『ミーツ・ザ・ワールド』を刊行した金原ひとみ氏
金原ひとみ氏の最新作『ミーツ・ザ・ワールド』が1月5日に刊行。芥川賞を受賞した『蛇にピアス』で衝撃的なデビューをして以来、コンスタントに発表し続けるその作品は男女の内面を赤裸々にえぐる筆致と過激ともいえる性描写でも知られる。

しかし今作の主人公・由嘉里は意外にも腐女子、しかも処女――27歳で婚活を始めた合コンの夜、キャバ嬢・ライと運命的に出会い、ふたりの女の奇妙な同居が始まるが......。新境地ともいえる今作に込めた思いを語り尽くしていただいた!

――"腐女子"を主人公にしたのは初めてですが、そのきっかけは?

金原 私自身はあまり何かにハマったことはないんですけど、最近周りの友だちや編集者に腐女子が多くなってきたなと実感していて。話しているとみんな共通して芯の強さというか、揺らがない強さがあるのを感じたんですね。

――腐女子ゆえの"強さ"ですか?

金原 例えば、『アタラクシア』に出てくる人たちだと、不倫や恋愛関係でしっちゃかめっちゃかになって七転八倒するんですけど、この作品ではみんな筋が通ってるから、全然揺らがない。そういう人間関係に苦しむステージを超越している強さがあって。

それは腐女子だったりオタクだったり、心にこれと決めたものがある人の強さなのかなと。すごく魅力的で、憧れに似た気持ちを抱えていたので「由嘉里」を創造していったという感じです。

――その主人公が「処女」という設定も新しいですね。

金原 性的描写が一切なくて、私にとってはちょっと革命的ですね(笑)。

――これまでの作品では危険地帯に入り込むような魅力があり、女性の性欲などタブー的要素もしっかり描かれています。

金原 前作の『アンソーシャルディスタンス』は特にそんな危険地帯にズブズブと身をうずめていくような人たちの話でした。リアルなものを書きたいし、現実にあるものをできるだけ克明に描きたいという気持ちが強いので、やっぱりそこに足を踏み入れないと成立しないんじゃないかっていう。

――では、そこである意味、書き尽くしたとも?

金原 2冊を並行して書いていて、『アンソーシャルディスタンス』ではどん底に向かっていく人たちを書いていたので『ミーツ・ザ・ワールド』は開放感のある世界にしたいなと思っていたんです。

由嘉里にとって目の前が開けるような瞬間から始まる小説なので、その明るさは維持したかったのと、彼女が無理して恋愛やセックスをするのは違うな、もっと自分自身に気付いていくという方向がいいだろうなと。

――恋愛やセックスをして当然だという思い込みから解放され、腐女子としての自分を受け入れていきますよね。

金原 時代的にも、揺らがないものを自分の中に持っていることが必要とされていますよね。多様性という言葉が広がって「なんでも許していこう」という流れになっているけど、逆にそれで「自分の何もなさ」みたいなものに苦しむ人たちも出てくると思うんです。

由嘉里は「自分には何もない」と卑下しているんですけど、「いや、全然あるじゃん」と、その普通であることの尊さと強さに気付いていけたかなと思います。

――冒頭から主人公がゲロを吐いたり、そこで出会った美女の部屋に行ったらすごい汚部屋だったり、人によってはドン引きのオープニングですが......(笑)。

金原 最悪な出会い方にさせたいと思ったんですよね。正反対のふたりで、こんなことでもないと結びつかないだろうし、彼女が嫌々合コンに出てイヤな思いをした直後に、すごく美しいものに出会ったという。忘れられない出来事で始まるようにしました。

――そこから広がる人間関係も、寂しがり屋のホストや死にたがりの女性作家など濃いメンツです。身近なところでの実体験なのか、あるいは取材されたりも?

金原 (ホストの)アサヒなんかはホントに新宿で話しかけてきたコがモデルで。最初は早く帰りたかったんですけど、「さみしい」とか「お金あげるから」とか言われて、話を聞いてるうちに人の想像からは絶対に出てこないような人がいるもんだなと感心したんです。

――実在のモデルがいたんですね(笑)。ちなみに、新宿にはよく行かれるのですか?

金原 歌舞伎町はよく行きますね。ここまでかというくらいいろんな人がいるし、でもずっと見ているとすべて同じ人に見えてくる感覚もあって、街に飲み込まれていくような感じもする。本当にネタにあふれた不思議な街ですね。

――酒や男女関係の欲望に身を滅ぼしていくような人もいますね。

金原 そこが憎めないところという感じもしますね。

――例えば、そのホストでも金原さんの男性への眼差しには優しさがあります。女から金を巻き上げる側面ではなく、優しさに焦点を当てて描かれているような。

金原 今回は特に人間の優しさが出る瞬間を詰め込んだところはありますね。ここまで生きてきて、意外とみんな優しいな、本当の悪党って意外といないもんだなというのは常々実感し続けているところがあって。

もちろん、それは自分が引き寄せているところもあると思うんですけど、この由嘉里という憎めない存在が引き寄せた人たちも、やっぱり見た目はヤバそうだったりもするけれど、ちゃんと本心をぶつけてくれたり、彼女自身を見てくれる人たちですね。

――確かにホストや腐女子などレッテルを貼られると、お互いに会話すら始まらないこともあるかと。

金原 あと、無駄なことで自分が苦しむことになるっていうのもありますよね。価値観や思い込みによって自分自身を縛っていることもある。親子関係でも「こうあるべき」っていう考え方があって、「結婚したいな」と考えるのもやっぱり社会的な要請に純粋に向き合ってしまっている状態だし。

「腐女子だから」と自分でくくっていたレッテルやカテゴライズが「なんだそんなこと」とみんなが笑い飛ばしてくれることで剥がされて、彼女が少しずつ自分自身の生き方を改めて考えられるようになったんじゃないかと思います。

――そんな登場人物の思考を書きながら、自分の内面を反映させたり?

金原 書きながらじゃないとむしろ考えられない人間です。パソコンを開いてキーボードを打ち始めるまで、あまり頭は回らないんですよね(笑)。

――それこそ、作家になるしかない宿命なのでは!(笑) エッセイでも突然、オジサンに怒鳴られた時の感情を、キレて当然なのに冷静に記述されていて作家魂を感じました。

金原 やっぱり自分には小説があってよかったなとは思っています。書かないとものすごい罵倒の言葉が渦巻いて怒りが鎮(しず)まらないけど、書くと「もう平気、ある程度分析できたから」みたいな感じになるんです。

言葉で説明できることで自分の中で整理されるし、次に同じことがあった場合もそれを経験則として対処できる。それは自分の処世術だなと思います。

☆インタビュー後編に続く

●金原ひとみ
1983年、東京都生まれ。2003年、『蛇にピアス』で第27回すばる文学賞、04年に同作で第130回芥川賞を受賞、ベストセラーとなる。12年にはパリへ移住、帰国後の20年に『アタラクシア』で第5回渡辺淳一文学賞受賞。21年『アンソーシャル ディスタンス』で第57回谷崎潤一郎賞受賞

■『ミーツ・ザ・ワールド』〈集英社〉
死にたいキャバ嬢×推したい腐女子。二人の出会いが新たな世界の扉を開く――恋愛の新境地を描く意欲作!