『JUNK HEAD』堀貴秀監督。壮大すぎる挑戦をほぼひとりで 成し遂げた男の執念とはーー?

今、全国の劇場で盛り上がりを見せている映画『JUNK HEAD』は、SF超大作をストップモーションアニメ(コマ撮り)で撮った、世界でも類を見ない異端作だ。ところが、本作の監督は映画の仕事も勉強も一切したことがない人物・堀貴秀だった。これは、内装業を営む男・堀 貴秀(ほり・たかひで)が"自分にしか作れない映画"を完成させるまでの物語である。

■たったひとりでもすごい映画が作れる

パペット(人形)などを少しずつ動かして撮影し、その画像をつなぎ合わせて動画にする「ストップモーションアニメ」。映像表現としては古くさくさえあるこの手法で、今、話題をかっさらっている作品がある。それが『JUNK HEAD』だ。

今年3月26日に公開されるや、その壮大な世界観と独創性あふれる映像、そしてクスッと笑えるキャラ同士のやりとりや、思わず目頭が熱くなるエモいシーンの数々で、多くの映画ファンを驚かせている。

公開当初はミニシアター系映画として全国11スクリーンの規模でスタートしたが、その後SNSなどで評判が広まり、5月1日時点で全国62スクリーンにまで拡大。動員数も4万1000人を突破した。

SF STOP-MOTION ANIMATION『JUNK HEAD』

上映時間99分の本作において、登場フィギュアやセットのデザインから製作、総コマ数約14万という膨大な静止画の撮影と編集、音楽、その他もろもろをすべてひとりでこなした男が堀貴秀だ。本職は内装業である彼が約7年をかけて作り上げた本作は、まさに執念の一作である。

「そもそも僕は『JUNK HEAD』を作るまで映像制作の経験なんて一切なかったんですよ。美術系の高校を卒業後、バイトをこなしながら絵や彫刻、人形制作などの芸術活動に取り組んでいましたけど、やっぱりそれじゃ食っていけない。

30歳の目前で、自分の技術を生かしたアートワーク専門の内装業者を立ち上げて、遊園地や飲食店の内装を手がけていました。でも、そういう仕事って自分の作りたいものを作れないんですよね。当たり前ですけど、フラストレーションがたまっていきました」

趣味は映画鑑賞。そのうち映画を作ってみたいという思いが頭をもたげてくるが、「人脈も経験もない僕には、とっかかりすらなかった」という。しかし、『君の名は。』『天気の子』などで知られるアニメ監督・新海誠の初の劇場公開作『ほしのこえ』(2002年)が、同監督の個人制作であったことを知り、「映画はひとりでも作れるんだ、じゃあ僕も作れるな、と妙な自信が生まれました(笑)」

そして09年、当時38歳の堀はこれまで培ってきた経験やスキルをすべて出し切り、自分が完璧に満足する映画を作ることを思い立った。彼がストップモーションアニメを選んだ理由は実に単純明快だった。

「大勢のスタッフや技術が必要な実写や3DCGなんかは早々に断念していました。そんなとき、古本屋で映画技術の本を読んでいて、ストップモーションアニメに目が留まったんです。仕組み自体は、教科書の端っこにパラパラ漫画を描くのと同じなんで、いけるかなと」

時には部屋にあったサンダルでカメラのアングルを固定。使えるものはなんでも使った

そして本職の内装業の仕事を食べていけるギリギリまで減らし、残りのリソースをすべて作品制作につぎ込んでいった。カメラやパソコンを購入し、撮影方法はネット動画で学び、映像編集ソフトの使い方などは独学で覚えた。

「知れば知るほど、ストップモーションアニメを作品として完成させるには、気が遠くなるほどのおびただしい作業が必要だとわかってきました。

でもそれは、本作を作り始める前に抱いていた『これから一生、内装業をしながらクリエイターを夢見て生きていくのかなぁ』という諦観を打破するためのものでもあった。作品を世に出すことは、クリエイターになるための最後のチャンスだという思いがあったから、モチベーションがなくなることはありませんでしたね」

だが制作が佳境に差しかかった頃、自信が大きく揺らぐことがあった。

「あらかた撮影した静止画を、音声も何もつけずつなげてみたんです。そしたら、あまりに低クオリティな映像だったもんで愕然(がくぜん)としました。『こんな、クソみたいなモノのために、俺は何年も費やしていたのか......』と、3日くらい本当に眠れなくなったんですよ。

