『八月は夜のバッティングセンターで。』第1話で登場したレジェンド・岡島秀樹さん。作中では、現役時代と変わらない「ノールック投法」を披露した。

野球界のレジェンドが多数出演するドラマ『八月は夜のバッティングセンターで。』が話題だ。このドラマの企画・プロデュースを担当した畑中翔太さんに、レジェンド選手を起用した狙いや演出のこだわり、制作の裏話を聞いた。

背中で語るレジェンドが絶対必要なんです

――畑中さんが企画・プロデュースを手掛けたドラマ『八月は夜のバッティングセンターで。』には、日米で活躍し、メジャーリーグで優勝経験のあるピッチャー・岡島秀樹さんや、セ・パ両リーグでホームラン王に輝いた山﨑武司さんなど、野球界のレジェンドが毎回1人登場します。野球ファンにとってはたまらないドラマですね。

畑中 ありがとうございます。『八月は夜のバッティングセンターで。』は、バッティングセンターを訪れる女性たちの悩みを、仲村トオルさん演じる元プロ野球選手の伊藤智弘が、野球に例えた人生論で解決していくドラマです。

第1話では、バッティングセンターに来た女性のスイングを見た伊藤が「仕事の悩みを抱えている。認めてもらいたくて頑張っても、評価を貰えないことに憤っている」と彼女の悩みを見抜きます。そして彼女と共に伊藤の妄想世界の野球場へワープし、そこで岡島秀樹さんのプレーを見せるんです。そこで「中継ぎ投手と同じように、黙々とやるべき仕事をやっていれば、オーラが出て自然と認めてもらえる」と言葉をかけて悩みを解決する、という話です。

――伊藤という人物は、非常に不思議で魅力的ですよね。

畑中 バッティングを見ただけで人の悩みが分かったり、「ライフ・イズ・ベースボール」と言ったら妄想世界の球場にワープできたりする、とても奇妙な人物です。野球に例えた人生論を用いて、毎回心に響く良い事を言ってくれる素敵な人物でもあります。

――伊藤の良い言葉はもちろんですが、レジェンド選手たちのプレーを見られるのも、このドラマの面白さですよね。

畑中 再現VTRでも過去の映像でもなく、レジェンドたちの「今」のプレーが見られるのがこのドラマの大きな特徴です。「新感覚」と言ってもらえる事もありますが、レジェンドのプレーを見られるというのが理由かもしれません。

――どうしてレジェンドを起用しようと思われたのですか?

畑中 30分ドラマなので、多くの要素は詰め込めません。短い起承転結の中で、悩める人たちの心が解放される瞬間を描くためには、メッセージを背中で語ってくれるプロ野球のレジェンドが出ることが大事なんです。

岡島さんは「日米を渡り歩いて中継ぎとして大成した」、山﨑さんは「偉大なホームラン王だ」という、レジェンドたちのバックグラウンドがその背中にあるから、セリフに説得力を持たせられます。伝えたいメッセージを最大限に伝えるために出演をお願いしました。

――ストーリーはどのように考えられているのですか?

畑中 野球のどういうキーワードやプレーが人生に置き換えられるんだろう、というところからまず考えます。例えば、1話目は「中継ぎ」だったんですけど、「中継ぎってすごいな」と思ったところから思いついたんです。中継ぎ投手は、勝利などで注目されやすい先発投手や、試合を決める特別さで注目が集まる抑え投手とは違って、光が当たりにくいポジションなのではないかなと。1球しか投げない投手もいるじゃないですか。毎回ピンチのときに呼ばれて、黙々と仕事をこなす中継ぎタイプの人って確かに社会にもいるよな、中継ぎって人生だな、って思って。

次に「それを背中で解決してくれるレジェンドって誰だ?」と考えて「日米で中継ぎとして活躍された岡島秀樹さんだ!」となりました。レジェンドなら誰でもいいわけじゃないんです。誰なら一番伝わるんだろうと考えてオファーします。こんなドラマは過去にないので、最初は怪しまれるんじゃないかと思っていたのですが、1話で岡島さんに出ていただけて本当にありがたかったですね。

畑中さんこだわりの、誰もいない球場

――演出のこだわりはありますか?

