2017年春に始まったけやき坂46初の全国ツアーは、同年12月の千葉・幕張メッセ2days公演をもってファイナルを迎えることになった。

しかしその本番2日前に柿崎芽実が腕を骨折し、ライブに参加できなくなってしまう。だが、「芽実の分までほかのメンバーでカバーして最高のライブを届けよう」という思いのもと、けやき坂46チームはすべての楽曲のフォーメーションを修正して幕張メッセのステージに立った。また、グループに加入して4ヵ月が経過していた2期生9人もこの地で初ステージを踏んだ。

そして2日間で計1万4000人を動員するという過去最大規模のステージを見事成功させたのだった。

■本番直前に飛び交った「勝ちに行こう!」

年が明けた2018年1月。欅坂46/けやき坂46の日本武道館3days公演が開催されることが発表された。内訳は、1月30日にけやき坂46が、同31日と2月1日に欅坂46がそれぞれワンマン公演を行なうというものだった。音楽の聖地ともいわれる武道館での単独公演は、両グループにとって初めてのものだった。

だが、やがて事態は急変する。1月中旬、スタッフから「重要な話がある」と言われて集まったけやき坂46のメンバーたちは、思わぬことを告げられた。

「ひらがなけやき、あなたたちに武道館を3日間任せたいと思っています。やってもらえますか?」

突然の問いかけに、佐々木美玲は頭が真っ白になってしまった。答えを出す以前に、何を言われているのかさえうまく理解できなかった。ほかのメンバーも似たような状態で、「できますか?」というスタッフの再三の問いかけにも応えられず、うつむくばかりだった。

実はこの前に、欅坂46のセンターを務める平手友梨奈が全治1ヵ月のけがをしていることが判明し、武道館への参加を見送らなければならない事態となっていた。それを受け、スタッフと欅坂46のメンバーが話し合った結果、武道館公演までの残り時間のなかで平手のポジションを埋めて観客の求めるレベルのパフォーマンスをすることは難しいと判断された。

そこで、すでに単独で全国ツアーを成功させてひと回り大きくなったけやき坂46に、3日間すべてを任せることになったのだった。

この決断は、運営サイドとしても、けやき坂46のメンバーたちを信じるしかない賭けであった。

だが、けやき坂46のメンバーの胸にはさまざまな思いがあった。齊藤京子は「単独で3日間なんて、体力が持つのかな。私、どうなっちゃうんだろう」と、その規模感に不安を感じていた。佐々木久美は、「私たちだけで3日間なんて客席が埋まるはずないし、漢字さん(欅坂46)のライブを見たかったっていうファンの人がどう思うのか想像すると......怖いな」と弱気になった。

高本彩花は、「きっと最後には漢字さんもライブをすることになるんじゃないかな。ファンの人たちと同じように、私も漢字さんのライブが見たいから」と、元どおり2グループで公演ができるのではないかという淡い期待を捨てきれずにいた。

そんな地に足がつかないような心境だったにもかかわらず、リハーサルの内容は今までのライブよりはるかに負担が大きいものだった。まず、ツアーから大きくコンセプトを変えてまったく新しい演出にしたために、振り付けや曲中の移動が大幅に変更された。

例えば欅坂46の『語るなら未来を...』は、けやき坂46のメンバーにとってほとんど踊ったことがない不慣れな曲だったが、今回の公演ではステージに組まれた2階建てのセットを上下に行き来するというかなりスピーディーな構成になった。

人一倍パフォーマンスをそろえることにこだわりを持っていた佐々木美玲は、特にユニット曲の完成度が低いことに不安を感じ、積極的にリハーサル後の自主練を引っ張っていた。しかし、目指しているレベルにはたどり着けず気持ちが焦るばかりだった。

また、2ヵ月後に出るシングルの制作期間とちょうど重なっていたこともあり、リハーサルに割ける期間は実質1週間程度しかなかった。しかも井口眞緒や潮紗理菜、影山優佳らはその少ないリハーサル日さえも学業の都合で参加できないことがあった。

そうした場合は、代役のダンサーを入れて行なったリハーサルの動画を家で見て自主練するしかない。メンバー全員で集まってパフォーマンスをおさらいし、精度を上げていくという振り固めの作業ができるような状況ではなかった。

とにかく全員がやるべきことを覚えるのに必死で、メンバーたちの顔からは笑いが消えていった。本番直前、通しのゲネプロを行なった後、演出家がメンバーを集めて厳しい言葉をかけた。

「みんな、いつものハッピーオーラがない。武道館でやる覚悟ができてないのか?」

すでに、チケットは先行販売の時点で会場のキャパシティを大きく上回る応募数に達していた。メンバーやスタッフの予想以上に、ファンはけやき坂46の武道館公演に期待していたのだ。

