2018年1月30日から2月1日までの3日間にわたり、日本武道館でけやき坂46の単独公演が行なわれた。事前の発表ではこのうち2日間は欅坂46が公演を行なうことになっていたが、開催約半月前になって急遽けやき坂46の3days公演に変更されたのだった。

メンバーたちはとまどいを覚えながらも、それを吹っ切るかのように「勝ちに行こう」「伝説のライブにしよう」とお互いを鼓舞してこの大舞台に挑んだ。

そして"サーカス"をテーマにしたカラフルな世界観のステージで観客を魅了し、3日間を大盛況のうちに完走した。

また、この公演中にけやき坂46の単独アルバムのリリースもサプライズ発表され、グループの活動は新たな段階に入った。

■「次の曲は2期生がセンターでもいい」

武道館公演後の2月12日、けやき坂46の2期生による初単独イベント「おもてなし会」が開催された。これは、先輩の欅坂46やけやき坂46の1期生たちもそれぞれ行なってきたグループ伝統のイベントである。しかし、武道館公演を成功させたけやき坂46の勢いを示すかのように、その舞台には千葉・幕張メッセという大会場が用意された。

また、同地は前年の全国ツアーファイナルで2期生がステージデビューを飾った場所でもあった。当時は1期生との合同曲1曲だけのパフォーマンスだったが、今回は7000人の観客を前に8曲の歌唱を含むパフォーマンスを披露し、そのポテンシャルの高さを知らしめた。

そして2月下旬、けやき坂46のメンバーたちに朗報がもたらされた。春からグループの冠番組が2本同時にスタートするというのだ。それまで欅坂46の冠番組『欅って、書けない?』などに出演していたものの、あくまで先輩の番組にゲストとして出ていると思っていたメンバーたちにとっては、夢のような話だった。

齊藤京子は、アイドル活動をする上でテレビの影響力がいかに大きいかを身をもって知っていた。グループに加入した当初、『欅って、書けない?』で自分の声の低さやラーメン好きというキャラクターを引き出してもらえたおかげで、早くからファンに注目されて握手会の人気も上昇し、そのおかげで後にセンターを任せてもらえるまでになれたと考えている。だが、そんな自分たちが冠番組を持てる日が来ることを具体的には想像していなかった。

「今まで、グループの目標を聞かれたら『冠番組が持ちたいです』って言ってたけど、夢のまた夢すぎて口にするのも恥ずかしかったな。でも、まさかその夢が叶っちゃうなんて、私たちはなんて恵まれてるんだろう」

このけやき坂46の冠番組『ひらがな推し!』と『KEYABINGO!4 ひらがなけやきって何?』は、共に4月にスタート。また、グループ全員で出演する初舞台『あゆみ』も4月から5月にかけて上演されることになった。

たった1年ほど前には、ほとんど握手会しか稼働がなく、欅坂46にくっついて歌番組に出ても照明も当てられなかったけやき坂46。その頃からは想像もできないほど目まぐるしい日々を送りながら、高本彩花は不思議な心持ちがしていた。

「頑張ろうと思っても頑張れる場所がなくて、どうすればいいかわからなかったあの頃とは全然違う。でも、あの頃の記憶があるから、今の忙しい状況がすごくうれしく感じられるんだな。このまま頑張れば、私たちも乃木坂さんや漢字さん(欅坂46)みたいな立派なアイドルになれるのかな」

こうした環境の変化は、1期生が全国ツアーから武道館公演を通じて着実に評価を上げていったことと、2期生が加入したことでグループに厚みが出たことによる成果といえる。

しかし、メンバーたちにとっては別の意味で予想もしていなかったプロジェクトも動きだした。

「坂道合同新規メンバー募集オーディション開催」

乃木坂46、欅坂46、けやき坂46という"坂道3グループ"が合同でオーディションを行なうというのだ。ふたつの先輩グループに並んでけやき坂46も独立した1グループに数えられたことは、業界関係者やファンの間でも話題になった。だが、このプロジェクトが発表された時点で、けやき坂46の2期生たちは活動を始めてまだ半年しかたっていなかった。

しかし、この発表に動揺する2期生たちの姿は、ちょうど1年前に追加メンバーオーディションの開催を知ったときの1期生たちの姿に重なった。もっと言えば、長濱ねるが加入してけやき坂46の結成が発表されたときの欅坂46メンバーたちの心境も、同じようなものだったろう。

