女装をする男性を指す“女装子(ジョソコ)”もすっかり市民権を得て定着したが、男の娘カフェが秋葉原にオープンしたり、新宿・歌舞伎町で毎月開催している女装ニューハーフイベント『プロパガンダ』では毎回300人以上を集客と、さらに広がりを見せている。
ビジネスでは女装目線でマーケティングを学ぶ『女装マーケティングセミナー』が開催されるなど女装シーンはますます活気づき、最新系ではヒゲを剃らないまま女装する人まで増えてきたという!
昨年秋の『ユーロビジョン・ソング・コンテスト』に出場したヒゲ女装歌手のコンチータ・ウルスト、ヒゲ面で女装するパフォーマーのレディビアード、早稲田塾のCM出演歴もあるヒゲ面のセーラー服おじさんなど…誰かを1度は見たことのある人も多いはず?
今やフツーにマツコ・デラックスなどのドラァグクィーン系、佐藤かよらキレイ目系、ヒゲ系、最近話題の女装する東大教授の安冨歩教授まで多種多様の女装を見られる時代。一体、なぜここまで女装シーンがブレイクしたのか?
早速、女装・ニューハーフ向けの『フォトスタジオ大羊堂』代表、立花奈央子さんに聞いてみた。
「インターネットの普及で、同好の士が集う場所に行ってこっそり楽しんでいたものが、外出しなくても女装で自撮りをしてブログやツイッターに気軽にアップできる。それが簡単に未経験者の目につくような時代になったのが大きいですね」(立花さん)
この日、作品撮りのためモデルとしてスタジオに来ていた、碧唯(あおい)くんこと“あおにゃん”にも話を聞いた。25歳男子、現役大学院生とのこと。
「表面化してきただけですよ。メディアが入ってきたので広まったデング熱みたいなもの? それまでもあったのに知られてなかった、みたいな。コスプレ文化が流行の一助を担ったおかげで、女装をする人そのものも増えていますけど」
コスプレが女装のハードルを下げ、それをステップに普通の女装へ? あおにゃんの分析によると、『東方Project』(※1)の人気も影響しているという。
※1 同人サークル「上海アリス幻樂団」の弾幕系シューティングを中心にしたゲームなどの著作物
「あと、追い風になったのはテレビですね。女装ネタは一定の視聴率をとれるので、テレビは女装に優しいんですよ(笑)」
彼氏を女装させたい彼女が申し込む
それにしても、立花さん自身、女装向けフォトスタジオが商売になると思ったのはなぜ?
「女装の友人がいたことがキッカケです。そのコは品があってセンスがあるのに、当時はヘンタイ扱い。『これがダメって、世の中おかしくない?』って」
その頃は会社員とカメラマン修行の二足のわらじを履いていたそう。撮影料2千円を払って女装の人にモデルをお願いしていたが、むしろ「お金をもらうべき」とアドバイスされていたとか。
「それである時、mixiで女装したい人を募集したら、1日で10人ほど集まったんです。本格的にメイクされて写真を撮るサービスなんてほとんどなかったので、皆さん喜んで帰られて。3回ほど開催して、充分にお客さまが来るとわかって専業の決意をしました」
立花さんが『フォトスタジオ大羊堂』を立ち上げたのは、およそ6年前。当時はガラケー主流時代で、デジカメも今ほど普及していなかったこともあるが、何よりストロボをたいて女性に撮ってもらうことが被写体=女装愛好者からウケたそうだ。
そうして、ド派手できれいなホームページを作り、インターネットで「女装」と検索をかける顧客の心をつかみ、当初からウェブだけで営業が成り立ったという。それほどキレイに撮られたい人が多かったということか。撮影に訪れるのは週に5~6人(組)、どんなタイプが?
