第40回記念大会は初代完全制覇者「毛ガニの秋山」こと秋山和彦や、カリスマにして「最強の漁師」長野誠ら、歴代完全制覇者が勢ぞろい。「選手としてだけでなく、ファンとしても楽しみな大会」と競技前日に森本は語っていた第40回記念大会は初代完全制覇者「毛ガニの秋山」こと秋山和彦や、カリスマにして「最強の漁師」長野誠ら、歴代完全制覇者が勢ぞろい。「選手としてだけでなく、ファンとしても楽しみな大会」と競技前日に森本は語っていた
1997年に誕生し、現在では世界160以上の国と地域で親しまれているTBSのモンスター番組『SASUKE NINJA WARRIOR』。

その第40回記念大会が、12月27日(火)18:00から放送される。39回の大会を重ね、延べ3900人が挑戦してきた25年の歴史で、完全制覇を達成したのはたったの4人。

――不可能に挑み続けてきた名もなき男たちの生き様を伝える短期集中連載、週刊プレイボーイプレゼンツ「SASUKE完全制覇者の肖像」。本日から3日連続、全4回更新です!! 

サーモンラダー15段。

――7歳でSASUKEに目覚める。中・高と部活に入らずSASUKEの練習に明け暮れ、学生時代のバイト先でのあだ名は"サスケくん"。「青春のすべてがSASUKE」と語り、SASUKEの申し子ともいうべき最強のSASUKEプレーヤー森本裕介をして、唯一「SASUKEが嫌いになりかけたエリア」と言わしめる、それがサーモンラダー15段。FINALステージに登場する、SASUKE界における「悪夢」「絶望」の別称である。

第38回大会、FINALステージのサーモンラダーに挑む森本第38回大会、FINALステージのサーモンラダーに挑む森本

サーモンラダーをやったことのない人のために、この過酷さをなんとか文章で表現してみたい。

サーモンラダーとはすなわち、「ジャンプする懸垂」を繰り返していくエリアである。イメージしてほしい。あなたの頭上に鉄棒がある。それを両手でつかむ。地面に足はつかない。腕力と背筋力、その他諸々の全身の筋肉のみで体を引き上げ、45㎝上方に飛び移り、これを繰り返す......(厳密には、数㎏のバーごと飛ぶ)。

懸垂で45㎝ジャンプ? ......の前に、そもそもまず、普通に生きている人は懸垂がまともにできないのではないか。

試しに渋谷のセンター街を歩いて、ランダムに声をかけてみてほしい。「15回連続で懸垂ができます」という人は、たぶん10人にひとりもいない。懸垂は、懸垂をやることでしかできるようにならない。そして懸垂は、日頃からかなり厳しく体を鍛える習慣がある人しか、やらない。なぜなら、きついから。「週2でフットサルやってます」「草野球やってます」というレベルのスポーツマンは、まずやらない。なぜなら、必要ないから。

SASUKEでしか使わない筋肉、通称"SASUKE筋"。その際たるものがサーモンラダーの筋肉だろう。そしてそれを極めし男こそが森本裕介なのである。少年時代は体育の成績が一番悪く、今でも球技はてんでダメ。しかし、2度も鋼鉄の魔城を陥落させた現役最強の"怪物"――。この男を見ていると、人間の可能性を、極めるとはどういうことなのかを考えずにはいられない。

前人未踏、3度目の完全制覇を目指す森本の2022年は、例によってサーモンラダー15段を含むFINALステージ対策から始まった。

「前回の39回大会が終わった翌週から、もうFINALのトレーニングを始めました。39回大会のエリアを見て、これは完全制覇を狙えそうだなと思ったので」

第39回大会は、森本が2度目の完全制覇を達成した第38回大会と比べ、エリアの大幅なリニューアルがなかった。大きく変わったのは、いまだベールに包まれているFINALの第1エリアのみ。39回大会はFINAL進出者がいなかったため、今年の第40回大会もリニューアルはない、と森本は読んだ。

FINALステージの難度は、SASUKEの4つのステージの中でもレベルが違う。前回誰も突破できなかった3rdステージが「楽しい遊園地に思える」(森本)ほど――。そのため、3rdステージをすでにクリアできる力量を備えた森本の日々の練習は、必然的にFINAL対策中心になる。

