テクノロジーより傲慢なのは人の脳かもしれません

昨年の『NHK紅白歌合戦』に登場した「AI美空ひばり」。今度は手塚治虫作品を学習したAI技術が生成するプロットと人間の力を組み合わせた新作マンガ『ぱいどん』の連載が2月27日よりスタート予定。

タレントでエッセイストの小島慶子が、世間の気になる話題に思うあんなこと、こんなこと。

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昨年末の『NHK紅白歌合戦』で歌った「AI美空ひばり」を私は日本を離れていて見られなかったのだけど、9月にNHKスペシャルで見ていました。

AIに美空ひばりさんの歌を聴かせ、高音の特徴の分析結果や朗読の音源なども取り入れながら、何万回も何十万回も歌っては調整し学習するというやり方で、新曲『あれから』が完成。

表情や体の動かし方も学習させたそうですが、映像になったものを見ても視覚的には「うーんロボロボしい」というのが率直な感想でした。でも歌声は、子供の頃にテレビからよく流れていたひばりさんの声にそっくりで、胸を打たれました。

見終わって「それにしても見た目がイマイチすぎる」と思っていたところへ、立て続けにまた白いドレスを着たAIひばりさんが登場。まったく同じ映像でもう一度『あれから』を歌いました。

するとなんと、一度目よりもずっと人間に近く見えたではないですか。私の記憶の中の美空ひばり像がよみがえり、目に映るAIひばりにさまざまな情報を足して、より生き生きとした姿に見せたようです。

図らずも涙が流れました。AIに泣いたのではなく、自分が普段からどのように世界を見ているかに気がついたからです。目に映るものにはいつも、記憶がなんらかの加工をしているのだなあと。

AIひばりのお披露目コンサートを鑑賞した熱心なファンたちも、涙を拭っていました。それぞれに人生の節目でひばりさんの歌がそばにあったのでしょう。その記憶が、AIひばりに命を吹き込んで「再会」を果たしたのだと思います。

実は私はそれ以来、20回ぐらい『あれから』の動画を見ているのですが、3回目以降はあまり人間らしさが増すことはなく、だんだんまたロボロボしい感じになってきました。たぶん、私のひばりさんの記憶のストックが尽きたのだと思います。わずかな記憶でAIひばりを肉づけするのには限界がありました。

もちろん、思い入れが深いからこそAIひばりに共感できない、という人も大勢いるでしょう。それはAIひばりをはるかに上回る鮮やかさで、心の中にありありと再現されるひばりさんが生きているからかもしれません。それだって自前の人工ひばりなのだけど。

そして今度はAIが手塚治虫さんの新作マンガを描いたそうですね。手塚さんの世界観や手法が再現できるのか、注目されています。

AIによる再生は亡き人との再会なのか、死者への冒涜(ぼうとく)なのか議論が分かれているけれど、本人の人格とは無関係に「らしさ」を断じるまなざしは、その人が存命だろうと亡くなっていようと、ぶしつけだよなとも思います。テクノロジーより傲慢(ごうまん)なのは人の脳かもしれません。

●小島慶子(こじま・けいこ) 
タレント、エッセイスト。テレビ・ラジオ出演や執筆、講演とマルチに活動中。現在、日豪往復生活を送る。対談集『さよなら!ハラスメント』(晶文社)が好評発売中

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