現在は駅を示すイギリス国鉄のロゴマーク。左右を指している線路のモチーフが「組織の優柔不断さを物語っている」と揶揄されていた

『週刊プレイボーイ』で連載中の「ライクの森」。人気モデルの市川紗椰(さや)が、自身の特殊なマニアライフを綴るコラムだ。今回は、鉄道マニアの彼女がイギリス国鉄の奇妙な取り組みについて語る。

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最近、鉄道会社の副業的な取り組みが注目されています。かねての利用者減に加え、新型コロナウイルスによる外出自粛や災害の影響から脱却すべく、特急の空席を利用した農産物や鮮魚の輸送なども行なわれるようになり、ぬれ煎餅(せんべい)で有名な銚子電鉄は線路の石やレールまで売りだしました。

このような鉄道会社の副業を調べていたら、ひときわ奇妙な試みを見つけました。それは、1970年代にイギリス国鉄(British Rail)が検討した、空飛ぶ円盤。

モノレールやケーブルカー的な何か?と思いきや、もっともっと規模がすごい話でした。公式の名称は、シンプルにSpace Vehicle=宇宙車両。簡単に言えば、次世代の交通手段として使う空飛ぶ円盤。SFのショートショートの設定にしか聞こえないけど、どうやら本気だったようです。

もともとは、工事に使うクローラ式高所作業車の開発から派生したようで、どう応用したらこれに進化するのかわからないけれど、最終的には、惑星間を大人数輸送する円盤という案になりました。

動力は核融合。レーザービームで原子力を超伝導発電機に送り、ビームを下から放出して浮かせる、という思わず首をかしげてしまう設計でしたが、1973年3月21日、特許が下りました。

原子力科学者によると、計画は科学的にも予算的にも非現実的。技術が実現できても非常に効率が悪く、実用化は見込めない、とのこと。そもそも開発の前提になっている高熱の超伝導と核融合はまだ発明されておらず、実現のタイムラインも不明。たとえ作れたところで重大な欠点がありました。

核融合炉の上には、乗客を守るための分厚い金属板のようなものがある設計でしたが、守るどころか、ロースターのように客をこんがり焼いてしまう、という致命的な設計ミスもメディアに指摘されてました。

こんなに突っ込みどころが多くても、特許は取得できるんだ、と驚きましたが、どうやら特許は更新料の未払いによってすでに消滅しているそうです。ということは、今ならアイデアは使い放題! お金とお時間がある方、ぜひ挑戦を! 乗車時に焼き殺されないバージョンでお願いします。

48年に生まれたイギリス国鉄はサッチャー政権が民営化を推進し、93年以降、民間会社に生まれ変わりました。国有の時期に、一部観光路線以外の蒸気機関をすべてディーゼルや電気に更新し、積極的に近代化を進めました。

ドーバー海峡を渡るホバークラフトの開発など、革新的な取り組みは少なくないですが、世界的に一番有名なのは、イギリス国鉄サンドイッチでしょう。

車内で販売されるサンドがあまりにもしょぼく、いまだに英語圏のポップカルチャーでは、食欲をそそられない粗末なサンドを「British Rail Sandwichみたい」と言うことがあります。それでも、93年には年間800万個売れたそうです。

ちなみに私の通っていたアメリカの中学校では、カピカピなのになぜか同時にぐちゃぐちゃな購買のダメサンドのことを、食べたときに呼び起こされる感情からSad Sandwichと呼んでました。悲しかった。

●市川紗椰(いちかわ・さや)
1987年2月14日生まれ。アメリカ人と日本人のハーフで、4歳から14歳までアメリカで育つ。モデルとして活動するほか、テレビやラジオにも出演。著書『鉄道について話した。』が好評発売中。Sad Sandwichの隣に必ずあった正体不明の肉、通称Mystery Meatも一度も食べずに卒業した。公式Instagram【@sayaichikawa.official】

『市川紗椰のライクの森』は毎週金曜日更新!