けやき坂46の初単独イベント「ひらがなおもてなし会」は、メンバーたちの勝負強さとステージを楽しもうとする姿勢、そして欅坂46メンバーの協力もあり、充実したものになった。

また、欅坂46の3rdシングル『二人セゾン』に収録されたけやき坂46の2曲目のオリジナル曲『誰よりも高く跳べ!』は、後にグループの代表曲にまで成長するポテンシャルを秘めていた。

しかし、「おもてなし会」以後の数ヵ月間、けやき坂46にはほとんど活躍の場が与えられなかった。

「私たち、このまま解散するのかな......」

不安を募らせていくメンバーたち。そんななか、いつも明るく振る舞う潮紗理菜の姿があった。

■オーディションに合格した者の"使命"

物語は2015年に遡る。

この年の大晦日、潮紗理菜は時計の針をにらみながら携帯に文字を打ち込んでいた。その日の23時59分に締め切りを迎えるけやき坂46のオーディションのWeb応募フォームに必要事項を記入していたのだ。毎年家族で見ていた『NHK紅白歌合戦』も乃木坂46のステージだけ見て、あとは部屋にこもって何度も文章を作り直し、ようやく送信したのは締め切りの数分前だった。

彼女がけやき坂46のオーディションを受けようと決めたのは、その前日のことだった。

「そんなに乃木坂が好きなら、オーディション受けてみたら?」

潮が大の乃木坂46ファンだということを知っていた親友が、同じ〝坂道シリーズ〟であるけやき坂46のオーディションを勧めてくれたのだ。

潮はグループの結成時からのファンだった。彼女たちの冠番組『乃木坂って、どこ?』も初回からずっと録画していたし、白石麻衣や西野七瀬の握手会に行ったこともある。

ただ、自分がアイドルになれるとは思っていなかった。乃木坂46の2期生や欅坂46のオーディションにも応募しなかった。それが今回に限って親友の勧めで受けてみる気になったのは、ひとえにタイミングの妙だった。

この年、高校3年生だった潮は11月には大学の推薦試験に合格して進学を決めていた。小学1年生のときから続けていたクラシックバレエも高3に上がるときにやめていたので、もう大学の入学式までは気楽に過ごせばいいはずだった。しかし、まじめな潮は受験勉強に打ち込む周りの友達を見て「私も何かしなきゃ」と思っていた。

そんなときにオーディションを勧めてくれた上に、「写真は今から私の家で撮ってあげる」と言ってくれた親友の優しさに後押しされ、けやき坂46のメンバー募集に応募したのだ。

そして、まさか受かるはずがないとは思っていた潮だったが、予想とは裏腹に順調に審査を通過していく。

やがて春が来て大学に入学した頃、インターネット上の配信サービス「SHOWROOM」で候補者による個人配信が行なわれることになった。

このとき、娘のことを心配した親からこんなことを言われた。

「大学に入ったばかりなのに、ネットで顔を出して落ちたらどうするの。"オーディションに落ちたコだ"って学校に広まったら、新しい友達ができなくなるかもしれないよ」

娘と同様、親も彼女が合格するとは思っていなかった。潮は親の言うとおり顔出しはせずに配信し、続く最終審査にも「これからアイドルになるコを見に行く」つもりで参加した。

だが、潮はこの最終審査にも受かってしまう。書類の応募総数から数えると実に倍率1000倍を超える狭き門だった。しかしこの段階で親から強く反対されてしまう。

「アイドルになって人前に立ったら、傷つくこともいっぱいあるんだよ。紗理菜には大学を卒業して安定した仕事に就いて、普通の幸せを手に入れてほしい」

親が言うことはもっともだと思った。ここで辞退したほうが自分の人生にとってはいいのかもしれない――。だが、このときの潮にはどうしても親の言うとおりにはできない理由があった。

オーディションの途中、彼女はひとりの候補者と仲良くなっていた。ある段階で、自分が審査に通過してこのコが落ちたとき、こんなことを言われた。

「絶対にアイドルになって、私の分まで頑張ってね」

実は、このとき潮はひとつ勘違いをしていた。オーディションというものは合格者の数が最初から決まっていると思い込んでいたのだ。つまり、自分が合格した分、誰かが落ちたのだと思っていた。

今となっては勘違いだとわかるが、潮はあの仲良くなった女の子やほかの多くの候補者たちに対して責任を感じた。そしてほかの誰でもない自分が受かったことには何か意味があるんだと考えるようになった。