これを受けて、スタッフもメンバーを鼓舞した。

「これだけの人が待っていてくれるんだから、もう勝ちに行くしかないだろう。伝説のライブにしようよ」

もう逃げることができないところまできてしまった。だったら、この不安な気持ちを乗り越えて、ピンチをチャンスに変えるしかない――。最後の土壇場になって、メンバーの間でこんな言葉が飛び交うようになった。

「武道館、勝ちに行こう!」

「伝説のライブにするよ!」

こうして、3日間で計3万人を動員するというグループ最大の挑戦にして、激動の2018年の幕開けとなるステージが開演した。

■けやき坂46のカラフルな世界

この武道館公演のオープニングでは、華やかなロングコートに身を包んだメンバーたちが、ステッキやハットを使ったダンスを繰り広げた。その彼女たちが立っているステージには、カラフルな電飾が施された今までにない大掛かりなセットが組み上げられていた。

Zepp Tokyoに始まった前年の全国ツアーでは、ライブハウスのステージを前提としたシンプルな演出でパフォーマンスをしてきたが、この武道館で初めてテーマ性のあるショー形式の演出を試みたのだった。そのテーマは"サーカス"。武道館を巨大なサーカス小屋に見立て、メンバーたちが次々と出し物を披露していくという趣向だった。

アリーナ席から天井近くまでを客席が埋め尽くす、すり鉢状の武道館の中心に立ったとき、佐々木久美は全身に鳥肌が立った。「武道館は今までの会場と全然違う。まるで360度、お客さんに囲まれてるみたい。お客さんのコールが会場に響いて、地鳴りみたいに聞こえる」。

また、本番直前までメモを必死に読み返すなど珍しくパニック状態になっていた潮紗理菜は、ステージに立った瞬間に気分が一変した。「ここに立ってると、まるで宇宙の真ん中にいるみたいだな。お客さんのサイリウムも星みたいに見える。ここまで大変だったけど、こんなにすごい景色を見せてもらえるなんて、私たちは死ぬほど幸せなんだ」

けやき坂46のライブでも恒例になっていた楽曲『二人セゾン』では、全国ツアーと同様に井口眞緒のソロダンスが披露された。そのパフォーマンスは、幕張メッセのステージで見せたものよりもさらにクオリティが上がっていた。

実は武道館でソロダンスをすることになったとき、井口は今までになく頑強に拒否した。

「武道館3daysなんて絶対にいっぱいニュースになるのに、そこで一番へたな私がソロで踊るなんて、さらし者じゃないですか。ツアーも終わったんだからほかの人にやってもらいたいです」

しかし、涙を流しながら数え切れないくらいの練習を重ね、少しずつ成長する姿を見せてきた井口だからこそ、武道館でもこの大役を務める資格があった。

スタッフやメンバーたちからほとんど叱咤されるように説得された結果、井口もついに腹をくくった。自分の踊っている動画を見直して、「私のこことここの動きがキモいんですけど、どうすればちゃんとしたダンスになりますか」とダンスの先生にひとつひとつ確認し、武道館公演が幕を開けてからもバックヤードで練習を続けた。その結果、「今までで一番の出来」と自分でも思えるパフォーマンスができた上に、ファンの間でもその上達ぶりが話題になった。

このときの井口のたった30秒のソロダンスには、1年近くに及ぶ努力の時間と、人は頑張れば成長できるというメッセージが確かに宿っていたのだった。

そしてこの武道館公演のハイライトのひとつが『100年待てば』という曲だった。まだ長濱ねるがけやき坂46のメンバーだった頃から歌われている彼女のソロ曲で、この武道館公演ではけやき坂46の1期生全員でカバーした。ステージにはメンバーのほかにピエロや大道芸のパフォーマー、ダンサー、キッズも登場し、サーカスとミュージカルを合体させたようなポップな世界が展開された。

実は、メンバー以外の人間が本格的にステージに上がるのは欅坂46/けやき坂46のライブではこれが初めてのことだった。それは、「みんなと一緒に楽しく盛り上がる」というけやき坂46の開かれた雰囲気をそのまま形にしたような演出だった。そしてそのカラフルな世界観は、スタイリッシュなモノクロームの欅坂46の世界観と好対照をなし、両グループの違いを際立たせることになった。

そんな重要な意味を持った曲が長濱ねるのソロ曲だったことは、けやき坂46が彼女から始まったという歴史から導き出された必然だったのかもしれない。この日、武道館の客席に長濱の名前が入ったタオルをいくつも見かけた高瀬愛奈は、「ねるちゃんはもういないけど、やっぱりいるんだな」と感じたという。

