2017年8月、約1ヵ月にわたって欅坂46の全国ツアーが行なわれた。その直前に発売された1stアルバム『真っ白なものは汚したくなる』の収録曲を中心に据えた、欅坂46にとって初のツアーだった。

けやき坂46も共に全国を回り、新曲『永遠の白線』をはじめとする数曲をパフォーマンスした。また、その合間を縫って秋からスタートするけやき坂46の初主演ドラマ『Re:Mind』のためのワークショップも行なっていた。8月半ばには、けやき坂46の2期生オーディションの最終審査も行なわれ、新たに9人の新メンバーが発表されていた。

そして8月末、欅坂46の全国ツアーが千秋楽を迎えた。次は、中断していたけやき坂46のツアーが再開される予定だった。

■兼任が限界を迎えた夏のツアー

9月後半のある日。都内スタジオで欅坂46の冠番組『欅って、書けない?』の収録が行なわれていた。この回にはけやき坂46も参加していたが、先輩の欅坂46より先に収録を終えて楽屋に戻ってきたメンバーたちは、スタッフからこう告げられた。

「今後、長濱ねるはひらがなけやき(けやき坂46)との兼任を解除し、漢字(欅坂46)専任になります。これから漢字もひらがなもますますスケジュールが厳しくなるなかで、本人の体調を考慮した結果です。今月26日に行なわれるひらがなのZepp Sapporo公演にも出演しません」

突然の知らせにけやき坂46メンバーたちは固まった。長濱はけやき坂46の唯一のオリジナルメンバーであり、今までどのステージも長濱を中心に回ってきた。その長濱がいなくなる――。

けやき坂46と欅坂46を兼任していた長濱は、以前からずっとスケジュール面での苦労を抱えていた。2017年春からけやき坂46の全国ツアーが始まり、単独のグループとしての活動が本格化したときも、長濱だけは並行して欅坂46の主演ドラマ『残酷な観客達』の撮影に参加していた。その兼任の負担にいよいよ対処できなくなったのが、欅坂46の夏のツアーが始まった頃だった。

欅坂46にとって初の全国ツアーであり、半数以上の曲が初披露となったこのライブは、他のメンバーたちにとっても過去に経験したことのない正念場だった。

長濱は、欅坂46メンバーとして新曲のダンスの振り入れやリハーサル、各種フェスやメディアへの出演を行ないながらも、少しでも時間をつくってけやき坂46に合流し、短時間でリハーサルをこなすという日々が続いていた。長濱が『永遠の白線』の振り入れをできたのも、初披露の前日だった。

ライブのセットリストにおいても、両グループに所属する長濱は必然的に出ずっぱりになる上に、ソロ曲まで担当していた。

加藤史帆は、この時期の長濱のことを思い出すと、いつも泣いている顔ばかりが思い浮かぶ。途中からけやき坂46のリハーサルに合流して振りについていけず、「ごめんね」と涙目で謝る長濱を見て、加藤は「ねるちゃんは自分が一番大変なのにどうして私たちに謝るんだろう」と思っていた。佐々木美玲も「こっちに来てくれるだけで私たちはありがたいのに、いつも謝ってばかりで、ほんとに謙虚だな」と感じていた。

しかしひとりの人間がふたつのグループに所属する無理は、スケジュール的にも体力的にもすでに限界を超えていた。それでも兼任を全うしようとする長濱に代わって、運営側が決断しなければいけないときが来ていた。

メンバーたちが長濱の兼任解除を知らされてから数日後、『欅って、書けない?』の放送と同時に運営からの公式コメントが発表された。

「(以下、発表の一部を抜粋)ひらがなけやき主演ドラマのお話をいただいてから、撮影の準備を進めてまいりましたが、全国ツアー後、漢字欅の稼働もさらに多忙を極め、これ以上長濱が漢字欅とひらがなけやきを兼任しての活動は本人の体調を考えた結果、困難と判断しました。

運営で協議を重ねた結果、長濱は漢字欅にとっても重要なメンバーであり、ひらがなけやきが新メンバーを迎えて新たな一歩を踏み出す今、長濱の兼任を解除、漢字欅専任となり活動を続けることを決定しました」