2期生たちのことを気にかけながら、潮紗理菜は自分たちが1年前より確実に強くなっていることに気づいた。

「私たち、2期生の募集を知ったときはあんなに泣いたのに、今度は全然不安を感じてない。きっと、2期生が入ってきてくれたおかげで番組や舞台もできるようになって、グループが前に進んだことを知ってるからなんだ。また新しく3期生が入ったら、ひらがなにはもっともっと明るい未来がやって来る気がする」

すでにこの頃から、小坂菜緒をはじめとする2期生は雑誌の表紙も飾るようになっていた。彼女たちの露出が増えることによって日に日にグループの知名度が上がっていることを1期生たちも肌で感じていた。

加藤史帆は、ある日スタッフにこっそり本心を打ち明けた。

「私、次の曲は2期生がセンターでもいいと思ってるんです。だってかわいいコが真ん中にいたほうがいいじゃないですか。私は後ろからそのコを支えてあげたいなって思います」

武道館の後に訪れた環境の変化が、メンバーたちを精神的に成長させていた。そんななか、まさにこの時期に人生の決断を果たしたのが、グループ最年長の井口眞緒だった。

道館のステージで撮影した20人の集合写真(写真はメンバーの公式ブログより)

■思い描いていた人生設計が崩れたとき

井口眞緒がけやき坂46のオーディションを受けた理由は、「審査員を驚かせるため」だった。

当時、女子大に通っていた井口は友人グループの中でもムードメーカーで、毎日のようにカラオケに行っては音痴な歌声で友達を笑わせていた。そんなある日、いつものようにAKB48の曲を歌ってアイドルごっこをしていると、友人から「眞緒、アイドルになりなよ。眞緒がオーディションに来たら絶対に審査員がビックリするよ」と言われた。そしてその場でスマホで検索して見つけたのが、けやき坂46のオーディションだった。

軽いノリで応募したので本人もまさか受かるとは思っていなかったが、審査中に行なわれたSHOWROOM配信でも何時間もハイテンションでしゃべり続ける井口の存在は話題になり、ついに最終審査にも合格してしまった。けやき坂46のメンバーとしてデビューしてからも、テレビや握手会で全力で歌い、臆さず人気女優のものまねをするような井口のキャラクターは、ファンの間にあっという間に浸透していった。

しかし一介の大学生だった女の子がなんの準備もないままアイドルになり、メディアで注目されたことによって悩みも生まれた。初めて撮ったMV『誰よりも高く跳べ!』がYouTubeで公開されると、コメント欄は井口のダンスのへたさをあげつらったり面白がるような声で埋まったのだ。

それまではただ自分が楽しいと思うことをしていただけなのに、気づけば不特定多数の人々から評価される立場になっていた。

「名前も顔もさらしてこんなに叩かれるなんて、もう私の人生は終わった。就職も結婚も無理。いっそのこと改名して人生やり直したい!」

ダンスのレッスンでもいつも怒られてばかりで憂鬱になったが、同じ大学3年生の佐々木久美が張り切って踊っているのを見ると、「この人は私と違う世界の人間なんだな」と勝手に疎外感を抱いたりもした。前は一緒に遅くまで遊んでいた友人たちがグループラインに投稿する楽しそうな写真を見ながら、井口はアイドルになったことを完全に後悔していた。

グループ3曲目のオリジナル曲『僕たちは付き合っている』をもらった頃は、大学4年を目前にしたタイミングだった。この頃にはもうグループを辞めて就職活動をする気でいた。実際に「辞めるって事務所に伝えてくる」と言ってほかのメンバーから泣いて引き留められたこともあった。

しかし、辞めたいという気持ちが頂点に達したとき、不思議なことに心は別の方向に動き始めた。それは全国ツアーの幕開けとなったZepp Tokyo公演で『二人セゾン』のソロダンスを任されたときのことだった。

「ライブが終わったら絶対に辞めてやる」と思いながら潮に付き合ってもらい、泣きながら自主練をしていたものの、本番ではやはり振りの一部を間違えてしまった。そのとき井口は思った。

「次はもっと上手に踊りたいな。とにかくみんなの足を引っ張りたくない。目標は、一公演通して一回も間違えないこと」

残念ながら、武道館公演を含めて井口が一度も間違えずにステージを終えられたことはない。しかし、ライブを重ねるにつれて「みんなと頑張っていきたい」という気持ちはどんどん大きくなっていくのだった。