「きっとこれは私の運命なんだ。その運命を受け入れて、ほかの子の分まで頑張るのが私のやるべきことなんだ」

そして潮は両親を説得し、けやき坂46のメンバーになったのだった。

だが、彼女の親が懸念していたことはすぐに現実になってしまう。

2017年3月21日、22日にZepp Tokyoで行なわれた初単独ライブ「けやき坂46 1stワンマンライブ」の模様

■乃木坂46から学んだ笑顔の力

最終審査から数日後、新しくけやき坂46のメンバーになった11人の写真が公開された。これは最終審査の日に撮られたもので、髪型もメイクも表情も素人っぽさを感じさせるビジュアルだった。

やはりファンの反応が気になってしまい、大学にいるときに携帯で自分の名前を検索した潮は、そこに並んでいた言葉に衝撃を受けた。

「なんでアイドルになれたの?」

「このコがけやきに入った意味がわからない」

「私のほうが向いてる」......etc.

なかには、今まで生きてきたなかで言われたことがないようなひどい言葉もあった。後に、中学の頃に仲が良かった友達まで自分のことを悪く言っていることを知った。それからは、地元でも知り合いに会わないように俯いて歩くようになった。

彼女自身は、影で悪口を言うという発想さえなかった性格だけに、強いショックを受け、人間不信に陥りかけた。アイドルになってから初めて知る苦しさだった。

このままだと自分が壊れる――。スタッフと面談したとき、彼女は泣きながら訴えた。

「もうダメです。耐えられません。......辞めさせてください」

それに対してスタッフが答えた。

「今の乃木坂のメンバーも、みんな最初はそう言って泣いてた。でも、ひとつだけ言えるのは『あのとき辞めなくてよかった』『続けてよかった』って思える日が絶対に来る。ここで辞めるのは簡単だけど、もう一度戻ってくるのは簡単じゃない。だからもう少しだけ頑張ろう」

根が素直でまじめな潮は、この言葉を聞いて踏みとどまった。ネットを見てもネガティブになってしまうだけなので、自分に関する情報は遠ざけた。

しかし、けやき坂46の活動が本格的に始まると潮にもアイドルの楽しさがわかってきた。もともと話好きだったので、インタビューをしてもらったり握手会でファンと話すことがとても楽しく感じた。何より、ダンスはほかでは得られない喜びを与えてくれた。

もともとバレエに打ち込んでいた潮は、踊ることが大好きだった。普段はにこにこしているのに曲が流れるとスイッチが入り、クールにも情熱的にも踊ることができる彼女の表現力に、ほかのメンバーはみな感心していた。欅坂46のメンバーを兼任し、平手友梨奈らと一緒にステージに立っていた長濱ねるでさえ、踊っているときの潮の表情の豊かさ、見せ方のうまさには驚かされっぱなしだった。

そんな潮だからこそ、けやき坂46だけでステージに立った「ひらがなおもてなし会」は本当に楽しかったし、これから持ち曲も増えてもっとたくさん踊れると思うとうれしくて仕方がなかった。

だが、「おもてなし会」の後の数ヵ月、けやき坂46にはほとんど活躍の場がなかったのだ。欅坂46と一緒に出た年末の『FNS歌謡祭』では照明も当たらず、録画した映像を見返しても自分の顔さえ判別できなかったときは、つらくて自分が恥ずかしくなった。

「ひらがな(けやき坂46)ってなんなんだろう。私たち、漢字さん(欅坂46)と一緒にやらせてもらってる意味あるのかな。もうお払い箱になっちゃうんじゃないかな」

この時期、家にいるときは毎日のように泣いた。一度不安が頭をもたげると涙が止まらなくなり、眠れない夜もあった。だが、潮はほかのメンバーの前では決して涙を見せなかった。

「みんな今の状況に不安を感じてる。でも、こんなときこそ誰かが笑顔でいなきゃいけないんだ。泣いてるより笑ってるほうが人を元気づけられるから」

笑顔には人を前向きにさせる力がある。そのことを彼女は乃木坂46から学んだ。どんなときも感謝を忘れずに笑顔で頑張っていれば、きっと誰かがそれを見てくれているということも。

