『キン肉マン』大好き漫画家のおぎぬまXが、コミックス9巻を熱く語る

今なお屈指の名勝負として名高いキン肉マン今なお屈指の名勝負として名高いキン肉マンvsウォーズマン。

今回ご案内する9巻の魅力はやはり、この世紀の一戦に一冊丸ごとを費やした贅沢な巻だということに尽きるでしょう。

キン肉マン第9巻

●大変な後づけ設定も恐れぬ勇気!?

決勝トーナメント10戦を一気に描いた8巻の超絶スピード感から一転、たった一戦をじっくりと描いていく9巻。まず僕が驚いたのは、キン肉マンが実はマスクマンだったという新設定です。

冷静に考えてみてください。このマンガ、もう9巻まで来て連載4年目くらい。そこまでみんなに慣れ親しまれ愛されてきたキャラの顔が今さら素顔じゃないなんて、そんな大胆な後づけを、しかも主人公に普通しますか?......っていうのがもう信じられない(笑)。これが例えば、連載打ち切り決定後で、少しでも世間に爪痕を残そうと作者が暴走した、みたいな話ならわかるんです。後のこと何も考えなくていいなら衝撃だけ残すのはそんなに難しいことじゃない。

でもこの作品、来週以降もずっと続くんですよ! そうなると、キン肉マンはこの後もずっと素顔じゃないことを背負わなきゃいけない。それだけでも十分荷が重いのに、大王が続けてさらにひと言「キン肉族がその素顔を他人にみられたとき それは死を意味するんじゃぞ!!」ってちょっと待って、その十字架重すぎでしょ! おかげで以降のキン肉マンの試合はすべて、素顔を晒せば即死の強制デスマッチにされてしまったわけですから、ものすごい縛りですよ。でも、この新事実が読者にインパクトを与えたのは間違いないことで、思いついたらそれをあっさりやってのける。週刊マンガ家として、その週ごとの勢いを最優先される、作家・ゆでたまご先生の勇猛さが感じられるエピソードです。

そして、このマスク話でもうひとつ特筆されるべきは『キン肉マン』のバトルマンガとしての特異性がより際立ったことでしょう。一般的にバトルマンガの主人公って、話が進むごとにどんどん強化イベントが起こって、強さを増していくもの。でも、今回の「素顔を晒せば自害」縛りは、それと真逆のいわば弱体化イベント。先の展開になりますが、思えばキン肉マンは〝運命の人形〟で友情という優位性を奪われたり、「キン肉星王位争奪編」では最大武器〝火事場のクソ力〟まで封印されてしまう。しかし、それすら苦労を重ねて克服していくのが、今や『キン肉マン』の作品性。その方向を決定づけた最初の〝弱体化イベント〟としても、このマスクエピソードの意義は非常に大きかったと僕は思ってます。

●ビビンバ視点で見た決勝戦がエモすぎる

実は、僕がこの巻で最も語りたいのはメインのキン肉マンとウォーズマンの決勝戦を、ビビンバ視点で見てみると壮絶な景色となってくる、ということです。なぜなら、何から何まで対照的に見えるこのふたり、実はまったく同じ悲しみを背負った似た者同士であるという根源的事実を、ビビンバひとりだけがずっと気づいたまま見てるんですから......。

それを語る上で、まず見逃せないのが、決勝戦前のウォーズマンによるウオーミングアップ。集められた大勢の死刑囚がウォーズマンの横をただ駆け抜けて、素通りできたら無罪放免。もちろんみんな殺されてしまうんですが、そのなかでウォーズマンは、死ぬ前に孫に会いたいというひとりの老超人だけを素通りさせてしまいます。それまで徹底して、ただの無言の殺人マシーンだったウォーズマンが、最初に見せたわずかな兆候。

「しくじったな!! ウォーズマン」と激しく叱責するバラクーダに対し、それを見ていたビビンバだけが心の中で「しくじったんじゃないわ...ウォーズマンは」と涙を流し、彼が初めて見せた人間らしさの片鱗に気づきます。そこから、徐々に膨らんでいくビビンバとウォーズマンの心のやりとりが、僕は好きで好きでたまらないんですが、涙をのんで要点だけ述べると、ウォーズマンが超強いのはもう誰もが知ってるけれど、誰よりも優しい心を秘めてることを知ってるのは、この時点でビビンバだけ。

一方、キン肉マンがいいヤツなのはもう誰もが知ってるけれど、やはりどこか頼りなくてバカにされてて、それでも、この世で一番強くて勇敢な男だと確信をもって信じているのはビビンバだけ。そう考えると、キン肉マンとウォーズマンってみんなの目に見えてる面が違うだけで、本質的にはまったく同じふたりなんです。約10万人もの大観客が見守るなかで、そのことを全部理解してこの試合を見ているのは、たったひとりビビンバだけ。

その三すくみの心理構造があまりにもエモすぎて......途中、ビビンバがウォーズマンにどんどん寄り添っていってキン肉マンが嫉妬する件もありますが、実はそれもごく自然なことで、キン肉マンのことが大好きなビビンバがウォーズマンに惹かれるのは当たり前なんですよ、だって本質は同じなんですから。格闘技の試合として見るだけでも最高の一戦ですが、むしろ、それ以上に読者を魅せる心のドラマがそこに乗っている。それがこの決勝戦最大の魅力。最後に、キン肉バスターという記念碑的な超必殺技が生まれたことも含め、完璧な試合、完璧なドラマに僕はただ感動するのみです。

●こんな見どころにも注目!

ビビンバとウォーズマンの試合前の出会いが重要だった、という話を今回は語らせていただきました。一方、気になったのはそのなかで現れたこの少年。ウォーズマンに敵意を示すまではわかります。しかし、いくら子供でも、選手の顔面をハンマーで殴るのは、さすがにヤバすぎるだろ!(笑)。そもそも、この子はどうやってここに入ってきたのか、いったいどんな教育を受けてるのか、この後、ちゃんと大人に怒られたのか?......将来も含めて、心配が尽きない存在のひとりです。

おぎぬまX
1988年生まれ、東京都町田市出身。漫画家。2019年第91回赤塚賞にて同賞29年ぶりとなる最高賞「入選」を獲得。21年『ジャンプSQ.』2月号より『謎尾解美の爆裂推理!!』を連載。小説家としての顔も持ち、『地下芸人』(集英社)が好評発売中。『キン肉マン』に関しては超人募集への応募超人が採用(JC67巻収録第263話)された経験も持つ筋金入りのファン!

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