「『鬼滅の刃』の作中で登場する『全集中・常中』という技術は、私が提唱する呼吸の基本形と同じ状態です」と語る大貫崇氏

呼吸は無意識的な生理現象だが、正しく行なえている人は少ない。

書籍『きほんの呼吸 横隔膜がきちんと動けば、ムダなく動ける体に変わる!』では、フロリダ大学大学院で応用運動生理学を修了後、MLBやNBAでアスレティックトレーナーを務めた経歴を持つ大貫崇氏が、その知見を生かして呼吸の仕組みをわかりやすく解説。トップアスリートだけでなく、一般人でもすぐに効果が出る実践的なメソッドが詰め込まれている。

新型コロナの影響で悩まされるマスク着用時の呼吸、さらに完結したばかりの人気マンガ『鬼滅の刃(きめつのやいば)』の作中に登場する「全集中の呼吸」など、今気になる呼吸の疑問について聞いた。

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――そもそも大貫さんが呼吸に興味を持たれたきっかけはなんだったのでしょうか?

大貫 体幹トレーニングがはやり始めたときに、ふと疑問に思ったんです。腹筋や背筋といったおなか周りの筋肉だけを鍛えがちですが、これでは体全体の改善にはなりません。

そこで私は3次元的に人体をとらえ直し、体幹の上部の横隔膜、下部の骨盤に着目しました。この横隔膜を鍛えるために意識すべきなのが呼吸です。呼吸を意識することで体幹だけでなく体全体のバランスまで整えられることに気がつきました。

――ズバリ、正しい呼吸とはいったいなんなのですか?

大貫 実は正しい呼吸って存在しないんです。ですが、基本は横隔膜を上下させ、胸とおなかを同時に膨らませるように息を吸い、しぼませるように息を吐くことです。「吸う」「吐く」「止める」を1:3:1の割合で行なうのがポイントですね。世の中にはさまざまな呼吸法がありますが、基本となるのはこの形なんです。

通常、人は毎分10~15回ほど呼吸をしていますが、呼吸が少なければ少ないほど落ち着きます。トレーニングを受けている人の中には1分間に3~4回という人もいます。まずは吐く時間を長くして、呼吸の回数を少し減らしてみることを心がけてみてください。

――自分が上手に呼吸できているかどうかをチェックするにはどうすればいいんでしょうか?

大貫 一番簡単なのは本書の付録の風船を膨らませることですね。うまく膨らまなかったり、鼻から息が吸えなかったりしたら上手に呼吸できていない可能性が高いです。

また、あおむけに寝た状態で胸とおへその位置に手を置き、いつもの呼吸をしたとき、おなかだけがへこんでしまって胸とおなかに段差ができてしまうのもよくない。正常な呼吸ができていれば、胸とおなかは均等に膨らむはずです。

それから肩凝り、歯ぎしりがひどい人も危険ですね。基本の呼吸ができていないとあらゆる形で体に影響が出てくるんです。

――さて、ここ数ヵ月ほどは新型コロナウイルスの影響で外出時のマスク着用が奨励されていますが、かなり息苦しさを感じる人が多いようです。呼吸のプロとしてどうお感じですか?

大貫 マスクをすると苦しいとは思いますが、むしろその苦しさに慣れてほしいですね。というのも、マスクをつけた状態で鼻呼吸すると体にいい影響があるんです。

――具体的にどんな影響があるんですか?

大貫 鼻で呼吸すると、一酸化窒素という物質が鼻腔(びこう)から排出されます。一酸化窒素には血管を拡張させ、血圧を下げたり、神経伝達を促進したりする効果がありますが、マスクをすることによって、マスク内にたまった一酸化窒素を再び体内に取り込むことができるんです。これが鼻呼吸最大のメリットですね。

さらに鼻呼吸であれば免疫の高い上咽頭(いんとう)を空気が通るため、口呼吸に比べて格段にウイルスを防御することもできます。

――「口呼吸はよくない」とよく聞きますが、具体的にどういうことなのでしょうか?

