77分ワンシーン・ワンカットのアクション映画『狂武蔵(くるいむさし)』が8月21日(金)より公開される。まさに前代未聞の撮影に挑んだのは、映画『キングダム』(2019年)での超人的な動きが話題になった坂口拓(さかぐち・たく)。坂口が撮影を振り返るとともに、映画公開の想いを語る。

今作は坂口演じる主人公・武蔵が、吉岡道場一門が用意した400人の侍と死闘を繰り広げる内容。実はメインの撮影は9年前。昨年、山﨑賢人らも出演し、追撮が行なわれた。追撮部分の監督を務めたのは『アイアムアヒーロー』(16年)や『キングダム』のアクション監督でもある下村勇二。

「最初は園子温監督と共同監督で、『剣狂-KENKICHI-』という映画で10分のリアリズムアクションをやる予定だったんですよ。それがおじゃんになって、『もし付き合ってもらえるなら』とスタッフと話して撮ることになったんです。自分のわがままですよ、やるんじゃなかったと後悔したけど」

坂口はアクション俳優として活動しながらも、当時から『愛のむきだし』(09年、園監督)や『冷たい熱帯魚』(11年、園監督)などでアクションデザインを務めるなど、映画制作に関わってきた。せっかくなら、長編映画となる70分以上撮ろうと提案。

「自分も映画作りに関わっていたから撮影が白紙になったショックの方が大きくて、どうせやるなら戦って負けた方がいいなと思ったら口走っちゃったんですよね。傾(かぶ)くチャンスがある時に傾くから"漢(おとこ)"になる。その部分が出て77分になったってだけ」

そう笑う坂口だが、実際の撮影は想像以上だった。通常のアクションならお互いに動きが決まっている。しかし、この撮影で決まっているのは、セリフとルート、そして「俺を殺しに来い」という約束だけ。

「みんなを鼓舞しすぎて『本気で殺しに来い。来なかったら殺すぞ』と言ったら本気で来たんですよ。だから始まってすぐ指が折れて、そしたら『5分経過!』ってコールが来たんですけど、もう体力もほとんど無くなったし、『あー、もうやれないわ』と思いました」

それでもあくまで撮っているのは映画。ルール無用の"合戦"のなか、坂口だけはカメラマンの位置や、戦いの見せ方を考慮しながら動かなくてはならない。途中、敵から離れつかの間の休みがあるとはいえ、肉体は疲労困憊。しかし後半で変化が起きた。

「力が抜けて勝手に刀を回し始めたんですよ。そしたら片手の円運動で捌(さば)けるじゃんってなったんですよね。それからスピードもあがって。しかも、いきなり俯瞰で見られるようになって、見えないはずの後ろの人間も斬り始めたり、強くなった感覚はありました。武蔵が降りてきた、そんなイタコのような感覚で(笑)」

まるでマンガやアニメのような話だが、映像を観れば明らか。「中盤であばら骨が何本か折れたし、終わってみたら歯を食いしばり過ぎて、奥歯が4本砕けていた」というが、そんな満身創痍の窮地が信じられない動きだ。後から映像を観た下村監督も「50分を超えた頃から彼の戦い方が変わります。(略)演技ではなく一人の男が戦いの中で進化し、本物の侍が誕生する瞬間を目撃する事が出来ました」とコメントしている。

■9年後の公開に至るさまざまな"縁"

しかし、さらに圧倒的なのは、追撮されたクライマックスだ。この映画で坂口は明治神宮武道場「至誠館」でも講師をしていた剣術の達人・稲川義貴と出会う。自衛隊や世界各国の軍隊でも取り入れられている「ゼロレンジコンバット」の創始者だが、この映画を機に弟子入りした坂口ものちに「ゼロレンジコンバット」を体得。追撮部分では『キングダム』でも見せたその技術やスピードを見せているのだ。

「あの77分を経て強くなったけど、今の自分の動きは明らかに違う。もうこの映画は二度と撮れないんじゃないですかね。人間だから付き合ってくれたけど、猛獣になっちゃったら付き合ってくれないんじゃないかな。『狂武蔵』の撮影後半で覚醒し、身体の力が抜け、いつまでも戦えるように感じたので、もし2をやるならYouTubeチャンネルで24時間戦いますよ。アクションマン500人をローテーションすればできるでしょ(笑)」

今作は2013年に一度だけ、未完のまま特別上映された。しかし、下村監督とプロデューサーの太田誉志が一昨年、復活プロジェクトとしてクラウドファンディングを敢行。9年の時を経て公開に至った。

「僕は眠ったままでも良かったんですよ。77分合戦した経験ができて、それが今の強さに繋がったから。でもそれを復活させようとしてくれたことがドラマチックでありがたいですよね。それから(山﨑)賢人が協力してくれたこともうれしかったです」

『キングダム』での共演を機に、「兄弟のように仲が良い」関係となったふたり。山﨑の協力があったからこそ映画として成立したという。

「始まりからしてプライベート映画みたいなものなんで、本来は賢人が出るような映画じゃない。なのに自分の想いに花を添えたいとオファーを即決してくれた、男気ですよね。そういう所があいつのカッコ良さなんですよ。

それに77分は本気の合戦が行なわれているだけで俳優が出てないようなもの。それを賢人が前後に出て来て締めてくれたから、ちゃんと映画になったと思います」

現在はアクション俳優ではなく、戦う者を演じる"戦劇者"を名乗る坂口。アクション映画にはない表現を追求する彼だが、今作の公開に期待を抱く。

「この映画は観る人を選ぶかもしれないです。自分のバックボーンがわからないと、ただ暴れてるだけだと思うだろうし。でも普通のアクションなら無駄だからやらない無数のフェイントとか、人間の肉体もこんなに動くんだとか、そういう"リアリズムアクション"を楽しんでほしいし、この映画がその架け橋になれたらいいと思います」

■『狂武蔵』
出演:TAK∴(坂口拓)、山﨑賢人、斎藤洋介、樋浦勉 
監督:下村勇二
原案協力:園子温
8月21日(金)より新宿武蔵野館ほか全国42館で公開。公式サイト【http://wiiber.com/】にて公式サイト限定スペシャル仕様の前売りチケットを販売中