ミルクボーイの駒場孝(左)と内海崇。結成12年。筋肉バカの駒場のボケを、昭和の漫才師を思わせる内海がツッコミ倒す。予選ではトップクラスのウケ量だった

■予選でウケにウケたミルクボーイ

12月22日に決勝が行なわれる、漫才日本一を決める『M-1グランプリ2019』。昨年からの流れでいえば、今年も勝利の女神が欲しているのはコンビの「鮮度」だ。

準決勝の結果にそれがはっきりと表れた。大本命とみられていた和牛や若手実力派のミキが敗退し、9組中7組が初進出組となった。これは過去最多である。

2015年に出場資格が結成10年から15年に延びてからというもの、M-1は「うまさ」がものをいう傾向が強まった。だが昨年、初進出の霜降り明星が史上最年少で王者になったことで、草創期のM-1が持っていた新人を発掘するという遺伝子が呼び覚まされたのかもしれない。

振り返れば07年にサンドウィッチマンが初進出初優勝を飾ったが、まったく無名のコンビがとてつもなく面白いネタを披露したときの衝撃たるやない。

めちゃめちゃ人気のある居酒屋で評判のポテトサラダを食べたときもそれなりの感動はあるが、ほとんど期待せずに入った店で、それと同じか、それ以上においしいポテサラに遭遇したときの「あぁ......生きててよかった」感。無名漫才師による極上ネタは、それと同じような至福の時を与えてくれる。

今年のM-1はそんな「無名店の超絶ポテサラ」が数多く集まった印象で、多くのコンビがオリジナル性、ボリューム、味と、三拍子そろっている。3回戦から準決勝までを会場で観覧したが、あえて優勝候補を挙げるとすれば3つの「ポテサラ」が浮上する。

まずは、どの会場でもウケにウケていたミルクボーイだ。関西出身、結成12年の中堅。これまでのM-1における最高戦績は準々決勝どまりだが、近年関西の関係者の間では急激に評価を高めてきた実力派だ。

ツッコミ担当の小太りな内海崇(うつみ・たかし)は角刈りがトレードマーク。こってりとした関西弁でまくし立てる姿は、まるで昭和の漫才師だ。ボケの駒場孝(こまば・たかし)は内海とは対照的に抑え気味のテンションで、相方の極上のツッコミとツッコミを丁寧につないでいく。

彼らの最大の魅力はネタの斬新さだ。決勝前にその詳細を書くことはマナー違反にあたるため差し控えるが、荒唐無稽(こうとうむけい)なやりとりが延々と続く彼らのネタはいちいち笑えて、しかも後半に向かうに従ってウケ量が増幅されていく。賞レースのネタとして、これほど理想的なものはない。

■良ネタをそろえているぺこぱ、オズワルド

続いて推したいのは今回、決勝に進出した9組の中で唯一の「非・吉本芸人」であるぺこぱ(サンミュージックプロダクション所属)。結成11年ともはや中堅の域だが、彼らもM-1での最高戦績は準々決勝までで無名に等しい。 

ツッコミの松陰寺太勇(しょういんじ・たいゆう)はヘビメタ系ミュージシャンのように逆立てたヘアが特徴で、「2段構え」のツッコミを多用する。まず相方にツッコんで、そのツッコミにさらに自分でツッコむ。予選ではこの2段ツッコミがことごとく爆笑をさらっていた。くどいが、クセになるおもしろさなのだ。

ぺこぱのシュウペイ(左)と松陰寺太勇。結成11年。決勝に進出したコンビの中で唯一の「非吉本」芸人。松陰寺のキザな2段ツッコミは、クセになるファンが続出

3組目に挙げたいのはオズワルド。全9組中、最もコンビ歴の浅い結成5年。東京NSC(吉本の養成所)出身のコンビで、彼らも過去のM-1最高実績は3回戦までという新顔だ。

前出2組と同様、オズワルドもツッコミ役(伊藤俊介)のインパクトが強烈だ。彼の言葉のセンスが絶妙で、その光景が容易に想像できるからだろう、予選では観客が何度も何度も噴き出していた。

3回戦で見せたシュールな設定のコント風漫才、準々決勝・準決勝で見せたオーソドックスに会話を膨らませていくしゃべくり漫才と、どちらのスタイルでも独特の世界観を築いて観客を魅了。無名ゆえにダイヤモンドの原石のような期待感もあり、彼らもM-1の女神がいかにも好みそうなコンビである。