その長濱ねるも2日目のステージを客席で観覧しており、終演後、メンバーのもとを訪れて感想を伝えた。

「今日はひらがならしいハッピーオーラ満載のステージで、本当に本当に感動したよ。『100年待てば』も、みんなで歌ってくれてありがとう」

そう言って泣きだしてしまった長濱を見て、加藤史帆は「ながる(長濱)がなんで泣くの」と笑っていた。

長濱はけやき坂46と欅坂46を兼任していた頃、常に「漢字のマネじゃない、ひらがならしさってなんだろう」と自問していた。しかしいつの間にか、残されたメンバーは"ハッピーオーラ"という答えをちゃんと自分たちのものにして、笑顔で活動していたのだった。

また、前年の幕張メッセでお披露目のステージを踏んだばかりの2期生も、さらにパワーアップしたステージを見せた。ソロダンスや『NO WAR in the future』のほかに、日替わりでセンターを代えながら乃木坂46の曲を3曲披露。カバー曲とはいえ、欅坂46ともけやき坂46とも違う新しい風をステージに吹かせたのだった。

そしてこのライブのアンコールで初披露されたのが、1期生が歌う新曲『イマニミテイロ』だった。それはこの武道館公演を象徴するような曲であり、けやき坂46の未来への覚悟を問う曲だった。そのセンターに抜擢されたのが、佐々木美玲だった。

2018年1月30日~2月1日の3日間に渡って行なわれた武道館3days公演の模様。「サーカス」がテーマのカラフルなステージ上で、パフォーマーやダンサーと共に楽曲を披露した

■眠れずに送った午前4時のメッセージ

佐々木美玲は、けやき坂46に入った頃から「なんでもできるすごいコがいる」と長濱ねるも驚いたほど、歌、ダンスともにポテンシャルの高いメンバーだった。彼女自身は前に出ようとするタイプではないので目立たないが、グループ一のダンス力を持つといわれる東村芽依でさえも、よく美玲に教えてもらったりしていた。

その美玲が、ドラマ『Re:Mind』の頃から急速に存在感を増していることにスタッフは注目していた。それまでは後列端のポジションを与えられることが多かったが、ステージ上での美しい立ち姿はセンターにふさわしいオーラを放っていた。そんな美玲に、これから新しい一歩を踏み出そうとしているけやき坂46の顔として白羽の矢が立てられたのだった。

だが、競争や人と比べられることが苦手な彼女は、それまでセンターというポジションを意識したことがなかった。この曲のポジション発表の際も、「センター、佐々木美玲」と言われて、本人は「2列目の真ん中のことかな」と思ったという。そして、そんな彼女が自分で状況を理解するより先に、周りのメンバーから自然と拍手が起こった。

なかでも、潮紗理菜は感極まって泣いてしまった。『誰よりも高く跳べ!』で美玲とシンメトリーのポジションになって以来、"永遠のシンメ"と言ってお互いに認め合う仲だった。いつも「私はいいから」と言って人に譲ってばかりいる優しい性格の美玲がやっと認められたと思うと、潮は自分のこと以上にうれしくなり、こんな風に思った。

「みーぱん(美玲)はいつもニコニコしていて、太陽みたいで、ひらがなけやきを象徴する人だと思う。私たちにとって胸を張って自慢できるセンターだよ」

この発表があった日の夜、初めてのセンターという重圧で眠れなかった美玲は、午前4時にメンバーのグループラインにメッセージを送った。

「今日、センターって言われてすごくビックリしました。私は握手会も全然人気がないし、かわいくないし、センターなんてできるのかなって不安だけど、みーぱんなりに一生懸命頑張ります」

その『イマニミテイロ』のMV撮影の日、モニターに映る自分の硬い表情を見て、彼女はさっそく落ち込んだ。

「私、これじゃなんにも表現できてない、ただの"無"の顔だ」

その美玲に対して、振り付けを担当したTAKAHIROは「今までに悔しいと思ったことを思い浮かべて」とアドバイスした。

ある日 突然 大人たちから/「やってみないか?」って言われて/どうするつもりだ? 臆病者よ

こんなフレーズで始まる『イマニミテイロ』という曲は、武道館を任されることになった彼女たちの心境そのものを描いたような曲だった。そして、その試練から逃げずに立ち向かうための原動力が"今に見ていろ"という気持ちだった。

誰かの背中越しに/世の中 眺めてた/自分の番が来ても/パスはできないルール/イマニミテイロ どういう色だ?/唇噛み締めながら頑張って来た色/心の奥で何度も呟いた/言葉は何色? いつの日にかミテイロ

美玲は、この曲を歌いながら過去の悔しかったことを思い出してみた。例えば、握手会に人が集まらなかったこと。例えば、「欅共和国2017」でアンコール後の挨拶に立てなかったこと......。すると今にも涙があふれそうになった。

