)は小学生のときから校内で漫才をしていたという筋金入り。「小学校4年生のときに漫才師になるって決めた」と語る。中学生になるとショッピングセンターのイベントなどでも漫才を披露するようになり、年に20回くらいは舞台に立った。
中学を卒業すると同時に、それまで6年間コンビを組んでいた相方とは別れた。そして高校入学後、「ハイマンに出たかった」と、現在の相方である岡島晃佑(おかじま・こうすけ)に声をかけた。岡島は中学時代に所属していたサッカーチームの仲間だった。
自ら「お調子者なんで」と話す岡島は、岸の誘いをふたつ返事で受けた。最初は軽い気持ちだったが、高1で出場したハイマンの準決勝で敗退し、心を入れ替えたという。
「負けた後、1週間ぐらいネタ合わせをまったくしない時期があって。そんなこと初めてだったんで、岸はよっぽどショックだったんやなと。そんなにガチやったとは知らなくて。そのとき本気でやらな悪いと思いましたね」
ネタ合わせは、いつも近所の公園だった。岸が言う。
「ヤンキーとかもけっこうおって最初はやりにくいなーと思ってたんですけど、すぐ気にならなくなりましたね」
ふたりの「本気」は、昨年のハイマン優勝という形で結実した。以降、地元商工会のイベントなどからも声がかかるようになり、今では地元のラジオ放送局でレギュラー番組を務めるまでになった。
同地域で同学年のライバルがスポットライトを浴びるなか、決勝の舞台すら踏めなかったアグレッシブはそこからギアを上げた。それまでも月1回程度、大阪のインディーズライブに出演していたが、その回数を月10回以上に増やした。多いときは週5日出ることもあったという。
高木の高校は京都との県境の篠山(ささやま)市にある。交通の便が悪く、放課後、大阪への移動は毎日、綱渡りだった。
「学校から最寄りの駅まで片道17kmぐらいあるんです。必死に自転車を漕(こ)いで電車に飛び乗るんですけど、それでも入り時間の5時半に間に合うかどうかギリギリ。僕は通学にも時間がかかるんで毎朝5時起きなんです。だからライブが何日も続くときはほんま、しんどかったですね」
大阪ではインディーズと呼ばれる50人から200人規模のお笑いライブがいくつも開催されていて、プロも出演して鎬(しのぎ)を削っている。なかでも関西随一ともいわれる「コメディスタジアム」を主催する構成作家のながいまるが話す。
「関西は芸人の層が厚いんで、舞台に飢えている芸人がいくらでもいる。そういう芸人のためにこうした小さなライブがいくつもあるんです。和牛やウーマンラッシュアワー、ミキ、とろサーモンなどもここで腕を磨いてオーディションを勝ち抜き、吉本所属になりました。コンビ別れを繰り返していたウーマンの村本大輔なんかは当時から本当にギラギラしていましたから。アグレッシブもアンドロイドもそういう環境のなかで磨かれていったんです」
今大会、近畿エリア代表であるアグレッシブとアンドロイドの「場慣れ感」は突出していたが、それは当然といえば当然なのかもしれない。
ただ、速く走ろうとすればするほど小さな操作ミスが「大事故」に発展する。アグレッシブのふたりがネタ本番中に衝突したのは、ハイマン決勝の1ヵ月半ほど前、3日連続ライブがあった3日目のことだった。高木が振り返る。
「本番中に僕がネタを忘れちゃったんです。大会が近いのでふたりともすごくピリピリしていたんですが、学校の疲れもやばくて......リカバリーしようと思ってもできなかった。そうしたら瑠可が舞台の上でわざわざ言うんですよ。『こいつ今、ネタ飛ばしましたわ』って。あまりにムカついたんで、途中でやめて帰ったんです」
高木は家に帰り、さすがにやりすぎたと反省し、日下部に謝罪の電話をかけた。
「そしたら瑠可も悪かったって言ってくれて」
そう言って、そのとき浮かべたであろう安堵(あんど)の表情を見せた。
■もっといい相方が現れたらどうする?
高校生お笑いNo.1を決めるハイマン。昨年はアグレッシブが苦杯を嘗(な)めたが、今年はアンドロイドが屈辱を味わった。岸は歯噛みする。
「負ける相手だとは思ってないんですけどね。ただ、今回は僕らに勢いがなかった気がする。守りに入ってたんかな......。こんな思いをするんなら、まだ、ほかの地区のコンビが優勝したほうがよかったですね」
アグレッシブもアンドロイドも互いを強烈に意識している。2組はライブ後に一緒に食事に行くことはあるが、お笑いの話題になることはまずないという。
両コンビは今年のM-1予選にも出場し、共に3回戦で敗れた。だが、今後も漫才を続けていくならば2組はまた交錯し、時に火花を散らし合うことになるかもしれない。アンドロイドの岸はこう夢を語った。
「大阪の劇場を基盤にやっていって、いつか上方漫才大賞を獲りたいですね」
上方漫才大賞は、その年、最も活躍した漫才師に贈られる関西では最高の栄誉だ。古くは横山やすし・西川きよし、近年ではダウンタウンやブラックマヨネーズなど、各時代を代表するコンビが戴冠している。アンドロイドのふたりは高校を卒業したらNSCに入学するつもりだという。
一方、アグレッシブの日下部は、「中学のときからNGKで単独(ライブ)をやるのが夢だった」と語る。NGKでライブをするには吉本の芸人にならなければならないが、進路については、まだ迷っているようだった。
アグレッシブのふたりに少しイジワルな質問をした。
――今後、互いにもっといい相方が現れたらどうする?
複雑な表情を浮かべる高木を尻目に、日下部はあっさりと言った。
「絶対、そっち行きますね」
半分はジョークだろう。そして、もう半分は芸のためになれ合いは拒絶するという、18歳にしてすでに芽生えている強い覚悟だった。