過去4年で3度FINALステージに到達している森本。「SASUKEではなく、『MORIMOTO』という別競技なのでは」と常連選手が言うほど、森本の3rd、FINALは次元が違う過去4年で3度FINALステージに到達している森本。「SASUKEではなく、『MORIMOTO』という別競技なのでは」と常連選手が言うほど、森本の3rd、FINALは次元が違う

「拠点にしている大阪の練習場にも、番組では明らかにされていないFINAL第1エリアを自分で想像して、自作してあるんです。やっぱりFINALなので『スピード重視のエリアだろう』と予想して、自分で設計して。この1年もひたすらFINALの練習に費やしました」

FINALステージは、39回大会からリニューアルされた第1エリア(未公開)、「サーモンラダー15段」の第2エリア、そしてSASUKEの代名詞「綱登り」の第3エリアの3層構成で、25mの鉄塔を己の肉体のみで登っていく。森本はこの3つを模したセットをつなげて繰り返しやることで、完全制覇に必須とされる瞬発力、持久力、そして技術を磨いてきた。文字にすると簡単だが、45秒間(FINALステージの制限時間は45秒)、フルパワーで「ジャンプする懸垂」含む全身の筋肉を使う激しい運動を、ほぼ無酸素で続けながら天空へと上昇していく様を想像してほしい。それはもはや、人に非ざる者である。

「やっぱりサーモンラダーが鍵を握っているな、と。過去の大会の映像を見返しても、毎回必ずバーの左右掛け違い、脱線を起こしてるんですよ。あれがタイムロスになっている。なので、そこの精度と持久力、プラス省エネの仕方を身に着けなければいけないと思いました」

森本はがむしゃらに体を鍛えることをしない。かつては15kmのランニング、山道ダッシュ、懸垂300回、あとは各エリア練を力尽きるまで......というのを毎日自身に課している時期もあったが、当時出場したSASUKEはいずれも1stステージリタイア。以来、「いかに目的に合った練習をするか」「いかに効率よく体力を使うか」に注視するようになった。

「サーモンも、本当にいろいろなやり方を検証しました。ほかの選手のやり方も全部試して。持ち方も順逆(片方順手、片方逆手で持つ。SASUKE界では常識的な概念)もやって、結局順順に戻ってきて。理論プラス実践という形で仕上げてきました」

森本の拠点、通称「亀パ」でのサーモンラダー練習の様子森本の拠点、通称「亀パ」でのサーモンラダー練習の様子

まずはそれぞれのエリアのやり方を納得いくまで吟味して、形ができてきたら初めて3つを合体させ、通しでやってみる。制限時間はもちろん45秒だ。

「最初はめちゃくちゃきつくて。38回大会まであったスパイダークライム(両手足を左右の壁に突っ張り、垂直に登っていく)より、断然きつい。黒虎の山本良幸君(今大会はゼッケン3950)と一緒に練習してたんですけど、最初はふたりともまったく歯が立たなかった」

山本は"ミスターSASUKE"こと山田勝己の一番弟子(山田は一時、競技を引退した際に『山田軍団 黒虎』というチームを立ち上げ、後進指導に心血を注いできた。今大会はゼッケン3996で復帰)で、森本に匹敵するトップ選手のひとりである。SASUKE界の2大エースが揃って歯が立たないとは――。番組総合演出の乾雅人氏の高笑いが聞こえてきそうである。

森本が「ライバル」と認めるSASUKE界の新星。1stステージの強さは森本を凌ぐ森本が「ライバル」と認めるSASUKE界の新星。1stステージの強さは森本を凌ぐ

「最初は『こんなの本当にクリアできるんか』って思ってたんですけど、でも、続けているうちにできるようになってくるんですよね。ふたりとも、最終的には完全制覇を狙えるくらいまで仕上がりました」