畑中 野球ドラマですが、予算上、球場に大勢の観客を入れられない制限もあって、だから逆に「引き算」をしていく演出というか、人がいない空間をかっこよく見せる事にこだわっています。自分しかいない球場っていうのはMVみたいでエモいですよね。それを引き立たせるために、球場のシーンは色味も画面サイズも映画風に変えています。夏の誰もいない球場をテーマに、音にもしっかり力を入れて、本当に別世界に飛んだような空間を監督陣とともにつくりました。

■サプリみたいなドラマを作りたい

――今回のドラマを制作する中で印象的だったことはありますか?

畑中 実は、最終話の撮影中に泣いちゃいました。仲村トオルさんが野球について、関水渚さん演じる舞に語りかけるシーンに感動しちゃって。脚本では何回もそのセリフを見ていたのに、他のスタッフも泣いていましたね。監督は「最終話の編集をしながら泣いた」と言っていましたし、撮影チーム全体が甲子園を戦った高校球児みたいでした。野球のことをよく知らない女性スタッフさんは泣いていなかったですが(笑)。

第2話で登場したレジェンド・山﨑武司さん。豪快なスイングは今も健在だ

――撮影チームは本当の野球好きが集まったんですね。

畑中 脚本家チームも監督チームも野球が大好きなメンバーばかりなので、打ち合わせがすごく盛り上がるんですよ。いつも5時間くらいかかりましたね。ほとんどの会議で、途中から余計な野球話になるんです(笑)。「あの試合覚えてる?」って話になってみんなで動画探して。本当に体育会系の部活みたいな楽しい現場です。しかもそこで話していた選手と仕事ができるなんて、本当に夢のようでしたね。こんなドラマ、もう一生できないと思います。

――このドラマは深夜ドラマです。多くの人に見てもらうために意識したことはありますか?

畑中 僕は今、このドラマと同時に『お耳に合いましたら。』という深夜ドラマをやっていますが、2つのドラマに共通する意識があります。それが、見たら「ああ癒された。すっきりした」と感じられる、サプリみたいなドラマを作る事です。

『お耳に合いましたら。』はグルメとポッドキャストを掛け合わせたドラマで、元乃木坂46の伊藤万理華さん演じる主人公・高村美園がポッドキャストを通じて「チェンメシ」と名付けたチェーン店グルメの愛を語るドラマです。視聴者をプラスの気持ちにさせる事、そのために作中の登場人物は全員ハッピーな人にする事を最重要視しています。

ジャンルこそ全然違いますが、これら2つのドラマは同じ深夜ドラマです。そんな時間に深刻な社会ドラマは見たくないですよね。説教臭くならない事、最後はスカッとさせる、ほっこりさせることを必ず意識してドラマを作っています。

――最後に、畑中さんの「ドラマ作りのこだわり」についてお聞かせください。

畑中 ドラマの中に「そのためだけに観たい!」と思える"(ケーキで言う)いちご"部分をいろいろと仕込んでおくことです。『八月は夜のバッティングセンターで。』では、毎話違う野球のレジェンドと、ゲストヒロインの女優さんが出てきて、毎回仲村さんが熱い言葉をかけてくれます。それと関水さんがレジェンドが登場する瞬間に「岡島だーー!!」と選手名を叫ぶシーンも、視聴者さんの楽しみポイントになっています。レジェンド選手、女優さんたちのフルスイング、胸にくるセリフが"いちご"となるポイントですね。

『お耳に合いましたら。』には吉田照美さんやクリス・ペプラーさんなど、ラジオレジェンドが毎回出演して、みんなが知っているチェーン店グルメが出てくる。主演は元乃木坂46の伊藤万理華さんで、ドラマを見たら絶対にマイナスな気分にはならないほっこりストーリー。この作品においては、ラジオレジェンド、誰もが追体験できるチェーン店グルメ、元乃木坂の伊藤さん、ハッピーになれる読後感がポイントになります。

こういった「そのためだけに観たい!」と思える要素をいくつ仕込めるかが、今僕がやっているドラマ制作のスタイルなんです。様々な人が楽しめるドラマをこれからも作っていきたいですね。

企画・プロデュースを担当した畑中翔太さん

畑中翔太 Hatanaka SHOTA
2008年博報堂入社。2012年より博報堂ケトルに参加。広告領域からコンテンツ領域の企画・プロデュースまでを手掛ける。これまで国内外の200以上のアワードを受賞。2018年クリエイター・オブ・ザ・イヤー メダリスト。手掛けたドラマに『八月は夜のバッティングセンターで。』、『お耳に合いましたら。』、『絶メシロード』がある(いずれもテレビ東京)。また、2021年6月に初の著書『チームが自ずと動き出す 内村光良リーダー論』(朝日新聞出版)を発売