そもそも、グループに加入したときからずっと欅坂46とともに活動し、けやき坂46の追加メンバーが決定した直後から欅坂46を兼任することになった長濱は、楽曲のパフォーマンスその他においてもはや欅坂46に欠かせない存在だった。一方のけやき坂46はこれから全国ツアーを再開し、初主演ドラマの撮影に入り、さらには2期生も合流して新しく生まれ変わろうとしている――。

この状況のなかで長濱を守るために取りうる最良の手段が、けやき坂46との兼任解除、および欅坂46への専任という道だった。

この処遇について、齊藤京子は「ついに来たんだ、このときが」と感じた。けやき坂46メンバーの誰もがいつか長濱の兼任が解除されることをうすうす予感していた。そして高瀬愛奈が「やっぱり漢字専任になるんだ。漢字にいるときのねるちゃん、キラキラしてるから」と思ったように、欅坂46への専任は納得せざるをえないことだった。

テレビに映る欅坂46や長濱ねるに憧れてオーディションを受けた彼女たちにとって、長濱はいつまでも自分たちの一歩前を歩く存在だったのだ。

しかし、残された自分たちはいったいどうすればいいのだろう?

■悩みの中で知った"ハッピーオーラ"

3月に行なった東京公演に始まり、大阪、名古屋とセットリストを変えながら作り上げてきたけやき坂46の全国ツアーは、ここにきて大きな修正が必要になった。これまで12人でパフォーマンスしてきた楽曲のフォーメーションをすべて長濱抜きの11人仕様にするとともに、長濱の歌っていたパートをほかのメンバーに割り振っていかなければならない。

すでにドラマ撮影も始まり、いつもより少ないリハーサル時間のなかで、修正の作業は新しいセットリストを頭からさらいながら行なわれた。

「ここで柿崎がねるの位置に入って、ほかのメンバーは上手から詰めて......しまった、ここのねるのパート、誰も歌ってないぞ」

スタッフもその場その場で修正点を洗い出していき、メンバーはその指示に必死についていった。さらに、この全国ツアーでは毎回チャレンジ企画が用意されており、次の北海道公演でもマーチングドラムを披露することになっていたが、この練習もドラマの休憩時間にスタジオの裏にみんなで集まって行なったりしていた。

しかし、そうした物理的な負担よりもメンバーに不安を与えていたのは、精神的な喪失感だった。

けやき坂46の楽曲で長濱とWセンターを務め、長濱にとっても心を開ける相手だった柿崎芽実は、長濱のことを思うたびに涙が止まらなくなった。

「どうしてねるがいないんだろう。寂しいな。私は今までずっとねるに頼ってばかりで、ねるがいないと何もできなかったんだ」

高本彩花は、慣れないドラマ撮影とライブのリハーサルを行ないながら、心もとなさを強く感じていた。

「ひらがなけやきはねるちゃんから始まったグループなのに、ねるちゃんがいないひらがなけやきって、いる意味があるのかな。私たちを見たいっていう人なんているのかな」

長濱抜きにしてはグループの存在理由がないと誰もが思っていた。長濱を見るために北海道公演のチケットを買ったファンからブーイングを受けるのではないか、そんな悪い予感にも押しつぶされそうだった。

それは、かつて活動のない日が続き解散も覚悟した頃のネガティブな状態に似ていた。そうやって身も心も疲れてくると、リハーサルでもうつむくことが多くなった。

そんなとき、佐々木久美はメンバーに向かって大げさなほど明るく言った。

「ねぇねぇ、"ハッピーオーラ"だよ。ハッピー!」

満面の笑みで「ハッピー」と口にすると、不思議と誰もが笑顔になって元気が出るのだった。

このハッピーオーラという言葉を知ったきっかけは、彼女が悩んでいるときにスタッフからもらった一言からだった。

「崖っぷちにあるとき、ひたむきに頑張るその姿勢が、ひらがなの持つハッピーオーラなんだよ」

佐々木久美は、この言葉を聞いたとき救われたような気がした。ライブを重ねるなかで漠然と見えてきたけやき坂46のカラー――"見ている人を笑顔にする"というグループのあり方をひと言で表してくれる言葉が、このハッピーオーラだと思った。