でも、映像をコツコツ編集して、自分で音声をつけていったりしたら、逆に『この映像はすごいぞ!』って自信が出てきて、公開すれば何かが変わる、という確信が持てました」

■制作期間は2年。「撮り直しはできない」

13年、堀は現在公開中の長編映画の前身となる30分版の短編映画『JUNK HEAD1』を完成させる。ここまでで4年もの歳月が費やされていた。

翌年に作品をYouTubeで無料公開したところ話題を集める。これは続編の制作費をクラウドファンディングで募る布石でもあったが、資金集めは失敗。しかし、同作をフランスと日本の映画祭に出品したところ、両コンペティションで映画賞を受賞した。それもあってかアメリカ大使館などを経由してハリウッドの製作会社からオファーがいくつも舞い込んだ。

「本当にうれしかったんですが、ハリウッドは配給スタジオや出資者が作品内容に介入してくるイメージがあったので、自分の作りたいものを作れないんじゃないかという思いから断ってしまいました」

その後、堀の元に国内で出資の申し出があり、15年に長編版『JUNK HEAD』の企画が動きだした。

長編版制作にあたり、出資企業から当初設定された撮影期間は1年半だった。

「短かったですが、その理由は17年の米アカデミー賞に間に合わせようとしていたから。ですが、進めているうちに今のスタイルでは賞の選考基準を満たせないことがわかりました。

長編版は無料公開した30分版を流用しているんですけど、規定では上映作品の映像を10分以上無料公開してはいけないといったルールがあったんです。で、間に合わないなら急いでも仕方ないと、締め切りに追加で半年ほど余裕をもらって、2年間をかけて制作しました」

主人公が銃を構える角度が自然に見えるよう、1カット1カット細かな調節をしながら撮影を繰り返していく

しかし、その2年間は過酷を極めた。

総勢10人のスタッフを雇い、千葉にあった自分の会社の工房を撮影スタジオに改築。とはいえ、工房の壁は1㎝か2㎝ぐらいの厚さしかなく、隙間風が入ってくる。また、地面からはツタが生えてくる。夏は極暑、冬は極寒の仕事環境に、スタッフたちから幾度となく嘆きの声が上がったが、「映画がヒットしたらボーナス出すから」と我慢してもらった。

「フレームレート」という映像用語がある。これは1秒間に見せる静止画の数のことで、基本的に映画のフレームレートは1秒24コマが標準とされている。そしてストップモーションアニメは、動いているものを撮影して再生する実写動画とは異なり、動いていないものをフレームレート数に合わせて1コマずつ撮影しなければならない。

「1秒の映像を作るために必要な写真は24枚。それだけでも大変なのに、大きく改造したとはいえ工房は理想のスペースには程遠く、ひとつのセットを組んでも、次のシーンのためにはそれらを全部バラさなければならない。だから、撮り直しはできません」

劇中では大きく見えるセットもスタッフと比べるとこのサイズ感

そのため堀は、事前に描き上げた絵コンテに沿って正確に、無駄なく撮影を進めていった。とはいえ、問題がなかったわけではない。例えば、クライマックスのシーンを撮影時、アニメーターのスタッフがあるミスを犯してしまった。

「劇中に登場する通称"3バカ"のひとりが、主人公に『危ないから下がっていて』と手を動かすシーンがあるんですけど、スタッフさんが撮影するときに、主人公じゃなくて3バカの別メンバーに向けて手を動かしちゃったんですよ。大慌てでそこのセリフを、ほかのメンバーに『おまえらいくぞ!』と気合いを入れるものに変更しました」

ただ、多少のトラブルはあれど、仲間の存在は心強かった。たったひとりで先の見えない作業を延々と続けていた頃とは違い、作品が完成に一歩ずつ近づいていく実感が確かにあったからだ。

突如主人公たちの前に現れたクリーチャー「トリムティ」との大迫力の戦闘が繰り広げられるクライマックスは必見

■ついに完成した長編作が国際映画祭で大評判に

企業の出資を受けたとはいえ、潤沢な予算があったわけではなかった。

「まず作品全体に均等にお金をかけるのではなく、目立つシーンにドーンとお金をかけてメリハリをつけるようにしました。予算と労力を注力したのが、物語の後半から登場する配管だらけの居住区『バルブ村』という大きなセット。ミニチュアとはいえ、大の大人がしゃがんで入れるくらいの大きさで、これを作り上げるだけで半年近くかかっちゃいましたね」