ほかのメンバーを鼓舞するように、潮はレッスンでも仕事の現場でも努めて明るく振る舞った。この頃から、業界人の間である評判が交わされるようになった。

「ひらがなの子たちは、みんな明るくて積極的だね。一緒に仕事をしていて気持ちがいいよ」

しかし、彼女たちを外からも見れる立場だった長濱ねるなどからすれば、けやき坂46のメンバーはもとから明るいわけでも積極的なわけでもなかった。むしろ泣き虫で根はネガティブな女のコばかりだった。

ただ、結果を出すための機会もほとんどなかった彼女たちにとって、無理にでも自分を奮い立たせて目の前の仕事に取り組んでいくことは、活動を続けていくためにできる唯一のことだった。そしてそんなけやき坂46の姿勢を象徴するのが潮紗理菜の生き方だったともいえる。

やがて彼女たちに久々のチャンスが巡ってきた。「おもてなし会」から実に5ヵ月後の2017年3月、けやき坂46だけの単独ライブが行なわれることになったのだ。

■ふたりきりの秘密特訓

ライブのタイトルは「けやき坂46 1stワンマンライブ」。特技や演技の発表が中心だった前回の「おもてなし会」とは違い、楽曲披露を軸とする正真正銘の初単独ライブだった。

予定されていた楽曲は、欅坂46の曲を含む11曲。なかにはJackson5の名曲『ABC』といった洋楽もあった。この曲は、子供の頃にジャカルタに住んでいた潮と、台湾に住んでいた佐々木美玲、イギリスに住んでいた高瀬愛奈という3人の帰国子女――通称"3人娘"が英語で披露することになっていた。

もともと世界一周をすることが夢で、けやき坂46のメンバーになってからも海外でのライブを目標に掲げていた潮にとって、待ちに待ったライブで洋楽を歌えることには二重のうれしさがあった。

「ひらがなけやきに入ってよかった。辞めないで頑張ってきて本当によかった」

潮はやる気に満ちあふれていた。しかしその一方で、ステージの内容に不安を感じているメンバーもいた。井口眞緒だ。

けやき坂46の中でもダンスが最も苦手な彼女が、欅坂46の3rdシングル『二人セゾン』のソロパートの踊り手に指名されたのだ。

本家の欅坂46のステージでは、平手友梨奈が踊っているパートである。バレエとコンテンポラリーダンスを融合させた高度な振り付けに加え、大胆なアドリブまで入れる平手のソロは発表当初から大きな評判を呼んでいた。そんなパートを井口が踊る。

「それは冗談ですか? 無理です、無理です。だいたい、なんで私なんですか」

スタッフから指名を受けた井口が泣きそうな顔で訴えると、スタッフは「面白いから」というようなことを言った。それを聞いて井口は泣きだしてしまった。

ここでもメンバーとスタッフの小さなすれ違いが起きている。このときスタッフは「もとからダンスがうまいメンバーが踊るよりも、ダンスの苦手な井口が一生懸命に練習して踊ったほうが面白いじゃない。その姿が人を感動させるんじゃない」と伝えたつもりだった。しかし、井口の頭の中には「面白い」という言葉だけしか残らなかった。

追い詰められてわんわん泣く井口を見て、明るく振る舞ってきた潮も泣いてしまった。自分のことは我慢できても、他人のことになると気持ちが共鳴して抑えられないのだ。

そしてここから、井口のための秘密特訓が始まった。早朝にふたりだけで集まり、ステージで踊る曲を何度も何度も練習した。井口から見て潮はすでにこれ以上ないくらい完璧だったが、井口のほうはリズムを取ることさえ苦労するありさまだった。

特に、『二人セゾン』の中で井口が毎回振り付けを忘れてしまうポイントがあった。ここをなんとか間違えずに踊る方法はないか考えた結果、そのポイントに来たときに潮がウインクで合図を送ることにした。そうすると、なぜか井口もスムーズに振り付けを思い出せるのだ。

このウインクのおかげで、ライブ本番も井口は振りを間違えずに踊ることができた。これに安心した潮が「もう覚えたから大丈夫だよね?」と言うと、井口はこう答えた。

「ううん。これからも紗理菜ちゃんにウインクしてほしいの。踊ってるときに紗理菜ちゃんの顔を見ると、元気が出るの」

このふたりだけの秘密の合図は、今でもステージ上で交わされている。

だが、この初単独ライブの裏側では、ほかにもさまざまな問題が起こっていた。(文中敬称略)

『日向坂46ストーリー~ひらがなからはじめよう~』は毎週月曜日に2~3話ずつ更新。第19回まで全話公開予定です(期間限定公開)。