欅坂46の夏の全国ツアー中、佐々木久美がこのフレーズをたびたび口にするようになると、自然とほかのメンバーの間にもそれが浸透していった。

影山優佳は、このハッピーオーラという言葉がこれまで自分たちが取り組んできたことやこれからするべきことと一直線につながっていることに気づいた。

「3月の東京公演の後にみんなで決めた"お客さんと一体になって盛り上がる"っていう目標は、このハッピーオーラに通じてたんじゃないかな。これからは、私たちのハッピーオーラを届けるんだって気持ちでステージに立てば、私たちにしかできないライブができるはずなんだ」

やがて夏の全国ツアーが千秋楽を迎える頃には、ハッピーオーラはけやき坂46メンバーたちの共通の合言葉のようになっていた。欅坂46が"クール"だと世間から評価されていたのに比べ、自分たちには何も誇れるものがないと思っていた彼女たちが、初めて自分たちだけの個性をつかみかけていた。

何より、その言葉は長濱ねるが抜けて不安な気持ちに陥っていたメンバーたちに、前へ進む勇気を与えてくれた。

北海道公演の前日、柿崎のブログにはこんな言葉が記されていた。

「新しく2期生も入って20人になったけやき坂46。きっとここからが本当のスタートです。また0から1つ1つ丁寧に積み重ねていって、初心と感謝の気持ち、謙虚・優しさ・絆を忘れず、私達らしく、ハッピーオーラ全開で☆ 誰にでも愛される素敵なグループになろうと思います!」

北海道公演のアンコール時のMCで、長濱ねる兼任解除について語る佐々木久美(左から3番目)。今ではキャプテンとしてグループを代表しているが、このときのMCで大きく成長した

■心や曲の中に存在する長濱ねる

9月26日、北海道札幌市にあるライブハウス・Zepp Sapporoで、けやき坂46の全国ツアー北海道公演が行なわれた。

オープニングは最も懸念されたドラムパフォーマンスだった。ただのひとりも経験者がいないところから練習を重ね、重いドラムを抱えて難しい技にも挑戦した。途中、器材が外れて演奏できなくなったメンバーもいれば、コンビネーションがうまくいかない箇所もあったが、諦めずに笑顔で演奏を終えた。

長濱ねるのいないけやき坂46をファンに受け入れてもらえるかはわからなかったが、彼女たちにできることはハッピーオーラを意識して笑顔でパフォーマンスをすることだけだった。

この日の最初のMCで、佐々木久美が意を決したように言った。

「ここでひとつお話があるんですけど、今日はねるちゃんはいなくて、私たちはそれぞれの道を歩み始めました」

そのとき、客席から「頑張れー!」という声が聞こえてきた。そして満員の会場からは、今までに聞いたことがないほどの大きな声援が送られてきた。なかには長濱ねるのタオルを掲げながら笑顔で自分たちの名前をコールしてくれるファンもいた。

ライブ前は自分たちを見に来てくれるファンなどいるのだろうかと不安に思っていた高本彩花は、目の前の光景を見てはっきりと確信した。

「私たちには支えてくれる人がこんなにいるんだ。この人たちがいてくれる限り、私たちはこれからも頑張れる」

この日、初めて長濱抜きの11人でステージに立ち、12曲を披露した。フォーメーションや歌割りを変更したことで曲中にぶつかってしまったり振りがそろわなかったりする場面もあったが、ハッピーオーラを貫いて気持ちは常に前を向いていた。

特に『ひらがなけやき』をはじめとするグループのオリジナル曲は、どれも明るく優しい笑顔が印象的だった。それは、センターを務めていた長濱ねるが持っていた太陽のような雰囲気そのものだった。

また、『永遠の白線』には各メンバーが自分の特技や特徴にちなんだポーズを順に取っていく箇所があるが、この日はその最後で全員が頬に手を添えて目をつむった。"寝る=ねる"がまだそこにいることを伝えるためにみんなで考えた演出だった。

アンコール明けの最後のMCで、佐々木久美は言葉を詰まらせながらも思いの丈を語った。

「長濱ねるちゃんひとりから始まったひらがなけやきが、12人になってこんなにたくさんの方に応援していただけるようになって。でもそれはねるちゃんの努力とか私たちには計り知れない苦労があってこそだと思うんです。