オズワルドの畠中悠(左)と伊藤俊介。結成5年、サスペンダーがトレードマーク。畠中の奇妙なボケに対し、伊藤の困惑気味で独特なツッコミはインパクト大

決勝戦は最初にすべてのコンビがネタを披露し、そのうち得点が高かった上位3組で最終決戦が行なわれる。つまり優勝するには良ネタを2本そろえなければならないのだが、これが案外、難しい。だが、ここまで挙げた3組はいずれも3回戦から準決勝までにふたつのネタを披露し、すべてがウケにウケていた。この点でも死角はなさそうである。

■有名店のポテサラはおいしくて当たり前

決勝進出者のうち、「最も異色のコンビ」といえるのが、すゑひろがりずだ。ふたりの舞台衣装ははかまで、ツッコミの南條庄助は鼓まで携えている。言葉も時代がかっていて、名づけるなら「平安貴族漫才」といったところか。もはやキャラ自体が大きなボケなのだ。

M-1決勝で鳴り物を使うコンビといえば、第2回大会のテツandトモ以来だろう。純然たる漫才とは言い難い部分もあるが、予選での観客のウケはいずれの会場でも抜群だった。

M-1がほかの大会と一線を画すのは、お笑いイベントとは思えないようなピリピリ感がある点だ。演者の緊張感が伝播(でんぱ)し、時に会場も重くなりがちだが、すゑひろがりずはそんな空気を一変させられそうなコンビでもある。今年は彼らの出番順によって大会の流れまでもが大きく左右されるかもしれない。

残る初進出3組は全国的にはまだまだ無名ながらも、いずれも2度、M-1で準決勝まで駒を進めた経験を持つ。

結成6年のからし蓮根は、熊本県出身のコンビで、3月に開催されたytv漫才新人賞を制した。同賞は前年、霜降り明星が獲得し、その勢いのままM-1王者まで駆け上がった縁起のいいタイトルでもある。

準決勝時がそうだったが、身長190㎝近いボケ役、伊織(いおり)の天然なのか演技なのかわからないボケがハマると、会場がうねりにうねる。今、まさに開花寸前といったコンビで、今回の決勝は最高のタイミングとなるかもしれない。

結成9年のインディアンスは関西の賞レースでは上位進出の常連だ。インディアンスをインディアンスたらしめているのは「たぶっちゃん」ことボケ担当の田渕章裕の規格外の破壊力。暴走スレスレのところまでボケてボケてボケ倒し、力ずくで客を笑わせにかかる。

彼のトレードマークは胸ポケットに差しているヒマワリだが、彼自身を花にたとえてもどでかいヒマワリ以外に思いつかない。方法論は違えど、すゑひろがりずと並んで会場の空気を確実に変えられるコンビだ。

そのインディアンスが関西のホープならば、関東のホープは結成9年のニューヨーク。指名手配犯に間違えられたことがあるという実話をネタにしているように、ボケの嶋佐和也(しまさ・かずや)の危険なにおいのする風貌は一度見たら忘れられない。正直、予選ではいまだ本領発揮とはいかなかった印象を受けたが、えたいの知れないコンビなだけに決勝の舞台で「大化け」する可能性は否定できない。

残る2組は決勝経験者で、いうなら「有名店」だ。

まず、昨年に続いて2年連続の決勝進出を果たした結成12年の見取り図は、予選ではさすがの安定感を見せていた。特にボケ担当・リリーのふてぶてしいまでの落ち着きぶりは、観客に安心感を与えるほど。

ただ、ウケ数は確実に稼いでいたものの大爆発とまではいかなかった印象で、ここが有名店の難しいところだろう。評判のポテサラはおいしくて当たり前だからだ。

それでいえば、最後に挙げるかまいたちは、有名店どころか超有名店といっていいだろう。17年のキングオブコント覇者で、今年で3年連続のM-1決勝進出。結成15年のため今回がラストイヤーとなる。

「個」の強さでいえば今年の全出場者の中でボケの山内健司の右に出る者はいない。だが、もはやメジャーといってもいいコンビだけに観客や審査員の期待値は最も高い。そこを超えるのは並大抵なことではないだろう。

敗者復活枠では和牛、ミキといった実力者たちが控えているが、ひとまず今大会は、無名店7組の激うまポテサラ対決になるのではないか。その争いに有名店2組が加わるには、期待以上のポテサラを提供するしかない。

その両方を食べさせられたら審査員たちは悶絶(もんぜつ)するほど悩むことになるだろう。そのときはM-1史上に残る歴史的な大会となるはずだ。