いとうせいこう氏(右)が出演する映画『脳天パラダイス』について、角田陽一郎が聞く

『さんまのスーパーからくりTV』『中居正広の金曜日のスマたちへ』など、数多くの人気番組を手がけてきたバラエティプロデューサー角田陽一郎氏が聞き手となり、著名人の映画体験をひもとく『週刊プレイボーイ』の連載『角田陽一郎のMoving Movies~その映画が人生を動かす~』

前回に引き続き、11月20日公開予定の映画『脳天パラダイス』に出演する、いとうせいこうさんにお話を伺いました。

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――最近見て印象的だった作品は?

いとう 『スイス・アーミー・マン』(2017年)が超いいんだよ。『ハリー・ポッター』のダニエル・ラドクリフ君が死体を演じてる作品だけど、とろける気持ちになるくらい素晴らしいから、とにかく見て!

離れ小島に漂着した男の元に、死体が流れ着くところから始まる作品でさ。死体なのにおならが動力となって動くって設定で、口から水が出たりもするから、この死体は使えるって気づくわけ。

それで森の中で一緒に暮らすうちに、なぜか死体も語るようになってきて......みたいな話なの。本当にふざけてるし、ありえないじゃない?

でも、俺はラテンアメリカ文学が好きだからさ。リアリティのないものにいかにリアリティを持たせるかが作り手の腕の見せどころと思っていて、そういう意味でこの映画は素晴らしい。

でも、よく考えると、能だってだいたい死者が出てきて、「こんな恨みがある」って言って去るでしょ? でも、そのことに誰も疑問を持っていない。理性を離れれば死者とでも会話できるというのは、もともと芸能の中にずっとある感覚なの。そういうのを「リアルじゃない」というのは近代になって出てきただけで。

――今の解説って『脳天パラダイス』の説明になってますよね?(笑)

いとう 確かに(笑)。

――この作品の現場はどうでした?

いとう こんなに長く現場にいたことって実は初めてなんだよね。でも、初めてのことをやるのは好きだし、山本(政志)監督の作品は学生時代から見てたから光栄だったね。丁寧に優しく演出してくださるから、本当に言いなりになってやってるだけで、人形浄瑠璃でいえば人形だよ(笑)。

――でも、こういう狂った映画があったほうがいいですよね。

いとう もちろんそうだよ。俺自身、この映画を通じて、「こんなにも自分は感動に毒されてたんだ」って気づいたからね。今の映画は親子が登場すれば反目と和解を描くし、恋人が出てくれば出会いと別れを描くけど、この作品にはそういう要素がひとつもないもん。なんの感動も起きない。

だから、この作品は「感動ポリス」に反抗する映画なんです。ものすごい周到に意味を消してるし、おかしなシーンでもあえて説明を一切していない。

――なぜ南果歩さんが飛ぶのか、とか(笑)。

いとう そうそう。なんにもわからないじゃん? だけど普通に来るよりは飛んできたほうが絶対面白いもん。今は感動ポリスが多すぎて、「伏線回収が......」とか「泣けないと映画館に行くコスパに合わない」とか言うけど、正直うるさいよ。人間ってそんなもんでしょってさ。

――ストーリーを覚えられないせいこうさんが解説すると?

いとう この作品のコピーは「観たら、キマる」なんだけど、でも本質からいえば「観たらキマらない」なんだよ。もちろん、考えた人の意図もわかるよ。わかりやすいし、挑戦的だから。でも、実際はなんもキマらなくて、すごく自由。

だからこそ、「泣けないな」って思ってしまう自分に気づける。そういう意味ではバッドトリップから目が覚める、「目覚めの映画」といえるかもね。

●いとうせいこう(Seiko ITO)
1961年生まれ、東京都出身。タレント、小説家、作詞家、ラッパー、俳優、ベランダーなど、幅広く活動するクリエイター。音楽活動においては日本にヒップホップカルチャーを広く知らしめた、日本語ラップの先駆者のひとり

■映画『脳天パラダイス』新宿武蔵野館ほかで全国公開中
©2020 Continental Circus Pictures

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