だからリハーサルでねるちゃんのいたところを埋めてやらなきゃいけないっていうことがすごく悲しかったんですけど(中略)でもひらがなけやき12人でやってきた歴史がなくなってしまうわけではないので。

この12人でやってきたことを糧に、新しい頼もしい新メンバー9人と総勢20人で、これから皆さんにどんどん好きになってもらえる大きなグループになりたいと思っているので、これからも私たちの応援をよろしくお願いします」

長濱ねるはそこにいなかったが、メンバーの心の中やけやき坂46の曲の中にはまだ確かに存在していたのだった。

■初めて心が通じ合えた30分

実は公演の前日、北海道へ向かう前の最後のリハーサルをしているとき、レッスン用のスタジオにいるメンバーたちのもとを長濱ねるが訪れた。自分自身、兼任解除の知らせを聞いてから一度もけやき坂46のメンバーに会えていなかった長濱が、どうしても彼女たちと話をしたいと思い、スタッフに無理を言ってスタジオに寄ってもらったのだった。

彼女たちに許された時間は30分間。スタッフは全員スタジオの外に出て、メンバーだけで話をした。

長濱が涙をこらえながら謝った。

「最後、一緒にライブに出れなくて本当にごめんね。私も出たかったけど、こうなったことはもう仕方がないから、受け入れてお互い頑張ろうね」

こう言ってけやき坂46のメンバーを励まそうとしたが、一番傷ついていたのは長濱自身だった。夏の欅坂46のツアーの間、自分が欅坂46にもけやき坂46にも中途半端に参加しているせいでパフォーマンスの質を落としているとずっと感じていた。だからツアーが千秋楽を迎えたとき、ブログでこんな宣言をした。

「自分の力不足を、痛感し、パフォーマンスを磨く1年にすると決めました。何も言わずにこっそり練習して気づかれる方がかっこいいけどね、まだ私は強くないので誰かに宣言してから頑張ろうって。自分にとってリスタートの年にしたいです」

またここから再出発して兼任の役割を全うしたい。そう思っていた矢先の兼任解除だった。自分にもっと力があればけやき坂46のメンバーにも迷惑をかけなかったと思うと、不甲斐なさとメンバーに対する申し訳なさでいっぱいになった。

しかしそんな彼女を逆にけやき坂46のメンバーたちが口々に慰めた。

「ねるちゃんが謝ることなんて全然ないんだよ。私たちみんなねるちゃんに感謝しかないんだから。私たちはねるちゃんが安心して漢字さんの専任で活動できるように、これからもっと頑張るからね」

長濱はこのときまでけやき坂46のメンバーの前でずっと気を張っていた。自分ひとりしかいなかったグループに入ってきてくれた少しだけ後輩の11人のために、自分は強くなければいけないと思っていた。ただそれはひとりよがりな考えだった。

「この子たちはどうしてこんなに私に優しいんだろう。この優しさは無償の愛なんだな。私はこんなにみんなに愛してもらってたのに、なんでもっと早く打ち解けられなかったんだろう」

兼任解除されて初めて、ほかのメンバーの気持ちを知り、心が通じ合えた気がした。そして、自分との別れを泣いて惜しんでくれるメンバーたちにこう伝えた。

「あのね、欅坂46っていうグループは、漢字の欅坂46とひらがなのけやき坂46の2チームでできてるんだよ。だから私が漢字専任になったとしても、みんなとは同じ欅坂46のメンバーだっていうことは変わらないんだよ。......だからこれが永遠の別れじゃない」

長濱のシリアスな言葉を受けて、齊藤京子がすぐさま応えた。

「それもそうだね、握手会とかでまた会えるしね」

齊藤のいつものピントはずれの言葉に、全員が「また京子が」と笑ってしまった。だが、このときの齊藤は、長濱にこれ以上泣いてほしくなくてわざとこんなことを言ったのだった。

けやき坂46メンバーにとっても、今までどこか遠くて気を使う存在だった長濱ねる。そんな長濱と初めて本音で話し、笑い合うことができた。兼任解除という事態になって初めて、けやき坂46は本当に12人のグループになれたのだった。(文中敬称略)

『日向坂46ストーリー~ひらがなからはじめよう~』は毎週月曜日に2~3話ずつ更新。第19回まで全話公開予定です(期間限定公開)。