制作に半年近くかかったというセット「バルブ村」


逆に、節約できる部分はアイデアを駆使して切り詰めていった。

「バルブ村の後に登場する、ゴミが散乱したエリアのシーンなどは、このセットを解体したときの残骸を利用していますし、通路のシーンの壁なんかは板を裏側にして印象を変えたりしながら、何度も使い回しました」

販売していないミニチュア撮影用の機材を自作してまで、ほぼ休みなく撮影は続けられた。

そして17年、ついに長編版『JUNK HEAD』が完成する。まずは各国の国際映画祭に出品したところ、次々と入賞、入選の評価を得た。

なかでも、北米のジャンル映画祭『ファンタジア国際映画祭』で最優秀長編アニメーション賞を受賞したことや、『シェイプ・オブ・ウォーター』(17年)で米アカデミー賞を受賞した世界的監督ギレルモ・デル・トロが「狂った輝きを放ち、不滅の創造力が宿っている」と絶賛したことは、作品の評判にとって大きなプラスになった。

本作が生み出された撮影スタジオの各所には、撮影機材や人形たち、舞台セット用の材料が並ぶ。元は内装業時代の工房だったのを大改修した

■映画館「チネチッタ」と堀貴秀の"ふたつの仕事"

完成から4年後、ついに『JUNK HEAD』は日本での上映を果たした。堀は今、舞台挨拶(あいさつ)のため全国を行脚している。先日は故郷の大分でも錦を飾った。地元の映画館には家族の姿があった。

「上京してから30年以上、何か成し遂げるまでは帰らないという意地を持って生きてきて、今や作品のためなら普通に死ねるな、って思っちゃっている。父親は作品の完成を見ずに他界してしまいました。両親は僕の姿勢を理解してくれていましたし、後悔はありません。

でも、映画館で母の姿を見たとき、なんとか少しは前に進めたのかな、と感じました。母は僕の映画はチンプンカンプンだったみたいですが(笑)」

主人公が地下世界で出会うマリガンの「3バカ兄弟」。いつも言い合いが絶えないドタバタトリオだが、心優しく「やるときはやる」頼れる存在でもある

本作は3部作の1作目。次作、次々作の構想は、すでに出来上がっているという。

「もちろん続編もストップモーションで描くつもりです。ただ個人的には、よくある、デフォルメした人形を動かしてカクカクした手作りの雰囲気を楽しむ方向のストップモーションアニメにはしたくない。

目指しているのは、かつての特撮映画作品によくあった、怪物などを人間と共演させる技術としてのストップモーション。いわば、人形劇ではなく『実写のように見えるストップモーション』というのでしょうか」

今、堀は住み込みの日雇いバイトでペンキ塗装をしながら生計を立てている。

「この前、川崎の映画館『チネチッタ』さんの上映イベントに参加したんですが、そこの入り口の看板、通路の壁や劇場の中など、かなりの割合を自分がバイトの仕事で塗っているんですよ。舞台挨拶の日に通された控室まで自分で塗っていたので、さすがに笑いましたね。『ここ塗ったなぁー』って」

日々をつなぐための内装や塗装の仕事と、その職人技も発揮することで実現した、長年の夢だった映画の仕事。堀のふたつの道のりが交差した瞬間だった。

●堀 貴秀(ほり・たかひで)
1971年生まれ、大分県出身。2009年に短編『JUNK HEAD 1』の自主制作を開始。15年に株式会社やみけんを設立し、17年に同作の長編版を完成させた。影響を受けた映画は旧ソ連のジョージア(グルジア)で製作された、シュール系SFの名作『不思議惑星キン・ザ・ザ』(1986年)や『エイリアン』(1979年)など。弐瓶勉の漫画『BLAME!』をこよなく愛する

■SF STOP-MOTION ANIMATION『JUNK HEAD』全国公開中
監督・原案・脚本・キャラクターデザイン・編集・撮影・照明・音楽・アニメーター・全キャラ中の8割の声優:堀貴秀
上映時間:101分
遺伝子操作で生殖能力を失い、環境汚染、ウイルス蔓延により絶滅の危機に瀕している人類。彼らが生き残るためには、地底世界で独自進化し、繁殖能力を得た人工生命体〈マリガン〉の秘密を探るしかない。未来を救うため"主人公"は地下迷宮へと潜入する!

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