「CoCo壱番屋の今はなき『1300gカレー』。『20分で完食すればタダ』という暴力的な響きにすっかりやられてしまったんです」と語る村瀬氏

東京・府中にファミリーレストランの元祖ともいうべき「すかいらーく」が1号店を出した1970年以降、日本の外食産業を劇的に変えていったチェーン店。

マクドナルド、吉野家、CoCo壱番屋、びっくりドンキー、日高屋といった、誰もが知る古今東西のチェーン飲食店。その雑学と著者の偏愛、愛憎が思い入れたっぷりに綴(つづ)られた『気がつけばチェーン店ばかりでメシを食べている』が文庫化された。

タイトルからして著者はよほどの“チェーン飲食店原理主義者”なのかと思いきや、「いや、僕だって本当は個人店のほうが好きですよ! でも、気づけば毎日チェーン店に入っている。それが悔しくて…」と、著者の村瀬秀信氏。そんなチェーン店の魔力について話を聞いた。

―月刊誌『散歩の達人』での約9年間の連載をまとめたものと伺いましたが、『散歩の達人』はむしろ、知る人ぞ知る名店を数多く取り上げる雑誌。なぜチェーン店なんでしょう。

村瀬 そうなんです。そんななかでなぜ、僕だけチェーン店連載なのかと編集部を呪ったこともありました(苦笑)。そりゃあ僕だって雰囲気のいい隠れ家レストランを取材したいですよ。なので連載当初は、ファミレスで食事をしている子供を見るたび「そこの子供! 大事な外食の機会をファミレスでごまかされるな!」と思っていました。

でも、そんな僕も気づくとチェーン店でメシを食べている…。友達と気の利いた店でご飯を食べても、結局は「和民」で飲み直し、「日高屋」でラーメンをすすっているという…。

―どうしてなんでしょう。

村瀬 安くて便利で、何よりそこそこウマくて気楽だからです。僕は75年生まれですが、僕らの世代にとっては、チェーン店こそ子供の頃から最も慣れ親しんできた味なんです。チェーン店は所詮チェーン店ですが、バイト経験も含めてそのひとつひとつに思い出がある。

子供の頃のマクドナルドは今よりも輝いていて、ガキごときが簡単に立ち寄れない雰囲気がありましたし、青春時代はシェーキーズの平日の昼時限定のピザ食べ放題に狂ったように通っていました。そうした原体験も含め、もはやチェーン店なしでは生きられない体なんです。

ココイチの接客は天下一

―中2のとき、横浜博覧会で初めて食べたCoCo壱番屋のカレーに衝撃を受けたとか。

村瀬 ライスの量、辛さ、トッピングが選択できるというシステムは当時、斬新すぎましたし、チーズとカレーがこんなにもマッチすること、本物の福神漬けは赤くない…といった事実はあまりに衝撃で、当時の僕には刺激が強すぎました。

―ココイチといえば当時、「1300gカレー」なんて挑戦メニューもありました。

村瀬 「20分で完食すればタダになる」という暴力的な響きに僕はすっかりやられてしまいました。運が悪いことに、たまたま近くの席で大学生ぐらいの若いお兄さんが「1300gカレー」に挑戦する光景を目撃してしまったんです。

細身でひ弱そうなお兄さんが挑戦を表明した瞬間の店内の異様な盛り上がり、そしてエベレストにも思えるカレー山脈の登場、それをお兄さんが見事に平らげたときの歓声…それはもう完全に英雄で、抜群にカッコよかったんです。今ならば当時の自分をブン殴ってでも「そいつに憧れるな!」と教えてやりますが(笑)。

―そんな憧れの存在に9年越しでチャレンジが叶(かな)ったことも記されています。

村瀬 当時はまだココイチの店舗も少なく、地元にも店がなかった。だから23歳で上京し、東京・高円寺で夢にまで見たあの黄色の看板を見つけたときにはもう、脊髄(せきずい)反射で入店。無意識のうちに「1300gカレー」に挑戦していました。だけど、そのときはお金なんて持っていない。その意味でも「絶対に負けられない戦い」だったんです。

―カレーを大方平らげたところで…。

村瀬 はい、こみ上げてきたのは万感の思いではなく…カレーでした。当時、貧乏で胃も小さくなっていたんでしょう。“リバース”は許されないとトイレに駆け込むと無念の「失格」。いろんな意味で顔面蒼白(そうはく)な僕に「お金は今度で結構ですよ。それより体調は大丈夫ですか?」と言ってくれた店員さんの菩薩(ぼさつ)のようなほほえみは一生忘れません。今でもココイチの接客は天下一だと思っています。

3歳になる息子も大戸屋が大好き

―今や、その「1300gカレー」は廃止され、さらに昨年の冬にココイチの運営企業もハウス食品の子会社になりました。チェーン店のありようも、9年前の連載開始当時とはだいぶ変わったと思われますが。

村瀬 連載当時は、吉野家の唐辛子がうますぎて、わざわざお客さまセンターに問い合わせてレシピを聞き、自分で作ったりもしていました。その唐辛子が今や通販サイトで販売されているとは時代の移ろいを感じます。

ほかにも、マクドナルドの店舗がどんどん閉店に追い込まれる一方で、はま寿司、サイゼリヤが快進撃を続けるなど、チェーン店業界はめまぐるしく変化しています。それでも僕は相変わらずサイゼリヤのミラノ風ドリア(299円)を食べているわけですが。

―この9年で、チェーン店に対する意識の変化は?

村瀬 僕もこの間に結婚し、子供も生まれたので、食に対する意識も少しずつ変わってきました。若い頃と違って胃もたれもしますし、腎結石、胆石、尿道結石持ちなので「ファミレスでの食事もできれば避けたいな」とも思います。でも、それは思うだけで、気づけばチェーン店でメシを食べていることに変わりはありません。

3歳になる息子も大戸屋の「しまほっけの炭火焼き定食」や牛角の「ぼんちり」が大好きというシブ好み。これからどんな大人になるのか心配、いや、楽しみです。

―今後もチェーン店でメシを食べ続けるわけですね。

村瀬 未来永劫(えいごう)食べ続けたいか?と聞かれたら「そうでもないです」と答えますが(苦笑)、やっぱりチェーン店が一番落ち着くから食べ続けるんでしょう。実は今、生まれたてで瀕死(ひんし)だったウサギを一生懸命育てているんです。

で、この本が発売されるタイミングで編集者の方が「チェーン店じゃない店でお祝いをしましょう」と高級中華に連れていってくれたんですが、出てきたのがウサギの丸焼きで…。やっぱりチェーン店はこういうことがないからいいなとあらためて思いました。

●村瀬秀信(むらせ・ひでのぶ)1975年生まれ、神奈川県出身。ライター、コラムニスト。出版社、編集プロダクションを経て独立。近著の『4522敗の記憶 ホエールズ&ベイスターズ涙の球団史』(双葉社)、『プロ野球 最期の言葉』(イースト・プレス)、共著に『アンソロジー 餃子』(パルコ)などがある。現在もこの文庫のベースとなった「絶頂チェーン店 ビッグバン」を月刊『散歩の達人』(交通新聞社)にて連載中

■『気がつけばチェーン店ばかりでメシを食べている』講談社 580円+税「70年代生まれのわれわれが、子供の頃から慣れ親しんできた味は、チェーン店のものではなかったか」と語る著者。安くて便利、そこそこウマくて気楽だから今日も自然と足が向く。マクドナルド、吉野家など誰もが知る35のチェーン店の雑学が満載。雑誌『散歩の達人』の人気エッセーを、大幅に加筆して文庫化

(撮影/五十嵐和博)