「インテリの方が多いですね。理系が多い印象です。 “この道、何十年”のおっさんもいらっしゃいますが、新しい流れは男女のカップル。キレイ目の彼氏を女装させたい彼女が申し込むんです。
20歳の女のコが、8歳年上の彼氏のためにセミヌードも撮る3万9千円コースをサプライズのプレゼントとして申し込まれたこともありました」
それはもともと彼氏がコスプレで女装をしていたカップルの例とのことだが、前述の通り、やはりコスプレが女装のハードルを下げていたらしい。一方で、こんな側面も。
「洋服代、女装バーへ行く飲み代、秘密部屋などが必要なので、思う存分楽しむには“愛人ひとり分かかる”と言われるほどお金が必要。自分に対してかけるお金なので、こだわるほど使うお金は際限なくなるんですよ。お金を持っている人も多いですね」
性的志向は様々
「女装する人はまずスカート、ロングヘアのウィッグをつけたがります。自分の中にある女性像が願望で出るので、萌えの人はコスプレへ、セクシーなら派手、女性になりきりたい人は逆に地味、ニューハーフはギャルや水商売系のスタイルを選びますね。服の流行はないですが、LIZ LISA(※2)を好きな人が多いです」
※2 フリルやレース多用のブランド
ロリータ系を選ぶような人は女性コミュニティにすんなり入れる資質があるとか。それにしても、女装とひと言で言っても多種多様。冒頭で女装の有名人を挙げたが、新宿2丁目のマウンティング・ポジションでは、ドラァグクィーン系は最上位。週末のみなど限定で女装する“趣味女装”は最下層だという。
当然、女装に対する思いも異なり、趣味女装は自分の「女性になりたい」や「女性として見られたい」願望が強く、美しい自分でありたいと思う人が多い。かたやドラッグクイーンは、面白さとエンターテイメントを追求する。
性的嗜好も、男性が好きな人もいれば女性が好きな人もいるし、トランスジェンダーで女性が好きという人もあり、バラエティに富んでいる。
一例として再び、あおにゃんに女装を始めたキッカケを聞いてみた。
「女装をして人に見てもらい、アートやエンタメとして感情を喚起し てもらう活動をしているのであって、女になりたいと思ったことはないしゲイではありません。他の方とは少し違うと思いますが、僕には明確なキッカケはない んです。あるとすれば、母親が中性的な感じに育って欲しいと思っていたことですね」
従姉妹のおさがりを着たり、ヘアはおかっぱなど中性的なムードで育ったという。そして、母親は漫画家の萩尾望都ファン。家にあった漫画『トーマの心臓』、『綿の国星』などを読み、作品に登場する美少年のように「キレイな男子になりたい延長が女装になるのかな」と語る。
ひげは脱毛済、日焼けを気にして冬でもフルフェイスのサンバイザーに、表が銀色で紫外線をより防ぐ効果のある日傘、さらに日焼け止めマストとか。立花さんも記者も完敗の女子力の高さだった…。
市民権を得た女装
こうして様々なアプローチにより市民権を得て、拡大化の一途をたどる女装。メイク用品も洋服もリアルショップに行かずともインターネットで買えるし、情報もインターネットで簡単に知ることができて、“こんな世界があることを知らず”に悶々と悩む時代ではなくなったらしい。
「かつては街の人がギョッとするような極端なファッションで、人前に出てはいけないレベルの人がいっぱいいました。でも、今のコは骨格から華奢(きゃしゃ)だったりファッションセンスが磨かれていたり、キレイで中性的なコも増えたと思います」
さらに、「男だから男らしくしなきゃ、という思いも希薄だと思うので、女装に入りやすくなったというか、何より男性が女装もいいと気づきだしたことが大きい」と立花さん。
まゆ毛を整える、スキンケアに勤しむなど10年以上前から着々と進んでいた美男子のボーダレス化は、いつ女装が流行ってもおかしくない土壌だったともいえる。それが今、ネット社会との相乗効果で現状に至ったということか。
●フォトスタジオ大羊堂代表、立花奈央子さん。女装コーディネーター、カメラマン、ヘアメイクとしてスタジオを経営し、テレビや雑誌のメディアでも女装のスペシャリストとして活躍。これまで女装を手がけた男性は、ジャニーズから70歳のベテランまでのべ600人を超える。また、『ゆりだんし』(マイウェイ出版)、ヒゲ女装パフォーマーLadybeard写真集「Sing,Dance,DESTROY!!」(オパルス刊)と話題作も世に送り出した。
●取材協力・写真提供/フォトスタジオ大羊堂 http://taiyodo.in/ 立花奈央子Twitter https://twitter.com/taiyodo_boss あおにゃんTwitter https://twitter.com/ao_nyan_nyan
(取材・文・撮影/渡邉裕美)