日本人代表として扱うのではなく、その人独自の才能をたたえる視点が重要ですね

米アカデミー賞のメイキャップ&ヘアスタイリング賞で2度目の栄誉に輝いたカズ・ヒロ氏。昨年米国籍を取得し、受賞後のインタビューで「日本の文化に疲れてしまった」と語ったが、ネット上ではこの発言を好意的に受け止める声が多い。

タレントでエッセイストの小島慶子が、世間の気になる話題に思うあんなこと、こんなこと。

* * *

先日発表されたアメリカの第92回アカデミー賞でメイクアップ&ヘアスタイリング賞を受賞したカズ・ヒロ氏。受賞後の記者会見で「(日本の)文化がいやになった」と語ったという記事が話題になりましたね。

氏は2018年にも同賞を受賞、その後米国籍を取得しています。京都市出身のヒロ氏は高校生のときに特殊メイクアップの道を志し、自らアメリカの第一人者に手紙を書いて弟子入りしたそうです。まさに自力で道を切り開いたのですね。

さて、くだんの記者会見ですが、朝日新聞の記事で「(日本の)文化がいやになってしまい......」と報じられた部分をもう少し詳しく知りたいので、実際の会見の動画を見てみました。

記者の質問は「1度目の受賞は2度目の受賞にどんな影響を与えましたか?」「日本での経験や日本の文化伝統は、2度のアカデミー賞受賞に寄与していますか?」の2問でした。

1問目には、2012年に映画業界にいや気が差して引退していたけれど、1度目のオスカーを受賞した作品『ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男』の主演ゲイリー・オールドマンに請われて映画のメイクアップの仕事に復帰したのが大きくキャリアを変える契機となり、多くの良い作品や俳優たちから声がかかるようになったと回答。

その後「ええと、2問目はなんでしたっけ?...ああ、日本ね! ......申し訳ないのだけど」とここで笑顔になり、「私は日本を離れてアメリカ人になりました。日本の過度に従順で(too submissive)、夢を叶(かな)えるのが難しい文化風土に疲れてしまって。だからここで暮らしているんですよ。申し訳ない(笑)」と回答。

晴れやかな笑顔と、一緒に受賞した仲間の「素晴らしいわ、素晴らしい」という言葉が印象的でした。

その表情には、この答えのなかに込めた日本に対するさまざまな思いと、チャンスを与えてくれたアメリカへの感謝と誇りが滲(にじ)んでいました。最後の「sorry」の後の満面の笑みに、おそらく記者は期待を裏切られた思いがしたのではないかと思います。

「もちろん、日本の豊かで優れた文化、そして僕を応援してくれた人々のおかげです」という答えを期待していたのに、周りの顔色ばかり窺(うかが)って夢の芽を摘むような文化風土にうんざりした、と言われたのですから。

会場の失笑もこたえたでしょう。もはやすっかり日本を離れてはるかに大きな場所で仕事をしているカズ・ヒロ氏とその周囲の人たちのまぶしさに、なんとも言えない気持ちだったのでは。けれど、カズ・ヒロ氏の発言に納得した人も少なくないでしょう。

これからは、日本を離れ、外国籍を取得して活躍する人も増えるでしょう。日本人代表として扱うのではなく、その人独自の才能をたたえる視点が重要ですね。

●小島慶子(こじま・けいこ) 
タレント、エッセイスト。テレビ・ラジオ出演や執筆、講演とマルチに活動中。現在、日豪往復生活を送る。対談集『さよなら!ハラスメント』(晶文社)が好評発売中

★『小島慶子の気になるコト』は毎週水曜日更新! ★