そして、以前は「大学を出て就職して結婚する」という人生設計にこだわっていた井口は、武道館公演を終えて大学を卒業した頃、シンプルな答えにたどり着く。

「そういえば私、別にアイドルでダメになっても新潟の実家に帰ればいいじゃん。今まで"食いっぱぐれたらどうしよう"ってことばっかり心配してたけど、人生一回きりなんだし、楽しいことしなきゃ損じゃん」

そう思うと急に気持ちが楽になった。カラオケで友達を笑わせたりSHOWROOMで破天荒なことをしていた頃の自分が輝いていたように見えてきた。

そこであらためて自分のやりたいことを考えた結果、「自分のお店を持っていろんな人とお話ししたい」と思うようになった。サラリーマンやアイドルファンが訪れるスナックのような店をつくって自分がママになれば、毎日楽しく過ごせるだろうと考えたのだ。

井口はさっそく握手会で「スナック眞緒」という架空の店を開店し、2期生の宮田愛萌を誘ってブログやSHOWROOMでこの企画を発信しはじめた。すると、そのアイドルらしからぬ発想と行動力が話題になり、けやき坂46の冠番組でも大々的に取り上げられるようになった。

この「スナック眞緒」もアイドルとしての自分も、これからどうなっていくのかはわからない。しかし、井口は本気で楽しんでいるときの自分が一番生き生きとしていることを知っている。

■"ひらがなとは何か"を探してきた時間

もとは「欅坂46のアンダーグループ」としてオーディションが行なわれたけやき坂46。しかし"アンダー"が具体的にどういうものなのか、どんな立ち位置のグループなのかは明確にされず、けやき坂46のメンバーは自分たちでグループの存在意義を探してきた。

2017年の全国ツアー中には"ハッピーオーラ"というモットーも生まれ、グループのカラーが少しずつはっきりしてきた。その全国ツアーのことを影山優佳は「"ひらがなとは何か"を探す時間だった」と振り返る。

やがてグループは長濱ねるの兼任解除、2期生の加入を経て武道館3days公演を成功させるまでに成長した。その次なる展開としてアルバムデビューが発表されたことは、それまでライブで育てられてきたこのグループが新しい段階に踏み出したことを示していた。

常にグループの先頭に立って自分たちの思いを言葉にしてきた佐々木久美は、今ならば自分たちが欅坂46とは違うグループだと言えると思えるようになった。

「今までは『漢字さんの活動を受け継ぎつつハッピーオーラをモットーにして......』って言ってきたけど、アルバムデビューも決まって2期生も増えた今、やっと『自分たちは漢字欅とは別のひらがなけやきっていうグループです』って言えるようになれたかもしれないな。これから私たちひらがなけやきは、メンバーの仲の良さが伝わる、見ていてハッピーな気持ちになれるグループになりたい」

グループを取り巻く環境は大きく変わったが、佐々木美玲は加入した頃からやりたいことが一貫している。

「ひらがなのみんなで車に乗って、47都道府県ツアーがしたい。それから、老人ホームで踊ったり、メンバーのみんなとおじいちゃんおばあちゃんのお手伝いもしてみたい」

子供の頃にインドネシアに住んでいたことがあり、英語や中国語、スペイン語も得意な潮紗理菜も、夢はずっと変わっていない。

「いつか海外でライブをして、日本と世界をつなげる架け橋になりたいな。最近は握手会にも海外から来てくださる方が増えたし、今度は私たちが向こうに行って、歌で"ありがとう"っていう気持ちを伝えたい」

2018年6月20日、けやき坂46はデビューアルバム『走り出す瞬間』をリリース。初週で15万枚を売り上げ、オリコン週間アルバムランキング1位を獲得。同時に配信ランキングでも1位となり、2冠を達成した。

今も、彼女たちの旅は続いている。(文中敬称略)

●井口眞緒(いぐち・まお) 
1995年11月10日生まれ 新潟県出身 ○グループ最年長メンバー。『欅って、書けない?』の大食い選手権で優勝した大食いクイーンとしても知られる。ニックネームは"まお"

『日向坂46ストーリー~ひらがなからはじめよう~』は毎週月曜日に2~3話ずつ更新。第19回まで全話公開予定です(期間限定公開)。