大貫 実は呼吸の基本である横隔膜の動きにも関わってきます。横隔膜を動かすためには空気の圧力が必要なのですが、口腔は鼻腔よりも間口が広いので、口呼吸だと圧力がかからず、横隔膜は上下運動しないんです。つまり、口呼吸のほうが断然ラクなんですが、そうすると正しい呼吸ができず、結果として腰痛や首痛、不眠症などにつながります。

――マスクをして鼻呼吸をするとどうしても息苦しいと感じてしまいますが、ポジティブなことが多いんですね。

大貫 10分くらいその状態で耐えていると、息苦しいと感じるセンサーの感度は鈍くなるので大丈夫です。コロナの影響で運動不足な人が増えているので、マスクでの鼻呼吸はより苦しく感じるかもしれませんが、これをトレーニングだと思ってほしいというのがトレーナーとしての意見ですね。

――呼吸といえば、先日、週刊少年ジャンプで完結した話題のマンガ『鬼滅の刃』の話を振らないわけにはいきません。主人公たち(人間)が敵(鬼)を倒すための必殺奥義として、大量の酸素を取り込むことで一時的に身体能力を向上させる「全集中の呼吸」という技を使います。呼吸の専門家として、何かご意見はありますか?

大貫 実は名古屋の書店で『鬼滅の刃』のコミックスと私の書籍を並べて置いてもらったことがあるんです(笑)。作中では、「全集中の呼吸」を四六時中行なうことで身体能力を高める「全集中・常中」という技術が出てきますが、これを現実に置き換えると、肋骨(ろっこつ)が下がり、横隔膜がいい位置にある状態といえます。すなわち、私がこの本で紹介している呼吸の基本形と同じ状態なんです。

作中で主人公が修行しているシーンがありましたが、肋骨を下げるのに苦労したんだろうなあと思っていました。

この状態であれば、息を吸うことも吐くことも変幻自在ですし、その状態を常にキープすることができれば、確かに身体能力を向上させることができますね。さらに精神が安定しますし、おまけに生活習慣病のリスクも下がり、睡眠の質が上がって回復力も高まると思いますよ。

――あれはいい呼吸でしたか! マネをしている全国の小中学生には、ぜひ大貫さんの本も併せて読んでほしいですね。

大貫 『鬼滅の刃』がこれだけ話題になったことで、呼吸に目を向けてくれる人もすごく増えたと思います。小中学生が興味を持ってくれるのもうれしいですし、例えばストレスフルな生活をしている経営者の方たちにももっと呼吸に注目してほしいなと思います。

●大貫 崇(おおぬき・たかし)
1980年生まれ、神奈川県出身。米フロリダ大学大学院で応用運動生理学を修了後、「アスレティックトレーナー(ATC)」」としてテキサス・レンジャース、NBA(D-League)、アリゾナ・ダイアモンドバックスを経て、2013年に帰国。2016年にPRT(Postural Restoration Trained)認定を受ける。現在、大阪大学大学院医学系研究科健康スポーツ科学講座スポーツ医学教室特任研究員も務める。著書に『勝者の呼吸法』(ワニ・プラス)、『「呼吸力」こそが人生最強の武器である』(大和書房)がある

■『きほんの呼吸 横隔膜がきちんと動けば、ムダなく動ける体に変わる!』
(東洋出版 1400円+税)
呼吸の基本は「横隔膜を上下させて、吸って吐く」こと――。MLBやNBAでアスレティックトレーナーを経験した著者が、人間本来の呼吸の仕組みを写真やイラストを交えて紹介。トップアスリートのパフォーマンスを進化させてきた究極メソッドだけでなく、マラソン、ゴルフ、水泳、サッカー、野球、テニス、武道、ダンス、音楽など、あらゆる身体操作に効果的なトレーニング方法も掲載。負荷をかけるためのオリジナル風船付録付き

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