森本は出場者100人中"完全制覇に最も近い男"に違いないが、前回大会は苦い思い出として刻まれている。1stステージ後半の収録日が大雨に見舞われ、ゼッケン100を背負った最終競技者の森本も雨中スタートを余儀なくされた。1stステージ最後のそり立つ壁までは辿り着いたものの、雨によるスリップで壁を登れず、無念のリタイアとなった。

栄光のゼッケン100を背負うということは、誰よりもSASUKEを愛し、厳しい鍛錬を積んできたということである。1stで、それも雨の影響もあってのリタイアでは、納得できないというのが普通の感情だろう。しかし、森本の心はリタイアしたその瞬間にもう次を向いていた。

「それはSASUKEをやる上で必須のことなので。滑る中でも壁までいけたので、悲観せず切り替えました。やっぱり、練習をすればするほど自信も積み重ねられるんですけど、自分へのプレッシャーにもなるんですよね。1年間、これだけ仕上げてきたのに、もし落ちたらってどうしてもよぎるんですけど、それを考えないようにできるというのが経験であり、心......メンタルの部分だと思います」

SASUKEは心技体すべて必要で、心が一番難しい――。かつて森本はそう言っていた。技と体は完璧に仕上がった。15歳でSASUKEに初出場した少年は今、31歳になり、全盛期を迎える。「『サスケくん』ではなく、そろそろ『サスケさん』と呼ばなければいけないのでは」と危惧する番組関係者もいる。

「30代になって、体のケアには時間を割くようになりました。トレーナーの方に教えていただいたエクササイズとか、あとIDEC(森本の勤務先・制御機器メーカー)の会社のジムにも、ぶるぶる振動する機械があるんですよ。振動によって筋肉の稼働率を上げてトレーニング効果を高めたり、回復にも使えたりするんですけど」

2、300万円するというその機械は、森本のトレーナーがIDECの社長に耳打ちして入れてもらえることになったらしい。会社のバックアップ体制も万全である。

最後に森本に、どうしても訊いておきたいことがあった。この夏、SASUKE界隈が色めき立った大ニュース。すなわち「SASUKEが五輪競技化するかもしれない」ということについて。SASUKEに似たコンセプトの障害物レースが近代五種に導入され、それが五輪でも採用される――。もしそうなったら、日本の、いや、世界でも最高峰のSASUKEプレーヤーである森本も、血が騒ぐのではないかと。返ってきた答えは、こうだった。

「驚いたし、うれしかったです。自分が好きでやっていたテレビ番組のSASUKEが、オリンピックに採用されるかもしれないなんて、って。ちょっとだけ挑戦してみたい気持ちも湧きました。けど、スポーツを極める厳しさみたいなものを、知っているので。近代五種を今まで、人生捧げてやってきた方々が絶対にたくさんいるので、簡単に勝負できるほど甘い世界ではないだろうなって」

人を尊敬し、スポーツを尊敬し、それを体現し続けてきた。今大会ゼッケン4000を背負い、最終競技者を務める彼の強さがどこにあるのか、わかる気がする。

「(10の倍数の記念大会でだけ着けられる)ゼッケン4000は、どうしても欲しい番号でした。普段の100番も重いけど、4桁の番号だと「重み」も10倍。4000番を着けることは、31回大会から39回大会まで僕が頑張ってきたことを、認めていただけた証しでもあるんです。それを背負わせてもらっているからには、最高の結果で応えたいです」

第40回大会収録日の「仕上がった」森本。SASUKEの名物エリアであるクリフハンガーの練習をやりすぎた指先は、突起をつかみやすいように平べったく進化してしまっている第40回大会収録日の「仕上がった」森本。SASUKEの名物エリアであるクリフハンガーの練習をやりすぎた指先は、突起をつかみやすいように平べったく進化してしまっている

●森本裕介 Yusuke MORIMOTO
1991年12月21日生まれ、高知県出身。身長164 ㎝、体重64㎏。15歳でSASUKE初出場。2015年開催の第31回大会で史上4人目の完全制覇を達成。16年より制御機器メーカーIDEC株式会社にソフトウェアエンジニアとして勤務。20年の第38回大会で史上ふたり目の2度目の完全制覇。第40回記念大会はゼッケン4000を背負う。現在日本最高峰、最強のSASUKEプレーヤーである