それは欅坂46へのライバル心などではなく、その後ろに立って前に出ようとしなかった自分に対する悔しさだった。欅坂46が大好きな美玲の中にも、「自分たちは自分たちで、ひとつのグループとして前に出なきゃいけないんだ」という気持ちが芽生えていた。

この曲の圧巻は、2番のサビ以降のパフォーマンスだった。「イマニミテイロ」と歌いながら、メンバーたちが笑顔で拳を突き上げていく。過去の悔しさも立ちはだかる大きな壁も、笑顔で乗り越えようとするけやき坂46らしさが表されていた。

武道館で初めてこの曲を歌ったとき、ラストで満面の笑みを浮かべて"ひらがなポーズ"をする美玲の顔がモニターに映ると、会場からは温かい拍手が送られた。それは、実に彼女らしい優しい笑顔だった。

しかし、最終日となる3日目の終盤、誰もが驚くサプライズが待っていた。

■伝説の『誰跳べ』ダブルアンコール

『イマニミテイロ』披露後、メンバーたちが次の曲に移るために動きだした瞬間だった。モニターに突然、こんなメッセージが表示された。

「メンバーのみなさん 3日間完走 本当にお疲れ様でした!」

そしてこの3日間の武道館公演のダイジェスト映像が流れた。昨日や一昨日のことなのに懐かしささえ覚えて、メンバーたちは涙を浮かべた。だが、本当のサプライズはここからだった。

「武道館公演を成功させたひらがなけやきのさらなる成長に...次なる試練」

その"試練"という二文字に、ステージ上のメンバーたちが悲鳴を上げた。サプライズといえば辛い思いをした記憶しかない彼女たちにとって、次の言葉を知るのは恐ろしいことだった。しかし、続けて表示されたメッセージは予想もしていないものだった。

「ひらがなけやき 単独アルバム! 発売決定!!」

メンバーたちの間から、今度は爆発するような歓喜の叫びが上がった。思いがけず嬉しい発表を受け、顔をグシャグシャにして抱き合うメンバーたちに、会場からも地鳴りのような歓声が送られた。

発表の余韻が続くなか、グループを代表して佐々木久美が短くコメントした。

「こんなにも夢が早く叶うとは思ってなかったので、ほんとにびっくりなんですけど......。うれしいです。ありがとうございます」

単独でのCDデビューは、前年のツアー中にメンバーたちが自主的に話し合って決めた目標のひとつだった。今まで欅坂46名義のCDのカップリング曲しか歌ったことがなかった彼女たちにとって、自分たちの名前で作品を出すことは最もシンプルで明確な目標であり、それだけに一番遠いもののようにも感じていた。

だが、1年近くにわたるツアーを完走し、武道館3days公演というとてつもない挑戦に勝ったけやき坂46は、今や単独デビューに十分見合うグループになっていた。

そしてこの日のラストは、観客からのダブルアンコールに応えて『誰よりも高く跳べ!』を披露した。まだ持ち歌がほとんどなかった頃から、観客の心をつかむためには曲のどの部分でどうアオリを入れるか、どうすれば自分たちの気持ちを歌に乗せられるのか試行錯誤を続け、少しずつ育ててきたグループの代表曲だった。

いつも中心になって声を張り上げている佐々木久美は、このダブルアンコールに今までにない空気を感じた。

「私たちが声を出したら、今日はその何倍も声が返ってくる。すっごく楽しい!」

演出スタッフがインカムを通して「煽れ煽れ! 今会場つかんでるから、もっと煽れ!」と檄を飛ばすと、影山優佳が「皆さん! もっともっと盛り上がっていくぞー!」と声を裏返らせながら絶叫した。

楽曲の力に引っ張られ、メンバーも会場もリミッターが外れていた。『誰よりも高く跳べ!』という曲の真のポテンシャルが発揮された瞬間だった。

ライブ後、誰もがやりきったという手応えとともに気持ちのいい疲労を感じているなか、柿崎芽実は不思議な感覚にとらわれていた。

「また明日もここでライブがあるような気がするな。このままもう一回でも、3daysやれそう」

このけやき坂46の武道館公演はテレビやネットニュースでも大きく取り上げられ、「あの武道館3daysを成功させた、今一番勢いのあるグループ」という評価が高まった。この大きな挑戦は確実に彼女たちの明日につながり、グループを取り巻く環境を変えることになったのだった。(文中敬称略)

●佐々木美玲(ささき・みれい) 
1999年12月17日生まれ 兵庫県出身 ○小学1年生から4年間、台湾に住んでいた帰国子女。特技は、台湾にいた頃に始めた卓球やピアノ、バイオリン。パンとお菓子が大好きで野菜が苦手。愛称は"みーぱん"

『日向坂46ストーリー~ひらがなからはじめよう~』は毎週月曜日に2~3話ずつ更新。第19回まで全話公開予定です(期間限定公開)。